【Netflix】「ヒトラーとナチス」女がヒトラーを選んだ
【概要】
ヒトラーとナチス: 悪の審判
Hitler and the Nazis : Evil on Trial
2024 | 年齢制限:16+ | 1シーズン | ドキュメンタリー
第二次世界大戦の開戦前夜、ホロコースト、そしてニュルンベルク裁判。アドルフ・ヒトラーとナチスが台頭して支配を強め、破滅を迎えるまでを検証する緊迫のドキュメンタリーシリーズ。
(Netflix公式サイトより)
予告編
【評価】
6月5日に世界公開されたドキュメンタリー。
記録映像に「再現ドラマ」をまじえて、ヒトラーとナチスの興亡をたどっている。1時間×6回。
ヒトラーのドキュメンタリーなんて、無数に作られたし、わたしも何百回見たか分からない。
このドキュメンタリーは、1920年代からベルリンで取材したジャーナリスト、ウィリアム・シャイラーの記録をもとに、同時代に身近で見たヒトラーとナチスの生々しい印象を伝えている。その点が長所だが、歴史のことだから、とくに新しい事実があるわけではない。
でも、今この時期に作られ、公開するにあたっては、製作者の「意図」を感じる。
ニューヨークタイムスがレビューで指摘したように、明示的ではないが、ナチスの台頭と、アメリカのトランプ現象を重ねて、警告しているのだ。
「反移民」「反グローバリズム」を旗印に民衆の支持を得たナチスは、たしかに今のトランプや、各国の右派政党に重なる。
「ドイツを再び偉大に」というヒトラーのスローガンも、トランプのに似ている。
ヒトラーは「過去の話」とは思えず、引き込まれて見てしまった。
小党が飛躍するきっかけ
まあ、日本の政治状況から言えば、「いかに小党が権力を握るか」の教科書として見てはどうだろう。
昨今の選挙では、参政党とか、日本保守党とか、つばさの党とか、NHK党とか、小党がたくさん出馬して、話題になっている。れいわも、まだ小党だろう。
ヒトラーのナチスも、最初は、既成権力にコネがない、小党にすぎなかった。
そんな小党は、ふつうに選挙に出るだけで、権力が握れるはずがない。
ナチスの飛躍のきっかけになったのは、ご承知のとおり、1923年の「ミュンヘン一揆」だ。
ヒトラーらは、いきなり武装してバイエルン政府を襲い、クーデターを起こそうとした。暴力で政権を奪いにきたのだ。
つばさの党の選挙妨害どころではない。いきなり銃を握ってクーデター。無謀きわまりない。(ヒトラーは第一次大戦に従軍した軍人だから銃が使える)
すぐに鎮圧され、首謀者のヒトラーは自殺しようとしたが、思いとどまって逮捕される。
ふつうなら、そこでヒトラーもナチスも終わりである。
だが、1924年の裁判で、ヒトラーは、裁判官を圧倒する熱弁でドイツの苦境を訴え、それが全国的に評判になった。それで名を売ったのだ。
ちょうど100年前の話だね。
クーデターを起こしたのに、世論の後ろ盾と、裁判官が保守派だったこともあって、ヒトラーは軽い罪ですんだ。
判決は5年の禁固刑だが、半年で仮釈放となった。その半年の獄中期間で「わが闘争」を書くことになる。
いま、つばさの党の幹部たちが留置されているけど、ナチスに学ぶなら、この機会を飛躍に変える手を、裁判までに考えるべきだろう。
あと、うまい演説ができるように練習しましょう。
獄中のヒトラーには、「あなたの演説に感動した」というファンレター、とくに全国の女性からのファンレターが殺到した。
ヒトラーは、自分の過激な政治行動が、人びとをーーとくに女性をーー熱中させることを知る。
それが、のちのヒトラーとナチスの出発点になる。
リベラルが忘れた人びと
釈放されたヒトラーは、いわゆるヴァイマル共和政のドイツで、政治活動を再開する。
1920年代はドイツも安定期で、首都ベルリンの文化は爛熟し、同性愛の自由も唱えられた。
「左」に寄った、今のリベラル文化に似ている。
ナチスが受ける時代ではなさそうに見える。
