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阪神間の軌跡(戯曲)

梅田駅から三ノ宮駅までを走る阪急神戸線にあって、大阪と京都を繋ぐ十三駅はいわばジャンクションの役割を担っている。
平日の昼間だというのにも関わらず、駅の構内は人で溢れ返っており、昔に想い合っていた男女が同時刻、同じ車両に乗り合わせる事を考えれば、それは奇跡といっても過言ではない様に思える。
十三駅から三ノ宮駅までの道中、その軌跡に起きる奇跡というのは、果たして偶然という言葉で終わらせても良いものなのだろうか。

(※Ⅰ)舞台の両端に立つ男女が交互に照明に当たる事により、劇は進行する。二人は自ら打ち込んだメッセージをただ読み上げる、それだけの内容である為、観客を飽きさせない様な表情や動作が、二人に求められるのは言うまでもない事。


(女)
久しぶりに貴方の姿を見た時の印象は「変わっていないなぁ」という物でした。勿論、私達が別れてからもう二年以上が経過しているし、互いに色々な変化は有ったのだろうけど......それでも電車に乗っている時の貴方の癖を、不機嫌そうに口を歪ましたり、思い出したように携帯を取り出すその癖を見て、すぐに貴方だと気付いた私でした。
突然こんなメッセージを送られても困ると思います。ただ、その以前と全く変わらないその姿を見ると、何故か胸が詰まる様な、そんな変な衝動に駆られて –– 

 もしも貴方が以前とまるっきり変わっていたら、或いは三ノ宮駅ホームのベンチでこんな文章を打ち込まず、当初の目的地である西宮北口で降りて、あのショッピングモールの広い通路をたった一人で歩いていたのかもしれない。お陰で、妹の誕生日プレゼントとして渡す筈だったLUSHのバスセットを買いそびれました。
でも多分、貴方は正面に座る私の事になど気付いてはいなかったでしょう。いつもの通り居心地が悪そうに目を瞑って寝たふり?をするその姿からは、私達が毎日の様に通ったこの阪急沿線という認識ではない、何か新しい意味をこの電車に与えている様な、そんな気がしました。この二年の月日は、私にとっても貴方にとっても、有意義な物となったのでしょう。

 六甲駅で降りる貴方は、私の方に一度も目を向ける事なく、ホームを歩いて行きました。凄く迷いました。一緒に六甲駅で降りてしまおうか、と迷った訳ではありません。電車が歩く貴方を追い越そうとした時、振り返ってその表情を見てやるかどうか、で迷ったんです。でも結局止めました。
もし貴方が楽しそうな顔を浮かべていれば癪だし、嫌そうな顔も別に見たくはなかったから。それに、私から別れを切り出したにも関わらずその姿を追い求める様な行為は、貴方に対してフェアじゃない気がしたのです。なんとなく。

 私達が別れたきっかけというのは、一体なんだったんだろうと考える時があります。喧嘩をする時も、何かに迷った時も、全てイニシアチブを取っていたのは私です。だから、まともな言い争いにもなった事がない私達が、何故別れなければならなかったのか。すみません、それを今言うのは理不尽が過ぎますね。全てはタイミングによる物だったんです。一人が別れを切り出して、もう一人が簡単に承諾した。それだけの事です。

 気付けば、長い文章になってしまいました。私が貴方に何を言いたかったのか、何を伝えたかったのかは、恐らく分からないでしょう。自分でも分からないのだから、当たり前ですね。
あとは送信ボタンを押すだけ......なのですが、指が上手く動かせません。饒舌な私がここまでの文章を打ち込みました。これを送る為には、また違う私が必要な様です。
この時期の三ノ宮駅は暑くて静かです。駅前の公園も無くなってしまったみたい。猛暑の所為で、私の中の変な虫が騒ぎ出したのかもしれないな、と考えると、やはりこのメールは送らない方が良い様な気がしてきました。
もうそろそろ止めましょう、さようなら。


(男)

君の姿を見るのは、約二年ぶりかなと考えると、僕の生活における変化の無さに、なんだか情けなくなってしまいます。十三から阪急に乗って、友人が住む六甲までの移動の際、君の姿を見かけました。姿勢よく座るその姿、真っすぐにこちらの背後にある山々を眺める視線は、どこか懐かしい雰囲気をもっていて、僕はつい顔を伏せてしまった。だから君は、分からなかったかもしれない。正面に座る、その変な姿勢の男が僕だという事を。
何故そんな子供じみたマネをしたのか、つい数分前の事なのに覚えていません。でも思う所はあります。多分、依然変わらないその顔や姿、出で立ちを見てしまえば、当時の感情が蘇りそうな気がして怖かったんだと思う。

 六甲駅で降りた僕は、過ぎ去って行く電車の窓越しに、君の姿を見ました。もしかしたら、僕等同じ駅で降りるのかもしれない、そうすれば此方から声を掛けて、友人との約束などすっぽかして、一緒に話がしたいとまで思っていました。が、そんなに上手く事は運びません。
結局、友人との約束は破る事になりました。六甲で再び三ノ宮行の普通電車に飛び乗った僕は、揺られながらこのメールを打っています。
君が何処の駅で降りたかは分からない。でも、この文章が打ち終わる頃には、終点の三ノ宮に着いてしまうんでしょう。

 僕等が別れた原因、それはなんだったんだろうと考える時があります。君が知っての通り、僕には色々と悩む癖があって、それを見かねた君が上手くこの関係性という物を回していたんだと思う。ショーの司会者の様に。
でもそれではダメだった。やはり僕は自分の考えた事、思った事を正直に口に出した方が良かったのでしょう。君はどう考えていたのか、今となっては分からないけど、そんな塞ぎ込んでいる様に見える男の姿は、多分魅力的には映らないのだろう。
だから、僕は今度こそ想いの内を伝える様にします。この文章は、いわば自分の決意表明の様な物で、わざわざ送ろうとまでは思わない。
僕の口から感情を伝える。そんな簡単な決意表明など聞いた事がないけど、ここから始めないとダメな様です。それもはっきりと、一言で伝わる様に ––


三ノ宮駅ホームにて流れるその音楽は、男と女の耳を同時に刺激し、列車の到着を知らせた。

-終演-

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