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『「介護時間」の光景』(62)「あじさい」「四角」。6.13.

 いつも読んでいただいている方は、ありがとうございます。おかげで、書き続けることができています。
 最初の説明が繰り返しになり、申し訳ないのですが、私が介護に専念している頃のことです。

 前半は、20年前の「2001年6月13日」のことです。後半に、今日、「2021年6月13日」のことを書いています。


 初めて読んでくださっている方は、見つけてくださり、ありがとうございます。
 私は、臨床心理士/公認心理師の越智誠(おちまこと)と申します。


 元々は、家族介護者でした。

 1999年から介護が始まり、2000年に、母は転院したのですが、私は病院に毎日のように通い、家に帰ってきてからは、妻と一緒に義母の介護を続けていました。自分が心臓の病気になったこともあり、仕事は辞めて介護に専念せざるを得ない状況でした。

「介護時間」の光景

 自分が、母の病院に通っても、医学的にプラスかどうかは分かりませんでしたが、でも、通わなくなって、二度とコミュニケーションが取れなくなったままになったら、と思うと、怖さもあって、通い続けていたのが2001年の頃でした。

 転院当初は、それ以前の医療関係者にかなりの負担をかけられていたこともあり、最初は、うつむき加減で通い続けていましたし、1年たっても、次の病院への信頼が、まだできませんでした。

 そのころの記録です。

 とても個人的なことに過ぎませんが、それでも家族介護者の気持ちの理解の一助にはなるかもしれません。

 毎日のように記録はとっていました。周囲の小さな変化に対しても、今よりも敏感だったような気もします。

2001年6月13日

あじさい

 電車が走っていて見える外の景色。
 いつもいっしょだろう、みたいな気持ちでぼんやりと見ていると、通り過ぎる緑の中。町の中。急にあじさいが咲いている。

 紫、青、赤、たまに白。こんなところにもあったんだ。思ったよりも多いんだ。この印象はさくらの時と重なる。

                         (6月13日)


『つい先日、妻の誕生日だった。
 Tシャツのプレゼントとか、手紙に喜んでくれた。ありがたい。
 
 そして、つい、去年まで母がいた病院でのことを話したら、まだ思い出になっていなくて、怒りがそこにあるままで、湧き上がるのではなくて、心にあり続ける強い怒りだと改めて分かる。

 本当に、まだ出来るのならば、その時にひどいことを言われた看護婦長への殺意のようなものもある。
 
 そんなことを思い出した時は、義母の介護はあるものの、それから、また午前4時まで眠れない。

 起きたら、「笑っていいとも!」をやっていた。

 午後4時過ぎに、母の病院に着く。
 いつもと同じ時間。

 妻が描いてくれたアジサイの色紙を持っていったら、喜んでくれた。

 一昨日、持っていったジュースもバナナもなくなっていた。

 母が、急に言った。

「今日は、何の日か分からない。
 6月8日?」。

 そういう感じは、変わらない。

 病棟の中を母と歩いたら、そのあとすぐに、夕食が終わってから、また歩くと言っている。
 だから、その前にまた歩こうとすると、「さっき、歩いたよね」と言い出す。

 テレビを見て、それから食事をして、またテレビを見て、時間がすぎて、午後7時頃、病棟を出る。

 一応、平和だった。

 傾いて、手を振っていた人は、さらに病状は進んでいて、もう、かなりこちらのことを分からなくなっていた。

 帰る前に、家に電話をした』。

四角

 夜9時過ぎ。大きな駅に着いて、何分か止まる。

 15両編成のほとんど一番後ろの車両の座席に座っていて、駅を見ていると、ムダに思えるほどホームが多い。夜で人もほとんど見えない。座っている場所からは、少し遠くの、ホームとホームの柱で区切られた「四角」が3つ並んでいるように見える。

 いちばん上り寄りの「四角」には、中年の男性が、ここから見るとちょうどキレイに真横を向いてタバコを吸っている。次の「四角」には、何か話している高校生らしき女子が2人。3つ目には、小学生くらいの子供が二人、ただ走り回っていた。

                        (6月13日)


