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暮春
「今年は、部屋に春が来なかった」
春の終わり、暮春(ぼしゅん)。写真は桜が散る頃なので晩春とは言えないのかも知れないが、暮れ往く春に想いを寄せる小噺をひとつ。
今の部屋に越してきて、これで六年目の春を迎えた。玄関ドアの目の前は小学校で、境界にちらほら桜が植わり、そのすぐ向こうには教室が並んでいた。
通勤の頃になると、朝の合唱が聞こえてきて、いや正確には聞こえ始めるとそろそろ家を出る時刻が迫っている合図なのだが、毎朝の日課として歌声を聴くというのは悪いものではなかった。
加えて桜の時分になると、閉じたドアの僅かな下端の隙間から、花びらが舞い込んでくるのが大好きだった。それは、静かなお別れの挨拶かもしれないのに、なんだか春を招き入れた心地がして。
毎年の楽しみとしていたのだが、いつからか小学校の耐震補強工事が始まり、いよいよ去年より校舎の解体が始まった。学校自体が移転する訳ではないのだけれど、いまや旧校舎は取り壊されてしまい、気づけば桜の木も無くなっていたのだった。
今年は、部屋に春が来なかった。
そう書くと詩的だが、実際はより現実的な意味合いである。
その実、「春が来ない」訳ではなかったし、どちらかと言えば、「季節は移り変わっている」というのが正しい。
いつの間に桜は居なくなってしまったのだろうか。今更知ったとて、それこそ、さよならの一つも言えなかったではないか。
暮の春。
それは毎年のことだけれど、きっと同じではないのだ。
暮春(ぼしゅん)
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