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共感疲労と急性ストレス障害: 悲しいニュースの見過ぎにはご注意を!

令和4年7月8日、悲しく、そして衝撃的な事件がありました。

ご存知のように安倍晋三元首相が凶弾に倒れ、帰らぬ人となりました…。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

このような不条理が許される世の中であってはならない…、と強く感じている今日この頃です。


ところで今回の安倍元総理暗殺事件ですが、TVやネットで「犯行時の映像」が繰り返し報道さてれております。

事件の映像を見るたびに胸が痛みますが、「人の生き死に関わる映像」を繰り返し見ると、「共感疲労」に陥ることがあります。

共感疲労とは、以前の私の記事精神科医が教える、ウクライナ報道による共感疲労と予防と対策でも紹介しましたが、戦争、災害、犯罪などによって悲惨な体験を負った人の話を聞いたり、現場を目撃することで生じる、メンタルヘルス不調のことです。

実はこの「共感疲労」ですが、厳密に言うと精神医学用語ではありません(どちらかと言えば、心理学の用語です)。

今回は、精神医学の観点から「共感疲労」の類似の病態「急性ストレス障害」を解説いたします。

今回も急いで記事を書きましたので、読みにくい部分があると思いますが、ご容赦ください

【急性ストレス障害とは?】

急性ストレス障害とは、トラウマになるような出来事を経験することによって生じる心理的反応で、日常生活に支障をきたす程度の反応であるが、症状は3日以上続き1ヶ月未満で消失するものです。

この状態が1ヶ月以上続くと、心的外傷後ストレス障害の診断がつきます。

具体的な症状としては...、

1.繰り返し事件のシーンを思い出す
2.その事件に関する悪夢を見る
3.その出来事を追体験(フラッシュバック)
4.現実感がない
5.幸福感や満足感を感じられない
6.体験の重要な部分を思い出せない
7.体験に関連するような事を避ける
8.眠れない
9.怒りっぽくなる
10.警戒心が過度になる
11.音などに過敏になる
12.集中力の低下

…が、挙げられます。

上記の中でも太線で強調した項目が、SNSを介した「共感疲労」で生じやすいのではないでしょうか。

【急性ストレス障害の診断基準について】

では、急性ストレス障害の診断基準(DSM-5)はどうなっているでしょうか?表1に診断基準を掲載しております。

ここまで紹介して申し訳ないのですが、実はDSM-5に照らし合わせると、SNSを介したストレス反応が、果たして「急性ストレス障害」に該当するかは微妙なところです。

その理由は、診断基準A4の注意書きにあるように、「仕事に関連するものでない限り、電子媒体、テレビ、映像、または写真による曝露には適用されない。」と明記されているためです。

これは症状が1ヶ月以上続くPTSDにおいても、同様の解釈がなされております(PTSDの診断項目は若干違いますが、今回はPTSDの詳細は割愛します)。

…しかし、これだけリアルタイムで事件・事故の様子がSNSで流れると、もはや診断基準A2.「他人に起こった出来事を直に目撃する。」という状況とほぼ同じように思えます。

また、診断基準A4の”仕事に関連するものでない限り..."という箇所ですが、これは例えばジャーナリストが事件資料を読み込んだ場合を想定した基準であり、ジャーナリストと視聴者の垣根が低くなりつつある昨今(メディアの方が、視聴者からの情報を求めている状況ですよね…)、もはや蒼古的にすら響くセンテンスです。

