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エヴァンス家の会議(戯曲)

1982年、アメリカ中西部にて多種に渡る企業を営むエヴァンス家では、ある時を境にして、週に一度の家族会議を開く事となっていた。大概の場合それは土曜日、家長であるの元で行われる夕食会の後に実施されたが、今回に限り、それは緊急の様子を帯びてその前日、金曜日の夜に開催の運びとなった。本日も子供たちは皆、その長いダイニングテーブルを囲み、神妙な面持ちで家長の登場を待っている。

(アル)長男 ※登場シーンはなし
(エド)次男
(ベン)三男
(リサ)長女
(トム)四男

全ての会話に於いて、充分な緩急をつけて頂きたい。句読点を目一杯意識する事。

暗転後、舞台中央のテーブルに着いているのは、息子の四名。音楽が鳴り止んだ後、右手より杖をつきながらが登場する。

(父)皆集まったな。

(エド)親父、体調の方はどうだい?

(父)あぁ、最近咳が酷くなってね......。医師からもあまり動かない様に言われているんだ。

(ベン)そうですか、無理をしないで下さい。父さんが倒れてしまうのはこの家の、いやこのグループ全社員の一大事ですからね。

(リサ)あら、二人とも露骨ねぇ。今さっきまでは「もうそろそろだな」とか「スパッと決めて欲しいもんだ」とか散々な事言っていたじゃない。

(エド)それは、親父の体調を思っての事だよ。あまり会議を長引かせるのは、心身共に良くないだろうからね。

(ベン)そういう君も、自分には役目が回ってこないと思い、捨て鉢になっているじゃないか。

(リサ)だって、私は別に父さんみたいになろうとは思っていないもの。

(トム)まぁまぁ。兄さん、姉さん。父さんが困っているから。

(父)あぁ、その事だがね。昨日ついに決めたんだ。もう発表してしまって良いかな。

(エド)ついに決まったんだね。皆恨みっこはなしで、親父の話を聞こうじゃないか。

十秒程の沈黙。父は懐から一枚の紙を取り出して、それを読み上げる。

(父)以下の者に、わしの野望を引き継いでもらう事とする。その名は......ベンジャミン・エヴァンス

(ベン)あぁ父さん!僕は信じていましたよ。

(エド)待ってくれ。またこうなるのか。結局大事な物は全てベンの元に降りてくる。親父、これは依怙贔屓というやつだ。違うというのならば、しっかりとした理由を説明して頂きたい。

(リサ)取乱しちゃって。全く情けないったらありゃしない。トムの坊やが立派に見えるわ。

(トム)坊やと言うのは止めてくれよ、姉さん。別に、俺は役目が回ってくるとは思ってなかったから。

(父)簡単な話だ。当グループの功績を顧みた時に、ベンがその役割の大半を担っているからな。

(エド)それだって、アル兄さんが死んだ後にそこに滑りこんだのがベンだっただけじゃないか。その結果にベンの功績なんてありゃしない。全て兄さんが作ったレールの上に乗っているだけだ。

(ベン)へぇ、兄さんが銀行経営にそこまで精通しているとは知りませんでしたよ。

(エド)思い上がっている様だが、私が当時ネブラスカ鉱山周辺の都市計画に目を付けていなかったら、私がお前の立場になっていた筈なんだ。お前とは違って、私は我が企業の皆から必要とされていたし、後もう一息というその状況で離れる訳にはいかなかったからね。

(トム)兄さんたち。もういい加減にしてくれませんか。これは父さんが決めた事じゃないですか。それをネチネチと––。

(リサ)さすがトム坊やは聞き分けが良いわね。ベン兄さんの機嫌が良くなれば、貴方が隠れて会っているサラも喜ぶものね。

(ベン)おい、それはどういう事だ。お前は兄の嫁と隠れて会って何をしてるというんだ。

(トム)......兄貴が家庭を顧みないのが悪いんじゃないか。言っておくが、俺から手を出した記憶はないぜ。

ベンは席を立って、トムの胸ぐらを掴む。トムは抵抗せず、されるがままの姿となっている。

(エド)おい、君等こそ止めたらどうだ。親父の前で恥ずかしくないのか。そんなどうでも良い事よりも、もっと話し合わなければならない事がありますよね、親父。考え直してはくれませんか。

(父)よく考えた結果だ。私は、ベンに譲ると決めたんだ。

それを聞いて、胸ぐらから手を話すベン

(ベン)まぁ、有り難く父さんの跡を継がせて頂きますよ。この中部銀行専務取締役の僕がね。

(リサ)全く、調子が良いこと。

(トム)そういう姉さんこそ、人の事を言う前に自分の旦那を見張っていた方が良いんじゃないかい?

(リサ)あら、どういう意味?

(エド)おい、やめないか。今する話ではない。それよりも大事な話が––。

(トム)姉さんの旦那、NHLの連中を引き連れてよくクラブに出入りしているそうじゃないか。若い娘と二人仲良く店を出るところを、俺の運転手が何度も見かけて写真まで撮ってるよ。

(リサ)なんですって!?それを知っていて、皆あたしに何も言わなかったのね?

