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なぜ「仲間」を召喚せずに、Lv1で人生に挑むのだろう?

情報化社会の皮肉な矛盾の話です。便利になったはずなのに、かえって孤立無縁に陥りやすくなっている。だからこそ、本を通じて適切な味方を増やし、人生の複雑さに立ち向かうことが重要。一生の「友達」になるような、本と出会いたくないですか。

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40代後半の私は1980年代を覚えています。1993年に日本のインターネットの商業利用が開始されました。31年で、スマホが普及し、誰もが気軽にネットを利用できるようになりました。どこまでがスマホの中で処理されていて、どこがネットを利用しているのか、意識せずに済む常時接続の時代。

私の子ども時代は、コンピューターゲームの黎明期です。ファミコンが爆発的にヒットする前のゲームウォッチも持っていました。ファミコンも、スーパーマリオブラザーズが出る前の、マリオブラザーズもやっており、「これの何が面白いんだろう」と思いつつ、家のテレビでインタラクティブに遊べることは非日常でした。

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私の場合は本を読む習慣があったから、ゲーム以外に、本も読むし、友達と秘密基地を作って遊んだりもしました。ゲームをする友達と秘密基地も作る。そう成長しました。

ネット社会になる前だから、スマホの通知は無いので、今ほど忙しくありません。部活や受験勉強の大変さはあったとしても。現代は便利な分だけ忙しい。それだから「本を読む時間がない」ということになります。本を読む人が相対的に減っているからこそ、本を読んだ方が得をし、有利になります。

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僕らは自分以外の誰にもなれません。自分の中から外に出ていくことは不可能です。怪談のように魂だけ抜け出して、洋服を選ぶように、今日はいつもと違う人として複数の体から選択するのは無理ですよね。心は体と切り離せるものじゃない。であるのなら、「自分は何者なんだろう」「自分のアイデンティティって何だろう」「私はなぜここにいるんだろう」「自分は何に向いているんだろう」「自分は何を望んでいるんだろう」という疑問に、自分が答えるしかない。

ザックリ言うと、自分が分からんということは、一生追求するもので、正解はないでしょう。「私はこのようなものである」と、その方の答えが固まってしまい、その答えを保つためだけに生きるのは、私には合わないので。いくつになっても成長したいと願うから。だから、私はこのようなものであると考えつつ、学んだり働いたり、プライベートの時間を過ごす中で、そう思っていたけど違うかもと気づき、また己を見つめ直す。そうやって、螺旋階段を登るように、自己理解は深まります。

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忙しい我々にとって、一冊読むのに2時間から4時間かかる読書は、確かに負担が大きい。けれど、莫大な時間をかけて訓練したり考えたりした人が生み出したものを、数時間で吸収できるため、極めて効率がいいのです。ハズレの本を読むことも、本を探す際のヒントになります。
自分がゼロからやらなくていい。だから本を読んだ方がいい、そう分かっているけど忙しいんだよという場合は、本を読んでメリットがあったという体験があると、優先順位が変わります。

これからもっと生成AIが普及することで、みんな忙しくなることが増えるはず。ますます本が読まれなくなるでしょう。正確には、読まない人と読む人の差が今より開くはずです。格差は大きくなる。だからこそ、どうしたら本を読むことができるだろうと、自分に合わせて考えることが大切。

私にとっての本質を一言で言うと、人生とかアイデンティティとか、それは恋愛とか仕事とかいろんなことを含めた全部、世界を理解することとか、こんなに複雑で難しくて、正解が出しにくく、自分にとって一番納得のいく正解を探し続ける必要があることに関して、本を読んで適切に味方を増やすことが出来るのに、なぜ孤立無縁の状態で戦おうとするのか、ということです。​​​​​​​​​​


部活動



読書猿さんの2010年の記事


個人的なオススメ

どれでもいいし、これら以外でもいいです。自分の「味方」に出会える本であることが大切。


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