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わたしの家族

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あおいの「家族」に関する記事をまとめています
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記事一覧

結婚1年目のお祝いは紙婚式と言うらしい

結婚1年目のお祝いは紙婚式と言うらしい

今日で、結婚して丸1年を迎えた。

数カ月前に、夫が、
「金婚式とか銀婚式とかの結婚記念日の名前ってどのくらい種類あるんだろう?」
と言い出し、スマホで調べていた。
見せてもらったら、めっちゃあった。
よくこんなに名前をつけたな、というくらいめっちゃあった。
沢山ありすぎたので覚えきれなかったが、結婚1年目のお祝いは「紙婚式」ということだけ覚えた。

迎えた今日。
夫は仕事。
私は夕方から短時間だ

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元不登校児、両親のことを振り返る

中学1年生のとき、不登校になった。
そのときの両親のスタンスは、私にとってとてもありがたかった。
10年以上経った今、改めて振り返ってみようと思う。

母…学校との窓口、私のメンタルサポート正直、母のポジションが一番大変だったと思う。

毎朝の学校への連絡ほか、学校とのやりとりは全て母がしていた。
学校との関わりを絶やさないために、PTA合唱団にも参加して、先生や保護者と交流していた。
少し登校で

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妹が「妹」じゃなくなった夜

妹が「妹」じゃなくなった夜

高校1年の冬だった。

帰宅したら、こんな書き置きがあった。
「お父さんが怪我をしました。病院に行ってきます」
“母”という言葉も抜けるほどの走り書き。
ただごとではないとすぐに分かった。

中2の妹と2人、私たちは家で待ち続けた。
何か連絡が来ないか。

家電も、私のスマホも鳴らない。

私の心の中で、だんだん不安が増幅していく。
どこを怪我したんだろう。
お母さんが呼ばれるってことは大きな怪我

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文化祭に出た母

不登校だった中学1年生の頃。

母は無理に学校に行かせることはなく、いつも私の味方でいてくれた。
頑張れそうな日は仕事の合間を縫って学校まで送ってくれたし、無理な日はそっと見守っていてくれた。

そんな母が、「学校とのつながりを絶やしたくない」と始めたのが、PTA合唱団だった。
小学校のときは、PTAには人並みに参加して、任意の集まりに出かけていくことはなかったから、本当に私のためだけに参加してく

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妹のこと

妹のこと

妹は、面白いくらいに私と正反対だ。

私はバリバリの文系。
妹はバリバリの理系。

私はカラフルなファッションが好き。
妹はアースカラーのファッションが好き。

私はあまり変化を好まず、自分の手に収まる範囲で生活していたい。
妹は変化を好み、どんどん新しい世界に飛び込んでいきたい。

私は休みの日はできるだけゆっくりしていたい。
妹は休みの日に休むのはもったいなくて、いつも忙しそうにしている。

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節分の思い出

節分の思い出

街に貼られた恵方巻きのポスターを見て、ああ、明日は節分なんだと気づいた。

ふと、小さい頃の節分を思い出した。

私の母は年中行事をちゃんと実施するタイプだった。

桃の節句には雛飾りを出してちらし寿司を作ってくれた。
端午の節句には菖蒲湯を用意してくれた(うちは男の子がいないので五月人形と鯉のぼりはない)。
七夕にはみんなで小さな笹を飾った。
冬至の日にはかぼちゃ料理が食卓に並び、お風呂に柚子が

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父とわかさぎ釣りをした日

父とわかさぎ釣りをした日

前職を辞めてから結婚するまで、実家の厄介になっていた。

ある日、私は言った。
「お父さん、私もわかさぎ釣りについて行っていい?」

父は多趣味である。
釣り、日曜大工、手芸、パン作り、蕎麦打ち、庭仕事…。
多分これでも全ては列挙できていないだろう(しかも知らないうちに新しい趣味ができていたりする)。

中でも釣りは長年愛好している趣味の一つだ。
夏は海で鯛やイカを釣ってくる。
冬は夏みたいに海に

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