実際、2001年9月11に起こった米国同時多発テロにおいては、一般人のテレビの視聴時間が長いと、後のPTSD症状が増えるとの研究があります

SNSを含むメディアのあり方が変わった現在、急性ストレス障害やPTSDの診断基準も見直しが必要な気がいたします…。

308.3(F43.0)急性ストレス障害: Acute Stress Disorder

A.実際にまたは危うく死ぬ、重傷を負う、性的暴力を受ける出来事への、以下のいずれか1つ(またはそれ以上)の形による曝露
1.心的外傷的出来事を直接経験する。
2.他人に起こった出来事を直に目撃する。
3.近親者または親しい友人に起こった出来事を耳にする。 注:家族または友人が実際に死んだ出来事または危うく死にそうになった出来事の場合、それは暴力的なものまたは偶発的なものでなくてはならない。
4.心的外傷的出来事の強い不快感をいだく細部に、繰り返しまたは極端に曝露される体験をする。 (例:遺体を収集する緊急対応要員、児童虐待の詳細に繰り返し曝露される警官)。 注:仕事に関連するものでない限り、電子媒体、テレビ、映像、または写真による曝露には適用されない。
B.心的外傷的出来事のあとに発現または悪化している。侵入症状、陰性気分、解離症状、回避症状、覚醒症状の5領域のいずれかの、以下の症状のうち9つ(またはそれ以上)の存在。
侵入症状
(1)心的外傷的出来事の反復的、不随意的、および侵入的で苦痛な記憶。
注:子どもの場合、心的外傷的出来事の主題または側面が表現された遊びを繰り返すことがある。
(2)夢の内容と情動またはそのいずれかが心的外傷的出来事に関連している、反復的で苦痛な夢。
注:子どもの場合、内容のはっきりしない恐ろしい夢のことがある
(3)心的外傷的出来事が再び起こっているように感じる。またはそのように行動する解離症状(例:フラッシュバック)(このような反応は1つの連続体として生じ、非常に極端な場合は現実の状況への認識を完全に喪失するという形で現れる)。
注意:子どもの場合、心的外傷に特異的な再演が遊びの中で起こることがある。
(4)心的外傷的出来事の側面を象徴するまたはそれに類似する、内的または外的なきっかけに反応して起こる、強烈または遷延する心理的苦痛または顕著な生理的反応。
陰性気分
(5)陽性の情動を体験することの持続的な不能(例:幸福、満足、または愛情を感じることができない)。
解離症状
(6)周囲または自分自身の現実が変容した感覚(例:他者の視点から自分を見ている、ぼーっとしている、時間の流れが遅い)。
(7)心的外傷的出来事の重要な側面の想起不能(通常は解離性健忘によるものであり、頭部外傷やアルコール、または薬物など他の要因によるものではない)。
回避症状
(8)心的外傷的出来事についての、または密接に関連する苦痛な記憶、思考、または感情を回避しようとする努力。
(9)心的外傷的出来事についての、または密接に関連する苦痛な記憶、思考、または感情を呼び起こすことに結び付くもの(人、場所、会話、行動、物、状況)を回避しようとする努力。
覚醒症状
(10)睡眠障害(例:入眠や睡眠維持の困難、または浅い眠り)
(11)人や物に対する言語的または肉体的な攻撃性で通常示される、(ほとんど挑発なしでの)いらだたしさと激しい怒り
(12)過度の警戒心
(13)集中困難
(14)過剰な驚愕反応
C.障害(基準Bの症状)の持続は心的外傷への曝露後に3日~1ヵ月。
注:通常は心的外傷後すぐ症状が出現するが、診断基準を満たすには持続が最短でも3日、および最長でも1ヵ月の必要がある。
E.その障害は、物質(例:医薬品またはアルコール)または他の医学的疾患(例:軽度外傷性脳損傷)の生理学的作用によるものではなく、短期精神病性障害ではうまく説明されない。

(表1)American Psychiatric Association. Acute Stress Disorder: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders (DSM‑5), 5th ed. Washington, DC: American Psychiatric Association, 2013:280-286


【急性ストレス障害の予後と治療】

実は急性ストレス障害の半数以上が、時間と共に自然に回復します。

おそらく記憶の「鮮度」が落ちていくため、次第に各症状も低減していくのではないでしょうか。

しかし、繰り返し事件の映像が見られるSNSは、ある意味ショッキングな出来事を人工的に「再体験」することなので、ひょっとすると”SNS誘発性"急性ストレス障害は高率に長引いてPTSDに陥る可能性があります。

この点につきましては、今後の科学的検証が待たれるところです。

一般的に急性ストレス障害の治療は、本人が安心できるサポーティブな環境を提供することが大前提です。

また認知行動療法は急性ストレス障害からPTSDへの進展を防ぐことがメタアナリシスで解っております(相対リスク0.56、95%CI 0.42-0.76)。

薬物療法については十分なエビデンスはありませんが、不安や焦燥が強い場合は短期間の抗不安薬投与が有効な場合もあります。

また不眠については、一般的な不眠症対策を行い、それでも睡眠障害が続くようであれば睡眠薬の使用を検討します(詳細は小生の記事精神科医が教える、不眠症とその対策をご参考ください)。

【"SNS誘発性"急性ストレス障害の対策】

一般的な急性ストレス障害への治療方法は上記のとおりです。

では、"SNS誘発性"急性ストレス障害への対策はどのようにしたらよいでしょうか?

