「遅いぞ」 戻ってきた英治を亮平が窘めた。鉄扉が轟々と音を立て、閉まり始める。 「思ったより早く江波が見つかったようだ。清水が部屋に戻ったのかもしれない。あの…
そこには、中心に巨大なガラスのケージが置かれており、それ以外は何もなかった。 ケージは、すべての辺を鋼材で補強されている。テストルームのものに比べると、あか…
第三テストルームは、研究所の二階奥に位置していた。 部屋を出てから、一分ほど廊下を進むと、ようやく開けた場所に出た。 一階から四階までが吹き抜けになってい…
亮平が、ホチキス留めされた書類の束をめくっていく。 「これは、僕がここに潜入するために選抜した職員のリストだ。君と僕の体格はそう変わらない。ちょうどいいだろう…
「おい、どうした!」 江波の叫びが、閉まる扉の軋む音をかき消した。 亮平いわく、英治が囚われているのは、第三テストルームという部屋らしい。 その入口近くに…
「早く助けに行かないと」 英治は足を踏み出したが、亮平に行く手を阻まれた。 「冷静になれ。無謀に飛び出していったところで、君に何ができる。そもそも、君も捕まっ…
「すべての始まりは十八年前。君は産まれたばかり、僕は一才の頃だ」 「十八年前に一才って……あんたそんなに若いのか?」 「今は三十路の男に化けているだけだからな。…
「は?」 と、英治は思わず間抜けな声を漏らした。 「あんた、何言ってんだ」 「真実を伝えたまでさ。僕たちは違う星からやってきた。未知の生命体は君の方なんだ」 …
「英治くん、落ち着け」 と、新田が手のひらで英治を制した。 「危害を加えるつもりはない」 「……どういうことだ」 「これから、君の拘束を解く」 英治が呆気に…
目を覚ますと、見慣れない光景が広がっていた。英治は重たい頭を懸命に働かせ、どうにか情報を得ようとする。 打ち放しコンクリートの壁。白色のタイル張りの床。室内…
玄関で靴を脱いだところで、スマホに着信があった。 三宅からだった。英治は電話に出る。 「もしもし」 『英治、驚いたことがあってさ』 三宅が開口一番言った。…
勉強の息抜き、という名目で家を出た後、英治はバスに乗り、昨日と同じバス停で降車した。 近くの商店の陰からバス停を張っていると、午前八時を回ったところで、バス…
英治が家に帰ってから一時間ほどして、Xが帰ってきた。 何を言われるものか、と息が詰まりそうだったが、Xは今まで通り美絵子のふりをするだけで、尾行に気づいてい…
その週末、英治は自室で机に参考書を広げ、数学の問題を解いていた。 扉がノックされ、美絵子が顔を覗かせた。 「ちょっと出かけてくるから、夕方まで戻らないかも」…
リビングに入ると、すでに美絵子が帰宅していた。不意を突かれ、英治は肩をびくつかせる。 美絵子が不思議そうな顔でこちらを見た。 「どうしたの?」 「……帰って…
サッカー部のエースが百メートルを走りきると、トラックの脇に集まった女子生徒から黄色い歓声が上がった。 その後方で、英治は運動場を囲むネットの陰に腰を下ろして…
板塚まひろ
2024年6月29日 18:06
「遅いぞ」 戻ってきた英治を亮平が窘めた。鉄扉が轟々と音を立て、閉まり始める。「思ったより早く江波が見つかったようだ。清水が部屋に戻ったのかもしれない。あの麻酔には中和薬がある。江波も目覚めていると思った方がいいだろう」「どうすれば?」「僕に考えがある。念のために人質役をしておいて助かった」 亮平が床を指差した。「この研究所は地下二階まである。四階からダストシュートが通って
2024年6月29日 18:05
そこには、中心に巨大なガラスのケージが置かれており、それ以外は何もなかった。 ケージは、すべての辺を鋼材で補強されている。テストルームのものに比べると、あからさまに丈夫そうだ。 そして、その中にモルフの民の姿があった。 一糸も纏っておらず、方々から伸びた鎖で縛り上げられている。全身が青黒い皮膚で覆われ、肉づきは人間と変わらないものの、体毛は一切ない。射殺すように鋭い二つの眼光が、こち
2024年6月22日 18:36
第三テストルームは、研究所の二階奥に位置していた。 部屋を出てから、一分ほど廊下を進むと、ようやく開けた場所に出た。 一階から四階までが吹き抜けになっている。さりげなく柵の向こうを見下げると、一階ロビーにたむろする職員が見えた。 壁側には等間隔ではめごろしの窓があり、差し込んだ日が床に尾花色のラインを引いている。私大のキャンパスを思わせるような、前衛的な造りだ。 亮平いわく、研究
2024年6月15日 19:11
亮平が、ホチキス留めされた書類の束をめくっていく。「これは、僕がここに潜入するために選抜した職員のリストだ。君と僕の体格はそう変わらない。ちょうどいいだろう。変身といえど、体格まで変えられるわけではないからな。例えば、僕が江波になろうとしてもなりきれない。他人の外見が刷られたパックを貼っていると捉えてくれ」 亮平がある一枚で手を止めた。「この男がいい。できるだけ若い方が君もなりきりや
2024年6月15日 19:10
「おい、どうした!」 江波の叫びが、閉まる扉の軋む音をかき消した。 亮平いわく、英治が囚われているのは、第三テストルームという部屋らしい。 その入口近くに置かれた事務机の前に、入口からは死角になるよう、英治は屈んで身を潜めていた。こちらからも入口は見えないが、間違いなく江波の声だった。 ガムテープで口を塞がれ、手足を縛られた亮平が、ケージの前に横たわり呻いている。 階段を駆け下
