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季語哀楽

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季語をテーマにした投稿まとめ。 365日が目標。
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#短編小説

袋角

袋角

奈良へは、中学の修学旅行で初めて行った。鹿をじっくりと間近で見たのもこの時が初めてだったように思う。先の丸い鹿の角は、一年かけて伸びたものが春に落ち、生え変わった後なのだと引率の先生が教えてくれた。持っていったインスタントカメラを後日現像すると、ほとんどは見事にピンぼけしており、その中でも鹿を映した写真が沢山残っていた。

旅館の慣れない枕と浅い夜、その日、私は夢を見た。
運動部に所属していた私は

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風炉点前

風炉点前

「風炉」とは、畳の上に置いて釜をかけ、湯を沸かす茶の湯の道具である。茶室の畳を四角に切って炉をしつらえ、灰を入れて火を焚き、湯を沸かす。

幼少期より、定期的に顔を見せに行く親戚夫婦の家があった。二人は母の、そのまた母の血縁か何かで、母の旧姓と同じ苗字をしていた。二人の間は子どもがいなかった。僕らとは、ほぼ祖父母と孫くらい歳が離れていたから、毎度それは大層可愛がられた。二人が住む家には、奥の和室に

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茶摘

茶摘

夏も近づく八十八夜、
野にも山にも若葉が茂る。

立春から数えて八十八日前後に茶摘みは始まり、以降一か月以上の間隔を空けながら続けられる。摘み始めから半月程度の間に摘んだ柔らかい茶葉が、最高級の一番茶となるそうだ。
最近知ったのだが、緑茶、紅茶、烏龍茶は、茶葉の発酵度合が異なるだけで、同じ茶葉から出来ているそうだ。こんなにも味や色が違うのにその実、正体は同じだったのだと驚いたのを覚えている。

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暮春

暮春

「今年は、部屋に春が来なかった」

春の終わり、暮春(ぼしゅん)。写真は桜が散る頃なので晩春とは言えないのかも知れないが、暮れ往く春に想いを寄せる小噺をひとつ。

今の部屋に越してきて、これで六年目の春を迎えた。玄関ドアの目の前は小学校で、境界にちらほら桜が植わり、そのすぐ向こうには教室が並んでいた。
通勤の頃になると、朝の合唱が聞こえてきて、いや正確には聞こえ始めるとそろそろ家を出る時刻が迫って

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種蒔

種蒔

稲の種である籾を、苗代に蒔くこと指す。小学校のころだろうか、稲作の授業があった。種籾を塩水にひたして、浮いたものを取り除き、沈んだものを選び取る。最終的には、バケツ稲として育てたり、実際に田植え体験も行ったりしたような。

昨年のことだが、友人からおすすめされた酵素ドリンクを、三本セットで購入すると特典で玄米が付いてきた。別の頂き物のお米があったり、新米をはさんだりと、一人暮らしでは最後までなかな

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花水木

花水木

月火水木金土日。
日々丁寧に花を愛する彼女の誕生花はハナミズキだという。このハナミズキというのは明治45年、当時の東京市長だった尾崎行雄が、アメリカに桜を贈った返礼として届けられたのが最初だそうで、日本ではまだまだ歴史の浅い花木らしい。

その暗号に気づいてから、僕らは火曜日に花を送り合うようになった。生花の時もあれば、写真の時もあるのだけれど。

季節も晩春となり、街路樹のハナミズキは見事に満開

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鞦韆

鞦韆

鞦韆(しゅうせん)とは、ぶらんこのことである。

私にとっての思い出のぶらんこは二つあった。
一つは学童期を過ごした地元にある、町役場の公園にあったぶらんこだ。
棒状のチェーンで出来た、繋ぎ目に腕を挟まれると痛いやつ。手なんかすぐ錆の匂いが付いたりして、それでもそのぶらんこは皆に人気の遊具であった。立漕ぎや二人乗りもそこで覚えたし、靴を飛ばしたり、いかに遠くまで飛び降りるかを競ったりなんて、やんち

