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戦慄都市! メトロポリス立川(戯曲)

暗転後、スーツに身を纏う長身の男が一人、舞台中央に立っている。背景はビルが隙間なく並んだ大都市。表情、体勢を崩さない男は、音楽が鳴り止んだ所を見計らって、客席に語りかける様に口を開く。
役者はこの男以外に必要ない。なんと金の掛からない演目だろう。

(男)
紳士淑女の皆々様、そして未来有る子供達。よくぞ此処までお越し下さいました。本日は、我が立川興業自慢の『超高層都市メトロポリス立川』を心ゆくまで御堪能下さい。そして本日、厳選なる審査を見事通過されたお客様だけが、この都市の住民となる権利を得るのです。
失礼、自己紹介が出来ていなかった。私は此処の支配人を命じられました、カトウ・ジュンイチと申します。本日は私が皆様の案内役を務めさせて頂きますので、どうぞお見知り置きを。
さて、今からはこの都市の説明を軽くさせて頂く訳ですが......はい、今皆様の椅子の脇から何かが出て来たのにお気づきでしょう。そう、その青いペットボトルです。どうぞ特製ジュースを一口お飲み下さい。どんな味がしますか?

(観客)
・・・・・。 ※無反応

(男)
そう、言葉ではどうも表せない味、分かりますよ皆様の気持ちが。私も最初飲んだ時、何だこれと思いましたから。でも美味しいでしょう?実はこれ、土から抽出したエキスを基に作られているのです。今や土、砂、石というのは無用の長物。そんな無駄に有り余る資源を有効活用しようというのがこの都市の狙いであり、外部からの輸入をせずともこの都市単体で住民全ての食糧を賄う事が可能なのです。
えっ?自分が知っている立川じゃない?モノレールは何処に行ったですって?あぁなるほど、皆様最近は外出自粛にも関わらず、外に遊び出て自宅でTVを見ていないらしい。このあまりの変貌に戸惑っているな。誰か立川興業のCMなど御覧になられた方は?

(観客)
・・・・・。 ※無反応

(男)
なるほど、致し方ない。全国緊急事態宣言が発令された後、東京都が陰で推し進めて来たのが、この立川超都市構想なのであります。秘密裏な話であるものの、遂行業者は入札により決定されました。そして僅か二ヶ月の期間で、ここまでの発展を見せた立川市に戸惑いの眼を向けるのは当たり前の事でしょう。ただ、今見えている物が現実の世界である事は、誰も疑い様がない事実なのです。
さて、時間は......。(十五分が経過)
おっと、だいぶロスっちまった。皆様、右手に見える斬新な形状をした建物を御覧下さい。あれが我が都市の水道、電気、ガスを含む全てのライフラインを管理している『管理センター』でございます。このシステムにおいて、人の手が介在する箇所は一切なし。管理コンピューターによる全自動化を実現させております。凄いでしょう?もし一人暮らしの方がここに住む事になれば、普段仕事終わりに嫌々ながらこなしている掃除、洗濯、調理から空気の入れ替えに至るまで、全てをこの管理システムが行ってくれる訳です。素晴らしいですね。

それでは、次に左に見える四角い施設を御覧下さい。一見何も面白みのない建物の様に見えますが......それは違う。あの中には、皆が年間を通してどれだけ金を使うかは分からない、カラオケボーリングビリヤード、そして映画クラブバーラウンジ、更にはトレーニングジム屋内プールに至るまでが完備されております。皆さん娯楽は好きですよね?止められませんよね?だから外出自粛の中でも外に遊びに行くんでしょう?
そんな、我々が大好きな娯楽という娯楽が、全て年間使い放題。例えば、皆様の中で最近遊びに出掛けられた方はいらっしゃいますか?

(観客)
・・・・・。 ※数人手を挙げる

(男)
なるほど、本当はもっといる筈だが。まぁ良い。そこの若くて派手な髪形の方、お名前は?

(観客)
・・・ゴトウです。

(男)
下の名前はどうですかな?

(ゴトウ)
タカアキです。

(男)
はい、ゴトウ・タカアキ様。最近は何処に遊びに出られたんですか?渋谷ですか、なるほど。この大変な時期に?まぁ良いか。兎にも角にも、今見て頂いただけでも分かる通り、この『メトロポリス立川』はこの都市だけで全ての生活が完結します。この都市からは、一歩も、出なくて良い。それこそが東京都より仰せつかった立川超都市構想なのです。本日この都市の住民に選ばれた方は、本当に運が良い。日頃の行いの賜物かもしれませんね。これでもう人の目を気にしながら、新宿、渋谷、池袋迄わざわざ足を伸ばす必要もなくなった。外出を咎める者も此処には居ませんから。
それでは、あまり焦らすのも気の毒でしょう。この『メトロポリス立川』栄えある住民第一号を発表致しましょう!その方の名前は......ゴトウタカアキ様です。おめでとうございます。今の気持ちは?

(ゴトウ)
・・・嬉しいです。 

(男)
そうでしょう。今日からこのだだっ広い大都市を一人で使い放題。なんと気持ちの良い事か。皆が家で籠っている中、好きなだけ遊べる。好きなだけ映画を見れる。好きなだけ汗を流す事が出来る。そして嫌な家事をする必要もない。そんな最高の生活があなたを待っている!
とね、私も最初そう言われたんですよ。あなたの様に外出自粛の中遊びまわっていた頃、一通の招待状が家に届いた。そう、この『メトロポリス立川』見学会の招待状です。あなたにも届いたんでしょう?だから今日此処に来たんですよね?数人の中からこの都市の住民第一号に選ばれた私は、最初こそ恵まれた環境に自らがいると信じていましたが、それは果たしてどうだろう。これはね、とどのつまり都民選別プログラムなんですよ。国の言う事、都の言う事に従わない、他人の迷惑を考えず自分が良ければそれで良い。そんな輩をたった一人、広大な土地、魅力の詰まった機械都市に閉じ込めてしまう選別プログラムなんです。どれだけの金がこの都市に掛けられているのか。不思議な話だ。
私はすぐに参っちまって......。反省しましたよ。どれほど自らの行為が人に迷惑をかけていたか。そうしたらね、言われたんです。次はお前が選別するんだ。次はお前が、過去の自分の様な輩を選別してやるんだ、とね。そうすれば私は解放される。一人ぼっちは懲り懲りだ。
私は貴方を選別しました。無駄です、もう逃げられませんよ。貴方が自らの行いを本当の意味で省みるまではね......。


暗転の後、冒頭の様にスーツに身を纏う男が一人、舞台中央に立っている。背景はビルが隙間なく並んだ大都市。表情、体勢を崩さない男は、音楽が鳴り止んだ所を見計らって、客席に語りかける様に口を開く。


(男)
紳士淑女の皆々様、そして未来有る子供達。よくぞ此処までお越し下さいました。本日は、我が立川興業自慢の『超高層都市メトロポリス立川』を心ゆくまで御堪能下さい。そして本日、厳選なる審査を見事通過されたお客様だけが、この都市の住民となる権利を得るのです。
私は此処の支配人を命じられました、ゴトウ・タカアキと申します。本日は私が皆様の案内役を務めさせて頂きますので、どうぞお見知り置きを......。


-終演-

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