だが、ベルリン以外の農村の住人などは、そういう都会の「リベラル文化」を、醒めた目で見ていた。
田舎で地道に生きている人には、都会の自由でリベラルな人たちが、何か癪にさわる。自分たちが置き去りにされているように感じる。
ここで、「今のアメリカの『忘れられた人びと forgotten people』に似ている」とナレーションが入る。
左派マスコミが「いない人」のように無視する保守層ーートランプを支持しているのが、まさにそういう人たちだ。
1920年代のドイツでは、そこに目をつけたのがナチスだった。ナチスは、地方の農村などの反共的な層に、浸透していくのである。
やがて1929年の大恐慌が到来。街に失業者があふれた。
ナチスは国民の経済的不安につけ込んで、議席を伸ばしていく。
なぜ女に人気があったのか
ヒトラーは、とくに女性に人気があった。
ヴァイマル期に、女性は初めて参政権を得ていた。それが、ヒトラーに有利に働くのである。
なぜヒトラーは女性に人気があったのか。
この問題は、ドキュメンタリーのなかでも取り上げられている。
女性の歴史家は、
「率直に言ってわからない。男性的魅力ではないと思う。たくましい父親へのあこがれか」
と言っている。
この時点で、ナチスは市民にそうとうな暴力をふるっていたが、それも「たくましい」「頼りがいがある」と映っていた。
ヒトラーは、ただの「政治家」ではない、決断力と行動力がある男と評価されたのだ。
ヒトラーは女性人気を意識して、独身をとおし、公式には恋人もいないことになっていた。
1934年の党大会を記録した、女性監督レニ・リーフェンシュタールの「意志の勝利」で、ヒトラーを熱狂的に歓迎する女性たちの姿を見ることができる。
エリートたちの誤算
ただ、ヒトラーは選挙で権力を得た、とよく言われるが、それは事実ではない。
その点は、このドキュメンタリーでも強調されている。
当時のドイツでは、選挙で選ばれた大統領が、首相を指名する。
貴族出身のヒンデンブルク大統領は、素性が貧しいヒトラーが嫌いだった。
だから、議会で38%の議席を得ていたナチスのヒトラーも、ふつうなら首相になれなかった。
1932年にヒトラーが首相になれたのは、ヒンデンブルクから組閣を命じられたパーペン(元首相)が、ヒトラーに脅されて、あるいはヒトラーに丸め込まれて、首相の座をヒトラーに譲ったからである(パーペンは副首相になった)。
ヒンデンブルクもそれを認めたのは、80歳を超えていたヒンデンブルクがボケていたか、「左翼に政権を取られるよりマシ」と思ったからだった。
つまりは、選挙ではなく、ドイツのエリートたちの思惑と計算違いで、ヒトラーは権力を得たのである。
馬鹿なヒトラーなど、容易にコントロールできる、とエリートたちは考えたのだろう。
この「ナチスは乱暴者だが、左翼よりはマシ」という考えが、結局はナチスの独裁を招いたと言える。
いったん権力を得たヒトラーは、もうエリートたちの言葉を聞くことはなかった。
共和政ドイツは「第三帝国」となり、ヒトラーは「総統」となり、市民権は停止され、ユダヤ人弾圧が始まり、侵略戦争の準備が進む。
*
ここまでがドキュメンタリーの前半だが、やっぱりいろいろ教訓があるな、と思った。
今の日本の小党には、まあ「つばさの党」はいるけれど、ナチスほどの乱暴者や、ヒトラーのようなカリスマは、さいわい見当たらない。
しかし、表面的にはリベラルな社会は、それに不満を持つ保守層を同時に抱えている。日本やアメリカだけでなく、世界の多くの国がそういう状態にある。
そうした国が、ひとたび経済的苦境におちいり、移民やグローバリズムの問題が爆発すれば、「ヒトラーとナチス」が出現する条件はととのう。
今日も、欧州議会選で「極右政党」が大勝利、というニュースを聞いた。
100年前の教訓は、まだ生きている。
<参考>
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