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プロローグ 『彼方なる南十字星』

早朝6時、夜明け前。

ドルフィン二世号のエンジンをスタートさせる。

およそ40年前に造船された船にしては、まだまだ現役で波を切ってくれる相棒だ。

30フィート、12人乗りのロートルヨットが、私の親友である。舫をとき舳先に飛び乗った。

今年で65歳を数える私でも、ヨットに乗る時は若々しい血潮が漲るものだ。

シフトをバックに入れて、静かに動き出す。最近の11月上旬の朝は、以前ほど寒くはない。

私が、冒険者だったころは11月に入ると霜が降り、吐く息も真っ白になるほどの気温が普通だった記憶がある。

十分にターンができるスペースが開いたら、次はシフトをローにチェンジする。

年老いたとはいえ、今日もご機嫌な音をさせるエンジンの音が、私になんともいえない安心感をくれる。

一瞬取り舵に切り、3秒ですぐに面舵だ。

ドルフィン二世号は、上天草のヨットハーバーをゆっくりと進む。まだ薄暗い港に、ローシフトのエンジン音だけが響いている。

時々、港に迷い込んだ魚が、ピシャッと音を立てて跳ねる。シーバスかボラか?まるで一人きりで出港する私に、友人として付き合ってくれているようだ。

白じんできた空は紫色のグラデーションだ。

きっと今日は秋の快晴に違いない。目指すは、天草半島と島原半島の真ん中あたりに浮かぶ湯島。天草四郎時貞が、キリシタンと密かに会合をしていたという、由緒ある島だ。

上天草のマリーナを出て、島の間を這うように進む。

水面からはきっと、マイナスイオンが出ているに違いない。セーリング前の静かな航行が、私は割と好きだ。

入江の波ひとつない水面を、ドルフィン号は滑るように進んでいく。
左右に入江を囲むように連なっている、上天草の低い丘が連なる。

およそ10分間ほどの航行で、入江を抜けた。「やっぱりか…。」今朝は、本当に晴天になりそうだ。

そうだ、あの時と同じ柔らかい風がドルフィン二世号を包み込む。セーリングの準備に入った。メインセールを上げて、目一杯風を受けて進もう。

東の空がオレンジ色に変わっていく。そして、40年前に仲間と眺めたあの時と同じ、朝日がゆっくりと登っていく。

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