小生の過去記事、精神科医が教える、ウクライナ報道による共感疲労と予防と対策と重複しますが、以下のような対策方法があると思います。

<SNSの使い方>
1.SNSの時間を減らす(ドゥームスクローリングを減らす)
これは最もシンプルな方法です。SNSの視聴時間を減らすことは急性ストレス障害を予防になります。
2.SNSの視聴時に音声をオフにする
 映像に“音”が加わると現実感がまし、悲劇的シーンは視聴者に刺さります。このため、最初は音声をオフにしてから視聴することをお勧めします。
3.動画の画面を小さくする
 例えスマホの小さなディスプレイであっても、いきなりショッキングな画像が目に飛び込むと、人は大きなストレスを感じます。そのようなショックを回避するために、画面を小さくしてから視聴したほうがよいでしょう。
4.自動再生をオフにしておく
 自動再生は便利な機能ですが、いきなりショッキングな画像が目に飛び込んできます。こういった事態を避けるためにも、自動再生はオフにしておくことをお勧めします。

<メンタルヘルスの維持の方法>
1.自分が感じている気持ちを否定しない

今回の報道をみて、恐怖、不安、怒りを感じることは自然なことです。自分の今の状態を素直に認めましょう。

2.今回の事件について、友人や家族と話してみる
気の合う友人、あるいは家族と一緒に、今回の事件についてどう思ったかを話し合ってみましょう。ただし意見が合わなくてもお互いの意見を尊重し合いましょう。

3.日常の「あたりまえ」に感謝する
今回のようなテロリズムは少なくとも日本においては非日常的出来事です。いま皆様が享受している「あたりまえ」を感謝しましょう。感謝の念を抱くことは、心身の健康維持に役立つという研究結果も出ています。

4.セルフケア・運動
沈んだ気持ちや、緊張や不安を軽減するために、リラクゼーション、ヨガ、マインドフルネスなどを日常生活に取り入れましょう。またジョギングなどの軽い運動も不安を軽減するのに有用です。この他にも、自分に合ったストレス軽減方法があると思いますので、是非試してみましょう。

5.メンタルヘルスの専門家に相談する
上記の様な方法を試しても、気持ちが晴れない、眠れない、不安で仕方がない、という方は一度メンタルヘルスの専門家に相談してみた方がよいかもしれません。カウンセラーや精神科医に相談し、治療の必要性について伺ってみましょう。

【鹿冶の考察】

本当に悲しい出来事が起きました。

そして法治国家においては、許されないことが起こったことに憤りを感じております。

従って、安倍元総理暗殺事件に対して、多くの方が関心を寄せ、SNSを介してその映像を繰り返し閲覧する事実も理解はできます。

しかし、ドゥームスクローリング(不幸なニュースを閲覧し続けること)は、メンタルヘルスを損なう可能性があります。

余計なお世話と思われるかもしれませんが、まずは皆様の健康のために記事をまとめて紹介した次第です。

最後に、昨日の出来事に対する記事なので、乱文、誠に申し訳なく思います。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。

【まとめ】

・共感疲労に類似した疾患「急性ストレス障害」について紹介しました。
・このショッキングなニュースに関心を抱くのは当然ですが、自らの健康を損ねることがあってはなりません。
・安倍元首相のご冥福をお祈り申し上げます。

↓トラウマ・PTSDの対処法についての書籍です。

↓「疲れたな…」と思ったら、いかがでしょうか?


【参考文献】

1.American Psychiatric Association. Acute Stress Disorder: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders (DSM‑5), 5th ed. Washington, DC: American Psychiatric Association, 2013:280-286

2.Television images and psychological symptoms after the September 11 terrorist attacks, Ahern J et al, Psychiatry,2002

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12530330/

3.Psychological reactions to terrorist attacks: findings from the National Study of Americans’ Reactions to September 11, Schlenger WE et al, .JAMA,2002

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12150669/

4.Early trauma-focused cognitive-behavioural therapy to prevent chronic post-traumatic stress disorder and related symptoms: a systematic review and meta-analysis, et al., Kornør H, BMC Psychiatry, 2008

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18801204/

5.Acute stress disorder in adults: Epidemiology, pathogenesis, clinical manifestations, course, and diagnosis, Bryant R et al., UpToDate.

https://www.uptodate.com/contents/acute-stress-disorder-in-adults-epidemiology-pathogenesis-clinical-manifestations-course-and-diagnosis?topicRef=16867&source=related_link

6.Treatment of acute stress disorder in adults, Bryant R et al., UpToDate.

https://www.uptodate.com/contents/treatment-of-acute-stress-disorder-in-adults#H21033141


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精神科医・鹿冶梟介(かやほうすけ)
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