板塚まひろ

小説を載せています。映画と音楽が好きです。 世界史、神話、古代生物に興味があります。 …

板塚まひろ

小説を載せています。映画と音楽が好きです。 世界史、神話、古代生物に興味があります。 対よろです。

最近の記事

【SF小説】 母なる秘密 4-3

 第三テストルームは、研究所の二階奥に位置していた。  部屋を出てから、一分ほど廊下を進むと、ようやく開けた場所に出た。  一階から四階までが吹き抜けになっている。さりげなく柵の向こうを見下げると、一階ロビーにたむろする職員が見えた。  壁側には等間隔ではめごろしの窓があり、差し込んだ日が床に尾花色のラインを引いている。私大のキャンパスを思わせるような、前衛的な造りだ。  亮平いわく、研究所はR市はずれの山奥にあるらしい。きっと景観に似合わない外観をしていることだろう

    • 【SF小説】 母なる秘密 4-2

       亮平が、ホチキス留めされた書類の束をめくっていく。 「これは、僕がここに潜入するために選抜した職員のリストだ。君と僕の体格はそう変わらない。ちょうどいいだろう。変身といえど、体格まで変えられるわけではないからな。例えば、僕が江波になろうとしてもなりきれない。他人の外見が刷られたパックを貼っていると捉えてくれ」  亮平がある一枚で手を止めた。 「この男がいい。できるだけ若い方が君もなりきりやすいだろう」  そのページに載っていたのは、まだ二十代前半であろう藤川という男

      • 【SF小説】 母なる秘密 4-1

        「おい、どうした!」  江波の叫びが、閉まる扉の軋む音をかき消した。  亮平いわく、英治が囚われているのは、第三テストルームという部屋らしい。  その入口近くに置かれた事務机の前に、入口からは死角になるよう、英治は屈んで身を潜めていた。こちらからも入口は見えないが、間違いなく江波の声だった。  ガムテープで口を塞がれ、手足を縛られた亮平が、ケージの前に横たわり呻いている。  階段を駆け下りる音が聞こえた後、事務机の脇から江波が飛び出してきた。  江波は英治を素通り

        • 【SF小説】 母なる秘密 3-5

          「早く助けに行かないと」  英治は足を踏み出したが、亮平に行く手を阻まれた。 「冷静になれ。無謀に飛び出していったところで、君に何ができる。そもそも、君も捕まっているんだぞ」  亮平の言う通りだった。英治にはケージを開けることすらできない。 「じゃあ、あんたが協力してくれないか。話はすべて信じるから」 「もちろん、君を逃がすのには協力する。だが、君の母親を助けるのには反対だ。僕はシンテンを止めようとしている。君の母親とは、目的が対立しているんだ。彼女のために危険は冒

        【SF小説】 母なる秘密 4-3

          【SF小説】 母なる秘密 3-4

          「すべての始まりは十八年前。君は産まれたばかり、僕は一才の頃だ」 「十八年前に一才って……あんたそんなに若いのか?」 「今は三十路の男に化けているだけだからな。実際は君と一つしか変わらない」  同世代だと思って改めて亮平を見るが、見た目に引っ張られてしまい、どうにも調子が狂う。そんなことに構っていられない、と言わんばかりに、彼は淡々と話を進める。 「モルフは地球を遥かに凌ぐ科学技術を持っている。変身できるのも、そういう特性の生き物だから、というわけじゃない。僕たちの体

          【SF小説】 母なる秘密 3-4

          【SF小説】 母なる秘密 3-3

          「は?」  と、英治は思わず間抜けな声を漏らした。 「あんた、何言ってんだ」 「真実を伝えたまでさ。僕たちは違う星からやってきた。未知の生命体は君の方なんだ」 「ふざけないでくれ。さすがに馬鹿げてる」  「理解できないのも無理ないが、時間もない。見てもらった方が早い」  亮平はジャケットの内側に右手を突っ込み、左脇の辺りをまさぐった後、左の鎖骨を二度叩いた。  突然、亮平の顔に青黒い痣がいくつも現れた。いや、痣が現れているのではない。もともとある薄橙色の肌が、雪

          【SF小説】 母なる秘密 3-3

          【SF小説】 母なる秘密 3-2

          「英治くん、落ち着け」  と、新田が手のひらで英治を制した。 「危害を加えるつもりはない」 「……どういうことだ」 「これから、君の拘束を解く」  英治が呆気に取られていると、その左手首に巻かれたバンドを新田が緩め始めた。  バンドの結束が解け、英治の左前腕が自由になった。手首には、しめつけられた跡が轍のように残っていた。  休むことなく、新田は他のバンドも緩めていく。 「あんた……俺の味方なのか」 「ああ。監視カメラに不具合を起こさせたのも僕だ。システム課

