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警部補C(戯曲)

とあるアパートの一室。明かりはなく、窓より差し込む月明かりのみが、舞台上を仄かに照らしている。狭い部屋の中に散乱する化粧品や本。そして、その散らかった部屋からゆっくり出ていく人影が一つ。顔は誰にも見えない。
暗転後、焦げ茶色のジャケットを羽織った男が、部屋の中央で何かを探る素振りで目を凝らしていると、彼は此方(観客)の目線に気付いた様に振り返り、ゆっくりと口を開き始める。


(警部補C)
世から消える事なき凶悪事件。かの石川五右衛門が語った『石川や浜の真砂はつきるとも、世に盗人の種は尽きまじ』本質はこの一言に詰まっていると言っても過言ではありませんな。来る日も来る日も、事件解決に向けて足を動かしているものの、僕の机に置かれたファイルは膨らんで行く一方。此処が平和なんてまやかしは早く捨てちまった方が良い。他の国と比べて––、という話は通用しないんだから。我々の間では。

かく言う僕は、今日も酷い事件に遭遇してしまった訳だ。信じられない事件。六畳一間に横たわる女性は、まだ二十歳を越えて間もない様子。こんな美しい娘を手に掛けるとは、同じ人間として情けなくなってくる。
そこで、僕が現場付近で見つけた怪しい男二人組を呼んでみよう。おい、こっちだ!

容疑者A・Bが右手より登場。

(容疑者A)......。
(容疑者B)あの......。

(警部補C)
ほれ見ろ。いざ呼ばれても、何の返答もない。ろくすっぽ返事も出来んらしい。何かをやらかす人間というのは、得てしてこういう態度を取るんだ。
まずはAさん。貴方、昨日の晩は自宅に居なかったらしいですな。大家さんから事情は聞いてます。それからBさんに至っては、今週一度も家に帰っていない。奥さんが捜索願を出す一歩手前だったとか......。こんな旦那なら、いっそ見つからない方が良かったかもしれん。
二人共、昨夜の行動を話してくれますか?

(容疑者A)此処にいました。ずっと。
(容疑者B)私も、此処に––

(警部補C)
此処?この部屋にずっと?

(容疑者A)はい。

(警部補C)
失礼ですが、被害者の女の子とは、どういった御関係?

(容疑者A)付き合っていました。
(容疑者B)お前は、二番目の男だけどな。

(警部補C)
穏やかじゃないね、どうも。つまり容疑者二人と女の子は、男女の仲であり、今回の事件はその関係性の縺れが引き起こした悲劇である......と。なんだ、解決じゃないか。

(容疑者A)いや、二人ではなく三人です。

(警部補C)
三人?あんたら二人の他に、三番目の男がいたという事?最近の男女交際というのは、どうなってるんだ一体。しかも相手の一人は既婚者じゃないか。因みにこの女の子は、Aさんにとって何人目の彼女なの?

(容疑者A)私は複数の娘と同時に付き合える程、器用じゃありませんから......。

(警部補C)
あ、そう。確かにその顔では難しいでしょう。それでその三人目ってのは、何処の誰かはご存知?

(容疑者A)誰って––

(警部補C)
いいや、やはり結構。この場に貴方達二人がいる時点で、もう犯人は決まった様なものだ。

(容疑者A)我々二人は、確かに現場に居合わせました。でも、三人目の男が部屋のドアを開ける音がして、ついベッドの下に隠れてしまったんです。口論が始まって、その後に鈍器で殴る様な音がしました。

(警部補C)
で、君等は通報もせずに、怖くなって逃げてしまった。そしてたまたま近くを通りかかった僕が、偶然にも異変に気付いてこの部屋に入って来た。という訳だね?

(容疑者A)......。はい。
(容疑者B)......。

(警部補C)
ううむ。それにしても、君等冴えない返事しかしないが、何か隠している事があるんじゃないだろうね?......三人目の男の顔は見たかい?

(容疑者A)いえ。
(容疑者B)はい、見ました。
(容疑者A)馬鹿、やめろ!

(警部補C)
なになに?どちらかハッキリして貰わんと。それによって此方の対応も変わってくるんだから。

(容疑者B)暗くて見えませんでした。

(警部補C)
なんとも残念な事ですな。しかし君等二人共変な格好をしている様だが、普段仕事は何をしているの?サーカスの団員?

(容疑者A)舞台俳優です。

(警部補C)
ふうん、最近の舞台というのは、ドラキュラが出たりフランケンシュタインが出たりと、まぁ奇抜な演目が多い様だが、確かにメイクではなく、その顔を地で行く人間を雇うというのは賢い考えかもしれないな。
最近は何の役やったの?

(容疑者A)この前は通行人の役を。

(警部補C)
なるほど。ゾンビが出て来る演目とは珍しい。でも発想は悪くない。そういうんならいっその事、自主製作映画でも作ってみた方が流行るかもしれん。

(容疑者B)あの、もういいですか。俺等稽古があるんで。

(警部補C)
まぁまぁ、もう少しだけ協力下さい。それに、まだ僕は君等を完全に白とした訳ではないし。他に何か手掛かりになりそうな物はないか?自分の彼女が襲われているのを止めずに隠れている様な男達に、何か期待をしている訳ではないのだが。

(容疑者A)犯人のポケットから何か黒い物が落ちたのを見ました。

(警部補C)
黒い物?今この部屋に落ちている?

(容疑者A)確かタンスの辺りで......。あっ!そこに落ちている手帳の様な物だと思います。

その手帳を拾い上げる警部補C。

(警部補C)
なるほど。最近の犯人もだらしないもんだ、と思ったら、これは私の警察手帳じゃないか。先程この部屋を見て回った時に落ちたに違いない。それとも、君は本当にこれが犯人のポケットから落ちたと言うのか?

(容疑者A)見間違いです。

(警部補C)
よろしい。最近の容疑者は実に物分かりが良いね。日本の未来も明るい......。いや、逆だな。まぁ良いか。ついでに一つ興味深い話をしてやろう。凶悪犯の習性とでも言うのか、例えば犯行を犯した奴は一旦そこを離れた後、再度現場に戻ってくる、という話を聞いた事はあるか?何故だと思う?

(容疑者A)......。

(警部補C)気になるんだよ。自分が何かヘマをしていないか。どんな騒ぎになっているか。報道記者は来ているか。そして、自分の姿を見た者が、何か要らない事などを警察に告げ口しないか––

(容疑者B)......。

(部下A)警部補!外に怪しい男がいたので、捕まえて参りました。

(警部補C)
ほれ見ろ。犯人は戻って来る。
そしてこの格好を見るに、あんたも舞台俳優らしい。君等、友達だからコイツを庇ったんだろ?

(容疑者C)俺じゃないったら!離せ!確かに俺は三人目の男だが、犯人は四人目の奴だ!

(警部補C)
ならばこれにて一件落着......なに!?
おい、ストップストップ!止めろ。
監督、これ四人目の男なんて本当に出て来るのか?僕が渡された台本には三人目までしか書いてない。稽古が出来ないよ、これじゃあ。

(監督)ごめんごめん、昨日内容を追加しちゃったんだよね。君いつも帰るの早いから渡しそびれてさぁ。

(警部補C)
登場人物はあと何人出て来る?俺なんて警部補Cという役名だが、警部補AとBなんか出やしないじゃないか。せめて残りの容疑者の数を教えてくれ。容疑者D迄か、E迄か。頭がこんがらがってきた。

(監督)容疑者は......K迄だね。容疑者K。因みに警部補は君含めてF迄、部下はH迄いる。

(警部補C)
......長丁場になるな。


-終演-

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