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亀鳴く

亀鳴く

春の朧夜に、亀の鳴く声が聞こえる気がする。

実際の亀には声帯はがないため、鳴くことはないそうだが、俳句の季語として古くから親しまれてきた。「夫木和歌集」にある藤原為家の「川越のをちの田中の夕闇に何ぞと聞けば亀のなくなり」の歌に由来すると言われている。

川越えの長い道、夕暮れ時に聞こえる声に、一体何が鳴いているのかと尋ねれば、それは亀だというそうだとか。

先人たちはその声に何を重ねてきたのだろ

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春眠

春眠

「ーー必ず幸せにするから」

絶対がないことは分かっていた。
それでも尚、二人で駆け出していた。

君が哭く声がする。
矢羽の嵐に囲まれて、
真っ赤な飛沫が舞い散った。

「どうか忘れないで。
僕が生まれ変わった暁にはーーー

重い瞼を擦る。
あの時約束したのは、誰だっけ?
心地よい温もりに誘(いざな)われて。
僕は再び、記憶の底へ落ちる。

春眠(しゅんみん)

春日傘

春日傘

今までで思い出に残っているプレゼントは、と言われたら思い当たるのが、実は折り畳み傘だったりする。
それは、いつぞやの4月の誕生日に、突然、郵送で届いた。
花緑青の目を引く色使いに、大判のアネモネ柄。

なぜ、印象深いかといえば、デザインが気に入っているのもさることながら、それは半年ほど前に彼が住む関西へ遊びに行ったときに、お店で一緒に眺めていたものだったからだ。色違いと迷った挙句こっちがいいな、と

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花衣

花衣

花見に出かける時の晴れ着のことを花衣(はなごろも)というそうだ。古くは、表が白、裏が花色の「桜襲(さくらがさね)」の着物のことを指していた。江戸時代には、艶やかな「花見小袖」が流行って、正月より花見の着物に入れ込んでいたとか。

でも、分かるな。春は、つい、浮かれてしまうよね。
今年は桜が早くて、もうほとんどが終わってしまった。それでもまだまだ街は春めいていて。こんな良く晴れた日には、ゆっくり散歩

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花冷え

花冷え

今夜、蛍烏賊とりに行こうと思うけど来る?

突然のLINEに、まだ職場にいた私は浮き足立つ。前に行きたいと言ったの覚えててくれたんだと言う喜びと、明日も仕事の最中、ちょっと流石に急すぎやしないかと社会人の理性が働く。されど、いまだ見たことのない景色への好奇心に負けた私は、結局二つ返事でOKしてしまった。

満開の夜桜を余所に、私たちは深夜の海へと向かった。
いわゆる、花より何とやらである。

暖か

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花曇 #月刊撚り糸

花曇 #月刊撚り糸

曇天に満開の桜を見るにつけ、ある友人の言葉を思い出す。

「桜は正直嫌いやな。咲いてる期間は短いし、青空が背景じゃないと色が映えん」

彼女は、大手制作会社で映画やドラマ撮影に関わる仕事をしていた。私たちの地元がある北陸は、日本一曇りが多いと言われる地域である。そんな中で育ったものだから、私に言わせれば雨の降っていない天気は全て晴れだし、桜に関しても、空の色まで気に留めてはいなかった。さすが異なる

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麗か

麗か

気がつくと、私は小舟に揺られていた。
辺りは桜が舞い散っており、この一隻だけが花筏の水面をかき分けていた。

「花のうらぁらぁの隅田川~♪」

ふと後ろからの声に身体を捻れば、船頭が歌にあわせて櫂を操っている。笠の下の顔は、全ての知り合いを足して割ったような、誰とも判断し辛い様相をしていた。その表情に目を凝らしても、薄ぼんやりと靄がかかったようで、もはや焦点が合わない気すらした。

そこで、あ、こ

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