 それから、そうした日々が続いたが、母は2007年に病院で亡くなった。その後、義母の在宅介護は継続したが、2018年に亡くなり、急に介護が終わった。

 それから、さらに3年がたとうとしている。

2021年6月13日。

 このところ、妻の体調があまり良くない。
 
 温度の変化も激しく、天候もやや不安定なせいもあって、微妙に体調を崩しているようだった。

 つい最近、誕生日を迎えて、ささやかなプレゼントをして、喜んでくれた。
 さらに、一方的に、似合うと思って通販で買ったシューズは、サイズが合わなくて、返品することにした。こちらのミスなのに、妻にも気を使わせてしまって、申し訳なかったと思って、さらに気持ちが重くなる。

 ワクチン接種が進んでいるとはいっても、劇的に東京都内の感染状況が良くなっているわけでもないし、来週には緊急事態宣言解除と言われているから、怖くて、余計にこもり気味な気持ちの構えになっている。

コンビニ

 シューズの返品のために宅配便を出したいし、妻の調子も良くないので、私自身が料理をできずに申し訳ないのだけど、今日は弁当にしようと思って、コンビニに行く。

 雨が降ってきたので、洗濯物を家に入れてから、出かける。
 
 妻の希望を聞いたら、ノドに優しいカップアイスも頼まれたけど、最初に宅配便を出した。返品は初めてだけど、手間もお金もかかるから、今度は避けるように気をつけようと思い、その後に、妻のリクエストの「魚が入った弁当」と、自分の弁当を選び、アイスも手にとって、購入した。

 いただいたクオカードが、こういう時にとても役に立つが、ちょうど、今日で使い切り、レジの人に「処分しますか?」と言われる。
 
 カードは、とてもありがたかった。いただいた人には、とても感謝している。

アジサイ

 買い物から帰ってきて、弁当やアイスを冷蔵庫や冷凍庫に入れてから、そういえば、妻が、「近所の高校のアジサイが見事だった」といっていた事を思い出し、カサをさし、カメラを持って、再び、出かける。

 今年は、近所の、通称「アジサイ公園」に行って、アジサイの色と種類の多さが、少し分かったような気がしたので、さらに、見てみたい気持ちになっている。

 歩いていくと、その高校の生徒たちとすれ違い、高校の壁には、陸上部や、陸上部OBの華やかな活躍の記録が写真入りで飾られている。それを見ながら、歩いて、アジサイを探したが見当たらない。

 さらにまっすぐ歩いて、川沿いの、ここからは見えない向こう側の「側面」にアジサイがあるのかも、と思ったが、さらに歩くのが、急に面倒臭くなり、高校のアジサイは、あきらめる。


 家の方に戻って、さらに駅の方に50メートルくらい歩くと、確か、路地にアジサイがあったことを思い出す。

 カサをさして歩いて行くと、右側にアジサイが見える。その前に消火器の赤い箱が立っている。そして、そこにこんもりとアジサイが咲いていて、その路地の奥にも、“こんにちは”と顔を出しているようなアジサイの一群が見える。

 こんなにいろいろな色があることを、いつもは見逃しているような気がする。

 この場所は、時々見かける年配の女性が、いつも水をまいているイメージが強い。
 妻には、「アジサイは水好きだから」と教えてもらった。だから、その路地に見事にアジサイが咲いているのは、その女性のおかげだろうし、それで6月の花なのか、と思う。

すれ違い

 帰ってきて、高校のアジサイが見つからなかった、という話を妻にする。

 ちょっと怒り気味に言われた。

「〇〇さんの角を曲がると、すぐにあるじゃん」。

「え、見えなかった」。

 私が歩いた道ではなく、途中で高校の壁に沿うように、右に曲がらないと、そのアジサイは見つからなかったらしい。

「もう少し歩けばいいのに」。

 といったことも言われたが、その角から見えない以上、その向こうにアジサイがある気配は、私には分からなかった。

 最近、妻に教えてもらったとは言っても、花や植物に対する感度みたいなものには、圧倒的に差があるから、これからも、たぶん、詳しく教えてもらわないと、見落とすことが多くなると、その時に予感した。



(他にも介護のことを、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでくださると、嬉しく思います)。



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