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風炉点前

「風炉」とは、畳の上に置いて釜をかけ、湯を沸かす茶の湯の道具である。茶室の畳を四角に切って炉をしつらえ、灰を入れて火を焚き、湯を沸かす。

幼少期より、定期的に顔を見せに行く親戚夫婦の家があった。二人は母の、そのまた母の血縁か何かで、母の旧姓と同じ苗字をしていた。二人の間は子どもがいなかった。僕らとは、ほぼ祖父母と孫くらい歳が離れていたから、毎度それは大層可愛がられた。二人が住む家には、奥の和室に炉が切ってあった。何十センチ四方の隠し扉のような場所。うちには炉なんてなかったので物珍しくて、長い銀色の火箸でこっそり灰を穿って遊んだものだった。
僕らが幼すぎたのか、終ぞおばさんがそこでお茶を点てるのを見たことはなかったのだが、その家でみんなで作る白玉が好きだった。粉からをこねて、好きな形をつくる。ふよふよとした出来立ての白いのが、ぬるりと滲んだ表面を輝かせながら、氷水の上を漂っていた。

子どもがいない夫婦は寂しいのだと母は言う。今でも言う。

連れられていく度、何とはなしに掛けられるその言葉がじっと頭の隅に残っていた。始めは理解できないまま、結局物心がついてからもよく分からなかった。分からないというべきか、もしくは真意を図り兼ねていた。

二人は丁寧な暮らしをしていた。
迎える木の茶托に揃いの綺麗な茶碗。
丁寧に整えられた奥の茶室と道具たち。
それらは幸せではなかったのだろうか。
畢竟、何が幸せかは本人が分かっていればいい。出来ることなら、大事な人には理解して欲しいところだが、どうしても分かり合えないことがあるのは仕方がない。

丁寧な暮らしをしたい。

暮らしの隅っこに炉を切るように。
季節をこっそりともてなす場を設けたい。

結構な、お点前で。

そよりとカーテンが揺れた。

風炉点前(ふろてまえ)

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