2024年6月8日 18:18
「早く助けに行かないと」 英治は足を踏み出したが、亮平に行く手を阻まれた。「冷静になれ。無謀に飛び出していったところで、君に何ができる。そもそも、君も捕まっているんだぞ」 亮平の言う通りだった。英治にはケージを開けることすらできない。「じゃあ、あんたが協力してくれないか。話はすべて信じるから」「もちろん、君を逃がすのには協力する。だが、君の母親を助けるのには反対だ。僕はシンテン
2024年6月1日 18:42
「すべての始まりは十八年前。君は産まれたばかり、僕は一才の頃だ」「十八年前に一才って……あんたそんなに若いのか?」「今は三十路の男に化けているだけだからな。実際は君と一つしか変わらない」 同世代だと思って改めて亮平を見るが、見た目に引っ張られてしまい、どうにも調子が狂う。そんなことに構っていられない、と言わんばかりに、彼は淡々と話を進める。「モルフは地球を遥かに凌ぐ科学技術を持って
2024年6月1日 18:41
「は?」 と、英治は思わず間抜けな声を漏らした。「あんた、何言ってんだ」「真実を伝えたまでさ。僕たちは違う星からやってきた。未知の生命体は君の方なんだ」「ふざけないでくれ。さすがに馬鹿げてる」 「理解できないのも無理ないが、時間もない。見てもらった方が早い」 亮平はジャケットの内側に右手を突っ込み、左脇の辺りをまさぐった後、左の鎖骨を二度叩いた。 突然、亮平の顔に青黒い
2024年5月25日 18:27
「英治くん、落ち着け」 と、新田が手のひらで英治を制した。「危害を加えるつもりはない」「……どういうことだ」「これから、君の拘束を解く」 英治が呆気に取られていると、その左手首に巻かれたバンドを新田が緩め始めた。 バンドの結束が解け、英治の左前腕が自由になった。手首には、しめつけられた跡が轍のように残っていた。 休むことなく、新田は他のバンドも緩めていく。「あんた…
2024年5月25日 18:26
目を覚ますと、見慣れない光景が広がっていた。英治は重たい頭を懸命に働かせ、どうにか情報を得ようとする。 打ち放しコンクリートの壁。白色のタイル張りの床。室内のようだ。 Xに背後から攻撃されたのは覚えている。だが、痛みは感じない。死んだのか。ここは天国なのか。いや、もっと現実的に考えよう。 麻酔銃はどうだ。眠らされてここに運ばれた。 なら、ここはXのアジトか。 壁際に箱が並んで
2024年5月18日 18:01
玄関で靴を脱いだところで、スマホに着信があった。 三宅からだった。英治は電話に出る。「もしもし」『英治、驚いたことがあってさ』 三宅が開口一番言った。聞き慣れた三宅の声が、英治を安心させる。『この間、下校中に英治の母さんとすれ違った話したでしょ。あのとき、俺と英治の母さんが会ったことあるか、不思議に思ってたじゃん。あれから気になって調べたんだけど、俺と英治って幼馴染だったんだ
勉強の息抜き、という名目で家を出た後、英治はバスに乗り、昨日と同じバス停で降車した。 近くの商店の陰からバス停を張っていると、午前八時を回ったところで、バスがやってきた。英治が降りてから三本目のバスだった。 バスが停まり、ドアが開いた。 もちろん、どれかの便にXが乗っている、という確証はなかった。英治は、藁にも縋る思いで祈り続けた。 ラッシュアワーだが、主要なバス停ではないため、
2024年5月11日 17:56
英治が家に帰ってから一時間ほどして、Xが帰ってきた。 何を言われるものか、と息が詰まりそうだったが、Xは今まで通り美絵子のふりをするだけで、尾行に気づいている様子はなかった。 それから一週間、Xに新たな動きは見られなかった。頼みの綱である休日も、今回は家に籠もったままだった。 英治は歯痒かった。母の無事を確かめたい、という執着心だけが、今の彼を動かしていた。 そして、月曜日がやっ
2024年5月11日 17:55
その週末、英治は自室で机に参考書を広げ、数学の問題を解いていた。 扉がノックされ、美絵子が顔を覗かせた。「ちょっと出かけてくるから、夕方まで戻らないかも」「わかった」 問題に没頭するふりをしながら、英治は内心でガッツポーズを取った。思ったよりも早く好機がやってきた。 美絵子の偽者をXとする。 Xはどうやって母とすり替わったのだろうか――英治は、美絵子の身が心配でならなかっ
2024年5月4日 18:01
リビングに入ると、すでに美絵子が帰宅していた。不意を突かれ、英治は肩をびくつかせる。 美絵子が不思議そうな顔でこちらを見た。「どうしたの?」「……帰ってると思わなかったから。ずいぶん早いんだね」 英治は何とか平静を装った。「今日は仕事が早く終わったのよ」 美絵子は嬉しそうに言った後、スマホをテーブルに伏せ、ソファから立ち上がった。 誰かに連絡していたのだろうか、と英治
サッカー部のエースが百メートルを走りきると、トラックの脇に集まった女子生徒から黄色い歓声が上がった。 その後方で、英治は運動場を囲むネットの陰に腰を下ろしていた。「十二秒くらいじゃない?」 隣で体育座りをしている三宅が言った。 三宅は、二年生の始めにこの学校へ転校してきた。縮れた癖毛が特徴的な、薄い顔の男子生徒だった。陰気な性格なので、周りと群れない英治がつき合いやすいのか、こう