入社1年未満で面接官になったら、とんでもない逸材を採用できちゃった話。
2018年の初夏、私は面接官をやっていた。この頃の私は人材系ベンチャー企業に籍を置いていたのだが、入社から1年も経たないうちに、なぜか面接官をやることになった。
その会社は本社が関東にあり、2016年に北海道に新規で支社をオープンした。ある女性社員が手を挙げ、息巻いて北海道支社を作ったまではいいものの、1年間の収穫はゼロ、つまり1社とも契約を結ぶことが叶わなかった。これが農家だったとしたらヤバい。一揆が起こる。
2017年、そこに26歳の男の子が入社する。私である。私の入社以降すぐ、あれよあれよ、という間に契約、契約、契約、1に契約、2に契約、3、4がなくて5に契約、疾風怒涛の契約ラッシュ、私は自尊心高めの女性上司の飼い犬が如く働きまくった。「あれを取ってきて」と言われたら吠えもせず一目散に走る営業DOGになっていたわけ。
結果、北海道支社は1年で黒字化、私と上司の2人で始まった支社の新規立ち上げも、人手が当然足りなくなり、部下を1人、また1人と増やしていくことになる。
支社長(管理兼営業)、私(営業)、
部下(営業)、部下(営業)
とオフィスを順次拡大していったが、最後のピースとして「営業事務」が必要であることに気づいた。私たちが抱える案件、見積書類作成、資料作成、顧客との簡易なやり取り、これらを高速で処理してくれる優秀な事務が必要だった。
当時27歳の私は、上司に進言した。
「そろそろ営業事務が必要ですね」
「あ、たしかに」
(あ、たしかにじゃないよ、気づけ気づけ)
とは思っていたが、口に出さなかった。私は忠実な営業DOG。上司の自尊心を高めて差し上げるしもべである。
「採用、面接、お願いできる?」
上司にそう言われた私は「はい」と答えた。
YES or YESである。
採用は普通、支社長クラスの人のメインの仕事であろう。だからこの場合、入社1年未満の私に全フリするのは間違っているように思われる。
上司が私にこう依頼するワケがある。
端的に言えば過去に採用に失敗したからだ。
ある時、上司が営業を募集し、転職希望者の30代後半の男性を面接、採用した。ところがその男性はとんでもない人だった。営業活動をせず、ひたすらサボる。成果を上げず、ただただサボる。そういう方に限ってアリバイ作りが達者で、上司も私もしばらく気づかなかった。彼の入社から3ヶ月くらい経って、私がそのおかしさに気づく。証拠を集めて役員に進言した。
「彼は仕事をしていません」
結局、彼は自ら辞めることになるのだが、この失敗が女性上司のプライドに深い影を落とすことになる。
そんなほろ苦い失敗があったので、
この採用は、各方面からのありがたいアドバイスをもらいながら、全て私が主導して行った。
「営業事務」の募集を開始する。
事務という仕事は、それほど募集難易度が高くはなく、網に引っかかる大量の魚のごとく、次々と応募がきた。書類選考も私がおこなった。
40代、主婦…
20代、女性…
50代前半、女性…
ふーむ。
オフィスの椅子に座って、いくつか届いた応募情報をペラペラ見ながら、ある候補者の情報に私の目がとまった。
31歳、女性。
学歴は、北海道の私立高校を卒業して、海外の謎の学校を卒業したと書いてある。「海外か…、札幌にもそんな人がいるんだな、この学校名は聞いたことないけど…。どれどれ職歴は…」と職歴に目を通す。輝かしい実績。名前を聞いたことのある企業たちの名前が書いてあり、どうやらそこで営業事務をやってきたようだ。気になったのは転職回数が多いこと。それから大手企業の合間に名前の知らない派遣会社の名前がいくつか載っている。
「ふーむ…」
気になる。輝かしい経歴の中に、謎の派遣会社がチラホラ。しかも転職回数が31歳にしては多い。普通多くて3社か4社くらいなものだけど、この候補者は7社くらいを経験している。
「なるほど」
「〇〇さん、気になる人いましたか?」
書類を見ていた私に、部下が話しかけてきた。彼は私より歳上だけど、こんな私のことを尊敬してくれる信頼できる部下。
「この人、気になるんだけど、
どう思います?」
「へぇ〜、お綺麗な感じですね。大学は…、ん、海外ですか。でも聞いたことないなぁ。転職回数やたら多いっすね」
