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彼方なる南十字星

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舞台は高度成長期の九州熊本。3人のしがない高校生が、夢を誕生させ、夢を育み、夢を実現させて、大人として大きく成長していく。3人で叶える「自作ヨットで太平洋を渡り、南十字星を見にい…
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プロローグ 『彼方なる南十字星』

プロローグ 『彼方なる南十字星』

早朝6時、夜明け前。

ドルフィン二世号のエンジンをスタートさせる。

およそ40年前に造船された船にしては、まだまだ現役で波を切ってくれる相棒だ。

30フィート、12人乗りのロートルヨットが、私の親友である。舫をとき舳先に飛び乗った。

今年で65歳を数える私でも、ヨットに乗る時は若々しい血潮が漲るものだ。

シフトをバックに入れて、静かに動き出す。最近の11月上旬の朝は、以前ほど寒くはない。

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【第3話】出逢い・恩師 『彼方なる南十字星』

【第3話】出逢い・恩師 『彼方なる南十字星』

日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***

数日後、熊本日月新聞の夕刊に記事が載っていた。思ったよりもスペースを割いてくれており、新聞一面の4分の1の大きさだった。

記事の見出しは「南太平洋へ夢の冒険航海」だ。

僕たちは小躍りした。英雄気分とはよく言ったものだ。
まさにこの時は、僕たちは英雄気取りだった。

僕がひ

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【第5話】Bon voyage! 『彼方なる南十字星』

【第5話】Bon voyage! 『彼方なる南十字星』

日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***

僕たちは初めてヨットという乗り物を体験し、その乗り物の魅力に取り憑かれた。

それは手作りヨットで太平洋を横断し、その後南十字星を見にいくという夢を叶えるためというよりも、純粋に大海原で風を受けて進む快感に感動していた日々だった。

11月に入っていた。その頃、僕たち4人に転

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【第6話】冒険のはじまり 『彼方なる南十字星』

【第6話】冒険のはじまり 『彼方なる南十字星』

日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***

僕たちは、高校生でありながらヨットオーナーになれた。

土曜日の午後になると僕たちは、八代大島のヨットハーバーに向かい、キャビンで寝た。

昭和46年という時代、この頃は、まだ小型船舶士という資格も免許もなかったから、僕たちでも好き勝手に小さなヨットを操船できた。ある意味、と

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【第7話】無敵の高校生 『彼方なる南十字星』

【第7話】無敵の高校生 『彼方なる南十字星』

日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***

マリーナでは、河合のお父さんが迎えにきていた。
最初暗がりで表情が分からなかったが、近づくと物凄い形相で僕たちを見ている。

僕たちは、帰港が遅くなった理由を話し、誠心誠意謝った。河合のお父さんは終始無言だったが、百合子と佳代子を車に乗せておもむろに帰っていった。

河合百合

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【第8話】初恋とヨットと… 『彼方なる南十字星』

【第8話】初恋とヨットと… 『彼方なる南十字星』

日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***

高校2年生の冬になった。

12月のある日。僕は河合百合子に声をかけられた。

10月の座礁事件以来、河合とは何となく気まずい雰囲気になっていたから、もう話しすることはないと諦めていた。

それに、河合は2年生から進学クラスに入っていて、普段から話す機会はほとんどなかったのだ

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【第9話】旅立ちの時 『彼方なる南十字星』

【第9話】旅立ちの時 『彼方なる南十字星』

日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***

1973年11月29日。その日、僕は就職面接に向かうため、熊本駅から大阪駅に向かった。

今はなき夜間列車に乗ってだ。夜間列車「明星」。1970年代当時は、夜間列車のB寝台に乗り、東京や大阪に旅行するのが一般的だった。

夜8時過ぎの熊本駅発。大阪駅着は30日早朝だ。

大阪

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【第10話】夢を育む若者 『彼方なる南十字星』

【第10話】夢を育む若者 『彼方なる南十字星』

日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***

第2章 ⚓️夢の成長⚓️

目覚ましが鳴る。朝の7時だ。

6月下旬の朝はすでに明るく1年の中でも比較的過ごしやすい季節だ。

顔を洗い歯を磨く。1階に降りて、食堂に行き冷たい味噌汁を温めるためガスコンロに火をつけた。

兵庫県高砂市で一人暮らしをスタートさせて、3ヶ月が経と

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【第11話】ヨットマンの覚悟 『彼方なる南十字星』

【第11話】ヨットマンの覚悟 『彼方なる南十字星』

日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***

2年で100万円を貯めた。現在では300万円ほどの価値がある金額だ。

とにかく、戦いだった。自分自身との厳しく辛く、途方もなく長い長い戦い。
毎月毎月、給料の3分の2を貯金するということ。この努力は、簡単な言葉では表せられない。

爪に火をともすように、とはこのことだろう。

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【第12話】夢の歯車が動き出す 『彼方なる南十字星』

【第12話】夢の歯車が動き出す 『彼方なる南十字星』

日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***

高砂に来て2年を過ぎても、僕の部屋は殺風景なままだ。本当に何もない部屋だった。布団とテーブルがあるだけの部屋。

この部屋での2年間の極貧生活を振り返りながら、大きな決意を胸に二人を前にして口火を切った。

「俺、2年間辛抱に辛抱を重ねて働いて、そして100万円貯めた。だけど

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【第13話】英希、大人になる 『彼方なる南十字星』

【第13話】英希、大人になる 『彼方なる南十字星』

日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***

夏になった。

僕はまず、空き地に置いてあった様々な廃棄物を片付けて、ヨットを造船するための小屋づくりにとりかかった。いわば、夢の製造ドックだ。

ヨット製造の小屋は、寸法通りの角材をあらかじめ仕入れて、組み立てるだけにしておいた。

平日、仕事が終わった後一人黙々と角材の準

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【第14話】キンモクセイ香る決着 『彼方なる南十字星』

【第14話】キンモクセイ香る決着 『彼方なる南十字星』

日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***

船体づくりにとりかかった。

8月中旬だ。相変わらず製造ドック内は地獄のように暑い。

まず、大きなベニヤ板を広げて、設計図を基に原図を書いていく。
フレーム作りから始めた。原図に合わせて、直径9ミリの丸鋼を曲げながら釘で止める。

これは根気がいる作業だ。無数にある丸鋼の接

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【第15話】恋の行方 『彼方なる南十字星』

【第15話】恋の行方 『彼方なる南十字星』

日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***

12月になった。すっかり肌寒くなったが、僕は相変わらずフレームに金網を貼っていく作業に没頭していた。

家に帰ると、郵便受けに1通の手紙が入っている。かわいらしい封筒は、河合百合子からの手紙だということを知らせてくれる。

河合は、送ってくれる手紙を入れた封筒は、いつも季節を

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【第16話】水平線と太陽と 『彼方なる南十字星』

【第16話】水平線と太陽と 『彼方なる南十字星』

日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***

ヨットの工程は、最終コーナーに差し掛かろうとしていた。

次は、船内のバルクヘッド(隔壁)と、ドッグハウスと呼ばれるキャビンの屋根の製作だ。この頃になると、明石ヨット造船で頑張って働いてきた経験が役に立ってきた。

ドックハウスが完成し、キャビンの内装工事に入った。キャビンは

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