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劇文学

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戯曲/脚本を纏めました。癖が強いモノから弱いモノまで。
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記事一覧

『文字』に囚われた男(戯曲)

『文字』に囚われた男(戯曲)

古い日本家屋。玄関から居間まで続くゴミ回廊を、男は何かを呟きながら右往左往している。
ああでもない、こうでもない。
あれも違う、これも違う。
まるで狂ってしまったかの様なその素振りは、以前女誑しで知られた『軟派者』の影を潜めるに至り、周囲の塵や埃はそんな彼を何処か未知の世界へと誘うのである。

暗転後、男は何かにビックリしたかの様な反応を客席へ見せる。落ち着いた後、舞台の右から左を練り歩きながら、

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阪神間の軌跡(戯曲)

阪神間の軌跡(戯曲)

梅田駅から三ノ宮駅までを走る阪急神戸線にあって、大阪と京都を繋ぐ十三駅はいわばジャンクションの役割を担っている。
平日の昼間だというのにも関わらず、駅の構内は人で溢れ返っており、昔に想い合っていた男女が同時刻、同じ車両に乗り合わせる事を考えれば、それは奇跡といっても過言ではない様に思える。
十三駅から三ノ宮駅までの道中、その軌跡に起きる奇跡というのは、果たして偶然という言葉で終わらせても良いものな

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警部補C(戯曲)

警部補C(戯曲)

とあるアパートの一室。明かりはなく、窓より差し込む月明かりのみが、舞台上を仄かに照らしている。狭い部屋の中に散乱する化粧品や本。そして、その散らかった部屋からゆっくり出ていく人影が一つ。顔は誰にも見えない。
暗転後、焦げ茶色のジャケットを羽織った男が、部屋の中央で何かを探る素振りで目を凝らしていると、彼は此方(観客)の目線に気付いた様に振り返り、ゆっくりと口を開き始める。

(警部補C)
世から消

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戦慄都市! メトロポリス立川(戯曲)

戦慄都市! メトロポリス立川(戯曲)

暗転後、スーツに身を纏う長身の男が一人、舞台中央に立っている。背景はビルが隙間なく並んだ大都市。表情、体勢を崩さない男は、音楽が鳴り止んだ所を見計らって、客席に語りかける様に口を開く。
役者はこの男以外に必要ない。なんと金の掛からない演目だろう。

(男)
紳士淑女の皆々様、そして未来有る子供達。よくぞ此処までお越し下さいました。本日は、我が立川興業自慢の『超高層都市メトロポリス立川』を心ゆくまで

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エヴァンス家の会議(戯曲)

エヴァンス家の会議(戯曲)

1982年、アメリカ中西部にて多種に渡る企業を営むエヴァンス家では、ある時を境にして、週に一度の家族会議を開く事となっていた。大概の場合それは土曜日、家長である父の元で行われる夕食会の後に実施されたが、今回に限り、それは緊急の様子を帯びてその前日、金曜日の夜に開催の運びとなった。本日も子供たちは皆、その長いダイニングテーブルを囲み、神妙な面持ちで家長の登場を待っている。

(アル)長男 ※登場シー

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怠惰の遊撃戦(戯曲)

怠惰の遊撃戦(戯曲)

暗闇が明けると、狭い部屋の中に簡易的なデスクが一つ。肘をつく初老の男性が教授である。正面の窓から、満開となった桜の木が一本。
部屋の片隅には、わざとらしく『東北大学 我が誇り』という太い字で書かれた貼り紙。
それ以外に必要な物はない。間延びした音楽も要らない。
客席が静まったのを見定めて教授が咳払いをする。それを合図に、右手より二人の助手が登場する。

これは、その三人の会話である。
(教授)の台

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新世界より(戯曲)

新世界より(戯曲)

この舞台における人物は、たった一人の男のみである。従って、特に断りがない場合には台詞としての表現を避けようと思う。
又 一貫して変化のない環境下である事から、暗転・行動・舞台進行の指示はごく最低限の記述のみとする。

(男)
 ここ最近の睡眠障害にて得た発想の数々。それは啓示により降りてきたような受身の産物ではなく、あくまで自らの思考に頼った物であると理解して貰いたい。真夜中の窓から差し込む月明か

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