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花曇 #月刊撚り糸

曇天に満開の桜を見るにつけ、ある友人の言葉を思い出す。

「桜は正直嫌いやな。咲いてる期間は短いし、青空が背景じゃないと色が映えん」

彼女は、大手制作会社で映画やドラマ撮影に関わる仕事をしていた。私たちの地元がある北陸は、日本一曇りが多いと言われる地域である。そんな中で育ったものだから、私に言わせれば雨の降っていない天気は全て晴れだし、桜に関しても、空の色まで気に留めてはいなかった。さすが異なる視点で物を見るものだと驚かされたのだ。

小中が一つしかない小さな田舎町で、彼女と親しくなったのは中学に上がり同じクラスになってからだった。暇とエネルギーを持て余した私たちは、仲良し4人組で無地のCampusノートに交換絵日記をつけていた。その中でも彼女は、飛び抜けて絵が上手く、自作の小説や漫画も書くという。子供のころから空想好きで、当時小説家になりたいと思っていた私にとって、彼女は憧れの存在だった。

ある夜、彼女と二人きりで中学校の体育館に忍び込んだ。普段入れないステージのぶどう棚に上がったり、オレンジ色の照明の下で寝転んだり、特に何をするでもなく背徳感を楽しんだのだと思う。その日の帰り道、今日の出来事をもとに何か創作しようと誓ったのに、結果それが出来ず仕舞いだったのが未だに心残りだったりする。

将来、シナリオを書きたい。
中学の頃からそんな夢を語っていた彼女が、実際に制作会社に就職し、誰もが知るような作品にも携わるようになっていたことに、私は敬畏の念を抱かずにはいられなかった。私はと言えば、とりあえず東京へ出ようと思って受けた会社は軒並み不採用で、結局地元の企業に就職している。向いている仕事だとは思いながらも、生活に慣れるにつれ、この先もずっと続くであろうなんでもない日々を漠然と恐れていた。

冒頭の台詞を聞いたのは、そんな彼女が地元に帰省した折のことだ。彼女に対して、私が強く惹かれる理由の一つが、きちんと自分の意見を言うところである。好きや嫌いをはっきり示す。私だったら躊躇うようなことも、直接相手にずばっと言い放つ。

「誰か県外の人と結婚して、こんなとこ出ていきたいわー」

私がそんなことを口にすると、

「は?ださ。自分で出ていけばいいやん」

さも当たり前だと投げかけられた言葉に、私はまさしく頭を殴られたような衝撃を受ける。単なる傷の舐めあいではない、田舎で鈍った感性に鋭いナイフを突き付けられるような。
こんな瞬間が何度かあったと思い出す。彼女はただただ自論を言っている。

それがあなたの本音なの?と、目を細めて見透かされ、己の小ささを甚だ自認する。しかしそれと同時にすごく清々しいのだ。心のうちを相手に明かさないことは美徳ではなく、酷く脆い関係性を築くだけだ。ああ、私はなんて良い友人をもったのだろう。少なくとも私は彼女に恥じないように生きていたいと切に思う。


そんな彼女は、今やフリーランスとして独立し、彼女の道を歩んでいる。

今年も、ここにはきれいな桜が咲いた。
残念ながらやっぱり曇り空がバックだけれど。
ねえ、私も強くなったよ。ここを出る覚悟は出来ている。
そんなことを考えて、これが最後かもしれない桜の季節を想う。

花曇(はなぐもり)

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