「そうなんですよ。ただ志望動機、職務経歴書も分かりやすくて、なんだか気になりませんか」
「たしかに、この方は気になりますね」
仮説を立てた。
この候補者は多分優秀だ。書類を見ても一目瞭然でそれが分かる。海外に3年いたらしい。うん、なんだか私は好きだぞ? 転職回数が多い。たぶんあれだ。ジョブホッパーだ。たぶん優秀なんだけど、派遣会社の都合で職を転々とせざるを得なかったのではないか。光の当たるところで正社員として働いてもらえれば、その能力はきっと発揮されるのではないか? 問題は人間性だが…。会って話さないことには分からない。
私は彼女との面接を決めた。
上司に伝える。
「〇〇さんが言うならいいよ」
上司の了解はあっさり取れた。
そして先程の部下にも共有した。
「この方と面接してみようかなと。もし素晴らしい方だったら採用します。たぶん能力あるのに日本社会の闇で陽の目を浴びていないタイプです。たぶん就職活動に悩んでそうなので、私たちのこの会社で彼女の悩める転職活動に終止符を打ってやりましょう」
「さすがっす!」
「フハハハハハッ!!!」
(仮説は適当)
彼女に連絡をして面接をおこなった。
面接に訪れた彼女は、いかにも海外に3年いた感じの雰囲気をまとっていて、大手を経験したからか受け答えも的確。容姿で人を判別するのは悪習だが、控えめに言っても美しい。
面接のときに「好きな映画はなんですか?」と質問した時に『バックトゥザ・フューチャー』とか『ショーシャンクの空に』とかではなく「『銀魂』です」と返事をされたときには「むむ?」と思ったが、そんなのは個性だから関係ない。
面接は2回やった。
「私たちに必要な最後のピースは彼女です」
そう上司に進言し、そして採用した。
悩める彼女の転職活動に私が終止符を打つのだ、という隠しミッションもこれで達成だ。あとは入社後に彼女が生き生きと働ける環境を提供してあげよう、そう決心した。彼女は当時31歳、私は27歳、季節は夏であった。
彼女と実際に一緒に働いてみると、営業事務としての優秀さに驚かされることが何度もあったし、血生臭い営業会社のオフィスの中にあってオアシスのような女性になってくれた。「おはようございます!」「今日の調子はどうです?」「糖分が足りてないかもしれませんよ」なんて言って、毎日楽しそうに働いてくれた。採用は成功だ。会社にとっても、彼女にとってもあの採用活動は成功であった。
営業事務として採用した彼女は、
いま、毎日私の隣にいる。
私は彼女と結婚した。
転職希望者だと思って面接したつもりが、のちの妻を面接していた。面接から1年も経たないうちに、私と彼女は気づいたら結婚していた。0日婚である。「え!0日婚!?どうやって!?」と質問されるが、そういうわけがある。私が彼女を面接し、実際に何ヶ月も一緒に働いたのだ。どういう因果か分からない。が、事実として、彼女は私の妻となった。私が選んでいたつもりが、選ばれていたのだ。妻に選んでもらえた、という方が結婚においては正しいし、その方が妻にも喜んでもらえそうだよね。
2022年現在において、私は当時の会社を辞めて転職した。妻も仕事を辞め、いまは毎日おいしいご飯を作ってくれる。「あぁ、疲れたなぁ」と思って家に帰れば「おかえりんご〜!」と言ってくれる。
本当にいい人を採用できた。
ただ、好きな映画が『銀魂』だと答えたことについては、いまだに真実が分からない。結婚して3年が経つが、妻が銀魂の話題を出してきたことはない。「なぜあそこで銀魂と答えたんだろう?」と頭をよぎるが、あえて聞かない。今夜も明日も妻が作るおいしいお味噌汁を飲む。そうしてニコニコしながら、今日の仕事の話をたくさん聞いてもらうのだ。
おしまい。
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▶︎義理の親への挨拶時のエピソード
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▶︎交際0日で結婚した時の話
◾️結婚するまでのエピソード〈追記〉
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