見出し画像

【第14話】キンモクセイ香る決着 『彼方なる南十字星』

日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***

船体づくりにとりかかった。

8月中旬だ。相変わらず製造ドック内は地獄のように暑い。

まず、大きなベニヤ板を広げて、設計図を基に原図を書いていく。
フレーム作りから始めた。原図に合わせて、直径9ミリの丸鋼を曲げながら釘で止める。

これは根気がいる作業だ。無数にある丸鋼の接合点を、トラスをおいて内筋を曲げながら釘を止めていくのだ。釘を止めた上から溶接し、フレームを仕上げていった。

平日は、一人で仕事後18時くらいから2〜3時間。日曜日には、前日から泊まりにきた裕太と翔一が加わり、終日造船作業を続けた。

大阪に住む二人は、ほぼ毎週日曜日には手伝いに駆けつけてくれた。このヨットを作り、航海をする資金として3人で700万を貯めることを目指した。僕が最初に貯めた100万円を元手に造り始めたが、230万円を貯めた時点でストップした。

裕太と翔一は、あの時から明らかに変わった。昼間は会社で働き、夜は工事現場や飲み屋で客引きのアルバイトまでして、最後には230万円をきっちりと送金してくれた。

裕太は運送会社、翔一は工場の作業員。決して高い給料ではない。
生活は困窮を極めたはずだ。大阪ということのあり、物価も幾らか高い。

凄まじいほどの執念を見せてくれた二人を、僕は生涯リスペクトするだろう。


フレームが完成した。次はキールだ。水道のパイプを原図に合わせて曲げていき、キールとして使うことにした。
船体のセクションごとに、フレームを小屋の天井から吊り並べて、横筋やキールを取り付けた。
ここまで来ると、ヨットの全体の形や大きさが分かってきて興奮した。
さぁ何年かかるか分からないけど、完成させるぞ!その一心だった。


1976年の秋になった。

僕は、空気には季節ごとの匂いがあると思う。会社建物の赤レンガ倉庫横には、小さなキンモクセイがあって秋には独特の香りを漂わせた。

キンモクセイがほのかに香漂わせる、ある日の夕方だった。

仕事が終わり、造船作業に取り掛かる。この日は、ある程度まで進んだフレームの溶接が問題なくできているか、確認をしていた。

ふと、後ろから足音が近づいてくる。

「安藤、そこにいるんだろう?」溝下の声だ。
「出てこいよ。」

僕は点検をやめて、船体フレームをかいくぐって溝下の方を向いた。

「なんだこの、カッコ悪いヨットは。」
溝下は、露骨にバカにしたような表情を見せて、製造途中のフレームをバンバン叩いた。

「何が言いたいんですか?」

「お前らの茶番のような夢を、やめさせてやろうと思っているのさ。」

茶番?俺たちの夢が…茶番だと?

「なんの権利があって、言われているのか分かりませんが、俺たちの夢は絶対に叶えますよ。ご心配なく!」

「笑わせるぜ。青二才が。航海とか海とか、そんな甘いもんじゃないってことを教えてやるよ。」

溝下はズカズカと僕に近づき、この前のように胸ぐらを掴んだ。

その瞬間だ。僕は掌底を奴の鼻に叩き込んだ。

俺たちの夢を茶番などとバカにした奴だ。最初から先制攻撃を決めていた。

僕は一対一の喧嘩は、一瞬で終わらせる自信がある。要は急所をつけばいいのだ。殴りもせずに胸ぐらを掴んできた、奴の不用意さが命取りだった。

人間の急所は、体の中心線にある。眉間、鼻、アゴ、鳩尾、そして股間。
勝負は一瞬でついた。奴の鼻からは、真っ赤な鼻血がドボドボと流れた。

何も言わず、よろけながら奴は去っていった。


船体の製作に入った。船体内装用の木材を仕入れ、乾燥させるために一枚一枚間隔を開けて並べた。

今はなかなか手に入らないラワン材である。このラワン材は、1年ほどしっかり乾燥させたものでないとだめだ。生乾きのまま使うと、加工後に歪みが出るのだ。
船体製作は、鉄筋で作ったフレームに、ストリンガー(横筋)を5センチ間隔で溶接する。

表裏に合わせて5枚の、溶接金網を重ねて、結束線(針金)で縛っていくのだが、これがほとほと根気のいる作業だ。

弛みがあると、ハル(船体)が厚くなり重い船になるため、長い時間掛けて、無数の結束線で止めていく。

船体が重すぎると、リスクが大きくなる。できるだけ軽い船体に仕上げたい。

こいつはコンクリートヨットして誕生する。船体にモルタルを塗らなければならない訳だが、時期的には梅雨が最適だ。したがって今から約9ヶ月後にやってくる梅雨に照準を合わせるべく、フレームづくりを急いだ。

雨が多い湿気の季節でないと、船体に塗ったモルタルが早く乾き、クラック(ひび割れ)は入りやすいのだ。

僕たちは、何とか梅雨時期に3週に渡って、モルタル塗りをする計画を立てた。

〜第14話「キンモクセイ香る決着」完  次回「恋の行方」

画像1


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?