【SF小説】 母なる秘密 4-2
亮平が、ホチキス留めされた書類の束をめくっていく。
「これは、僕がここに潜入するために選抜した職員のリストだ。君と僕の体格はそう変わらない。ちょうどいいだろう。変身といえど、体格まで変えられるわけではないからな。例えば、僕が江波になろうとしてもなりきれない。他人の外見が刷られたパックを貼っていると捉えてくれ」
亮平がある一枚で手を止めた。
「この男がいい。できるだけ若い方が君もなりきりやすいだろう」
そのページに載っていたのは、まだ二十代前半であろう藤川という男の写真だった。一重瞼の地味な顔つきで、どことなく翳りを感じさせる。注目されにくいという点では、適当な人選に思えた。
「それで、変身はどうやるんだ?」
「手順は僕がやっていたのと同じだ。まず左脇の下に手を潜らせ、肩に突き抜けるように押し込んでくれ。服の上からでいい。探っていると、しこりのような感触があるはずだ」
英治は亮平の実演を真似て、左脇の下に右手を突っ込んだ。だが、ぶよぶよとした脂肪の感触があるだけだ。
「思ったよりも深く」
と、亮平に助言され、英治は脂肪を抉るように手を入れてみた。肋骨の辺りまで鋭い痛みが広がる。
人差し指に硬い感触があった。
「あった。何かあったぞ」
「それはマイトールの一部だ。押してみてくれ。軽くでいい」
英治は指先に少しだけ力を加えた。しこりが凹むのを感じる。パソコンのマウスをクリックしたような感触だ。
「よし。押したぞ」
「そしたら、左の鎖骨を二回叩いてくれ。場所は正確に同じでなくてもいい。マイトールが衝撃を探知する」
亮平が先に手本を見せた。新田の姿から、青黒い皮膚に覆われた本来の彼の姿に戻る。
身も凍るようなその姿に、英治は思わず目を逸らしてしまった。だが、一度見ているおかげか、先ほどのような醜態は晒さずにすんだ。
大きく呼吸をした後、英治は左の鎖骨を二度叩いた。
物理的に衝撃を感じるということはなかった。もしかしたら嘘だったのでは、と淡い期待を抱き、手もとを見下げる。
隙間なく墨を入れられたように、両手が青黒く染まっていた。
自分の姿が気になり、英治は事務机にあるパソコンの画面を覗こうとする。
「やめた方がいい」
と、亮平が忠告した。
「僕を見るだけでうろたえているんだ。自分がそうなっているのを見たら、堪えられないだろう」
我に返り、英治は慌ててパソコンから離れた。
早く先を教えてくれ、と言おうとすると、思いがけず唸るような低い声が出た。これが本来の自分なのだとしても、大切なものを奪われたようで吐き気がした。
亮平がリストを英治に渡した。
「あとは簡単だ。変身する相手をイメージしながら、右の鎖骨を三回叩く。裸の写真がない以上、体は再現しようがない。なので、林英治の姿と同じで構わない。今は一度この姿に戻らないといけないが、慣れてくれば、この姿を挟まずに変身を行えるようになる」
英治は藤川の写真に意識を集中させた。右の鎖骨を三度叩く。
やはり、変化した瞬間がわかる感覚はなかった。手もとを見ると、人間らしい馴染みのある肌に戻っていた。
亮平に促され、英治はパソコンの画面を覗いた。真っ暗な画面に映っていたのは、写真と同じ藤川の顔だった。
あまりの違和感に、英治はその顔を隅々まで触った。目も鼻も、初めからそうだったかのように、自然に形成されている。
「貸してくれ」
と、亮平は英治からリストを受け取り、数ページめくって手を止めた。
「僕は、この片桐という男にしよう」
亮平が右の鎖骨を三度叩いた。悍ましい宇宙人の姿から、質朴な人間の姿に変わる。
片桐は四十代で、例外なく顔の派手さはない。右目の泣きぼくろが唯一の特徴だった。
「それじゃあ、行こうか」
亮平が英治に呼びかけた。片桐の声は、新田よりも高い。
「ああ」
と、英治も聞き慣れない声で答えた。
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