リサは席を立って、トムの胸ぐらを掴む。トムは抵抗せず、されるがままの姿となっている。

(トム)おい、何故俺が胸ぐらを掴まれなきゃならないんだ?

(エド)あぁ、親父。これでは話になりませんね。どうでしょう、来週に持ち越しというのは。

(父)もう決めたんだ。この件については。

(ベン)兄さんも往生際が悪いね。

(リサ)そうよ兄さん。アル兄さんが残した遺産を黙って私用で使ってしまう様な人が、父さんの跡を継げる訳がないわ。

リサはそう言って、胸ぐらから手を離す。

(ベン)なんだって!?土地計画を進める際の、買収に充てたと言っていたじゃないか。あれは元々中部銀行の取り分なんだぞ。

(リサ)そうでなければ、西海岸にあんな別荘をポンポン建てれる訳がないじゃない。

(エド)親父、違うんだ。これには訳があって––。

(トム)またいつもの浪費癖が出たんだろ。義姉さんの金の使いっぷりは半端じゃないから。新年のパーティなど、まるで女王の様な立ち振る舞いじゃない。

(リサ)貴方なんて可愛がられて、お小遣いまで貰ってるのに、酷い言い様ね。

(トム)はっきり言って迷惑なんだよな。皆がいる前で「今年も一年我がグループの為に頑張ってね」だぜ。部下がどの様な目でそれを見ているか......。

(エド)いい加減にしないか!

エドは席を立って、トムの胸ぐらを掴む。トムは抵抗せず、されるがままの姿となっている。

(トム)皆歳下の俺に当たるのは止めてくれないか?

(父)もう良い。今日の会議はこれでお終い。

それを聞いて、胸ぐらから手を離すエド

(父)例の権利書は後日、ベンの家に届けさせよう。今日は皆ゆっくり休んで行ってくれ。

一人々々席から立ち上がる中、唯一席に座り続けるエド。皆が舞台から隠れようかという瞬間を見計らって、勢いよく立ち上がる。

(エド)ここまでベンに贔屓をされると、例の噂が本当だったのではないかと、嫌でも疑ってしまうね。

皆は舞台の端に立ち、中央にいるエドの姿を見つめる。

(トム)例の噂?なんですかそれは。

(リサ)兄さん、流石に止めておいた方が良いと思うけど。

(ベン)......

(エド)ベンは、親父が昔捨てた女に孕ませた子ではないかという噂だ。当時、母さんが病気で臥せっていた頃、兄と私が帰らぬ貴方を待ちながらどれだけ寂しい思いをしていたか。知らないとは言わせませんよ。まさか、そんな大変な時期に外に女を作っていたなんて。

(父)もう良い。よさないか。

(トム)母さんは何故そんな不貞の子を引き取ったんでしょう。

(父)お前はなんという事を言うんだ!

は、自分の杖をトムの脚に振り下ろす。

(トム)あいた!

(エド)母さんは、親父の言いなりだったからなぁ。つまり、ベンを引き立てようとするのも、その捨てた女へ向けた贖罪のつもりなのでは?

(ベン)兄さん、あまりに酷すぎる。僕は間違いなく父さんと母さんの間に産まれたんだ。血がそれを証明してくれるよ......。分かった。そこまで言うのなら、僕はこの権利を降りる。そして、それを兄さんに譲るよ。僕も父さんもそんな言いがかりを付けられるのは嫌だからな。

(父)......お前がそれで良いのなら、わしはもう何も言わん。

(エド)頂ける物は頂いておきましょう。だが、今日のこの会議の遺恨は必ずこの先も残りますよ、親父。

(リサ)呆れた。そこまでして欲しい物なのかしら。

(父)それでは、わしが五十年に渡って充実させてきた、エヴァンス・ウエスタン博物館の権利を、お前に譲る事にする。それで良いな?

(エド)必ずや我が国最高の博物館にしてみせます。

(トム)兄さんたちは前からイーストウッドの虜だからねぇ。カウボーイのどこが良いのやら。

(ベン)おい、その話は終わったが、サラとお前の件はまだ終わっていないぞ。

(リサ)私も旦那の事、まだ聞き足りないわ。久しぶりに三人で飲み直そうかしら。

(トム)何度も言うように、兄貴がサラを困らせているから––。

ベンリサトムは舞台より姿を消す。
エドは、中央の椅子に再度腰掛ける。

(父)君たちは、相変わらず仲が良い。

(エド)そんな風には思わないけどね。そういえば親父、来週の会議では何を話し合うのか聞けていなかったけど。

(父)来週は凄いぞ。昔に某映画監督から買い取った、オペラ劇場を君等に譲ろう。サンタモニカにあるやつだな。

(エド)へぇ、それはリサが欲しがりそうだな。あれは本気になると手が付けられないから。親父、久しぶりに我々も二人で散歩でもしましょうか。手を持ってあげましょう......。ほら。

二人は舞台の端までゆっくりと歩きだす。

(父)すまんな。わしが死ぬ前には、趣味で建てた物を全てお前たちに譲ってやるから。

(エド)あまり悩まないように。因みに、私が今さっき言ったベンの出生の噂はどうなんですか?我々兄弟は皆本気で信じてはいませんが––。

(父)あれは本当の話だ。

(エド)えっ?


-終演-

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