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【SF小説】 母なる秘密 4-1

【あらすじ】
高校三年生の林英治は、幼い頃に父が他界し、母の美絵子と二人で暮らしていた。ある日、母の言動に立て続けに異変を感じた英治は、何者かが母になりすましているのではないか、と疑念を抱く。その正体を追った先で、英治は驚愕の真実に辿り着く。

「おい、どうした!」

 江波の叫びが、閉まる扉の軋む音をかき消した。

 亮平いわく、英治が囚われているのは、第三テストルームという部屋らしい。

 その入口近くに置かれた事務机の前に、入口からは死角になるよう、英治は屈んで身を潜めていた。こちらからも入口は見えないが、間違いなく江波の声だった。

 ガムテープで口を塞がれ、手足を縛られた亮平が、ケージの前に横たわり呻いている。

 階段を駆け下りる音が聞こえた後、事務机の脇から江波が飛び出してきた。

 江波は英治を素通りし、亮平のもとに駆け寄った。英治は事務机の前面に張りつきながら、慎重に前進する。靴下が足音を殺してくれる。

 江波が亮平の上体を抱え起こし、その口のテープを剥がした。

「何があったんだ!」

「やつがどうしてもトイレに行きたいと言うので、拘束を緩めたんですが、その隙を突かれました。麻酔銃と携帯していたナイフを奪われました……」

 英治はゆっくりと立ち上がり、江波の背後についた。江波から約一メートルの距離で、彼に向け麻酔銃を構える。ジャケットの上からだと針が刺さらない可能性があるので、うなじを狙う。

 麻酔銃とはいえ、手が震えた。下唇を噛みしめ、英治は緊張を誤魔化した。

「やつは今どこに?」

「う……後ろです!」

 と、亮平が言ったのを合図に、英治は引き金を引いた。空気が噴き出す音とともに、銃口から矢型の注射器が発射される。

 注射器は勢いそのままに、江波のうなじに突き刺さった。

「くっ」

 江波が短く声を漏らした。注射器を抜き取りながら立ち上がり、彼が振り返る。

「貴様!」

 その凄まじい覇気で、英治には江波が実際よりも巨躯に見えた。反射的に麻酔銃を構えるが、銃は単発式である。

 江波がその腰に手を回した。

 武器を取り出すつもりか、と英治が息を飲んだ瞬間、彼はよろけて倒れ込んだ。短く収納された警棒が床を転がっていく。英治はたまらず、手の甲で額の汗を拭った。

 それから、すぐに手筈を思い出し、英治は彼に忠告した。

「この男は人質として連れていく。俺に二度と関わるな」

「くそ……」

 江波が目を瞑り、だらりと動かなくなった。その体を恐るおそる麻酔銃でつつき、完全に意識を失ったと確認してから、英治は胸を撫で下ろした。

「よくやった」

 いつの間にか、亮平が拘束を解いていた。ガムテープの束が床に落ちている。手のうちに隠していた十徳ナイフで切ったのだろう。

 英治が彼を縛ったのは、当人による指示だった。

「すぐ意識を失うって言ったのに、危なかったじゃないか」

「江波のタフさには僕も驚いたよ。まあ、対人用の麻酔銃なんて、表向きは存在していないんだ。彼らが開発していてくれて、運が良かったと言うべきだろう」

 亮平が切ったテープを拾い、ケージの奥にある事務机の抽斗に収めた。

 代わりに書類を取り出し、彼は英治を呼び寄せた。

「次に移ろう。軽く説明はしたが、覚悟はできているか」

「ああ……。変身するんだよな」


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