          【SF小説】 母なる秘密 3-2

          【SF小説】 母なる秘密 3-1

           目を覚ますと、見慣れない光景が広がっていた。英治は重たい頭を懸命に働かせ、どうにか情報を得ようとする。  打ち放しコンクリートの壁。白色のタイル張りの床。室内のようだ。  Xに背後から攻撃されたのは覚えている。だが、痛みは感じない。死んだのか。ここは天国なのか。いや、もっと現実的に考えよう。  麻酔銃はどうだ。眠らされてここに運ばれた。  なら、ここはXのアジトか。  壁際に箱が並んでいる。それぞれに電子基盤のようなものが埋め込まれている。その上で、様々な色のライ

          【SF小説】 母なる秘密 3-1

          【SF小説】 母なる秘密 2-4

           玄関で靴を脱いだところで、スマホに着信があった。  三宅からだった。英治は電話に出る。 「もしもし」 『英治、驚いたことがあってさ』  三宅が開口一番言った。聞き慣れた三宅の声が、英治を安心させる。 『この間、下校中に英治の母さんとすれ違った話したでしょ。あのとき、俺と英治の母さんが会ったことあるか、不思議に思ってたじゃん。あれから気になって調べたんだけど、俺と英治って幼馴染だったんだよ』 「どういうこと?」 『家にあるアルバム見返してたら、二歳くらいの俺らと

          【SF小説】 母なる秘密 2-4

          【SF小説】 母なる秘密 2-3

           勉強の息抜き、という名目で家を出た後、英治はバスに乗り、昨日と同じバス停で降車した。  近くの商店の陰からバス停を張っていると、午前八時を回ったところで、バスがやってきた。英治が降りてから三本目のバスだった。  バスが停まり、ドアが開いた。  もちろん、どれかの便にXが乗っている、という確証はなかった。英治は、藁にも縋る思いで祈り続けた。  ラッシュアワーだが、主要なバス停ではないため、降車する客は少なかった。  そして、降車客の中にXの姿があった。  電撃のよ

          【SF小説】 母なる秘密 2-3

          【SF小説】 母なる秘密 2-2

           英治が家に帰ってから一時間ほどして、Xが帰ってきた。  何を言われるものか、と息が詰まりそうだったが、Xは今まで通り美絵子のふりをするだけで、尾行に気づいている様子はなかった。  それから一週間、Xに新たな動きは見られなかった。頼みの綱である休日も、今回は家に籠もったままだった。  英治は歯痒かった。母の無事を確かめたい、という執着心だけが、今の彼を動かしていた。  そして、月曜日がやってきた。  朝、英治はなかなかベッドから起きられずにいた。  一階で扉が閉ま

          【SF小説】 母なる秘密 2-2

          【SF小説】 母なる秘密 2-1

           その週末、英治は自室で机に参考書を広げ、数学の問題を解いていた。  扉がノックされ、美絵子が顔を覗かせた。 「ちょっと出かけてくるから、夕方まで戻らないかも」 「わかった」  問題に没頭するふりをしながら、英治は内心でガッツポーズを取った。思ったよりも早く好機がやってきた。  美絵子の偽者をXとする。  Xはどうやって母とすり替わったのだろうか――英治は、美絵子の身が心配でならなかった。  とはいえ、闇雲にXを問いただしたところで、はぐらかされて終わるのは目に

          【SF小説】 母なる秘密 2-1

          【SF小説】 母なる秘密 1-3

           リビングに入ると、すでに美絵子が帰宅していた。不意を突かれ、英治は肩をびくつかせる。  美絵子が不思議そうな顔でこちらを見た。 「どうしたの?」 「……帰ってると思わなかったから。ずいぶん早いんだね」  英治は何とか平静を装った。 「今日は仕事が早く終わったのよ」  美絵子は嬉しそうに言った後、スマホをテーブルに伏せ、ソファから立ち上がった。  誰かに連絡していたのだろうか、と英治は勘ぐる。過敏になっていることを自覚しながらも、緊張を拭いきれずにいた。  昨

          【SF小説】 母なる秘密 1-3

          【SF小説】 母なる秘密 1-2

           サッカー部のエースが百メートルを走りきると、トラックの脇に集まった女子生徒から黄色い歓声が上がった。  その後方で、英治は運動場を囲むネットの陰に腰を下ろしていた。 「十二秒くらいじゃない?」  隣で体育座りをしている三宅が言った。  三宅は、二年生の始めにこの学校へ転校してきた。縮れた癖毛が特徴的な、薄い顔の男子生徒だった。陰気な性格なので、周りと群れない英治がつき合いやすいのか、こうしてよく話をする。 「今年の体育祭はあいつがアンカーで決まりだな。去年のリレー

          【SF小説】 母なる秘密 1-2

          【SF小説】 母なる秘密 1-1

           林英治が一階に下りると、母の美絵子が夕飯を作っているところだった。  英治は伸びをしながら、キッチンカウンター越しに美絵子に話しかける。 「勉強してたけど、気づいたら寝ちゃってたわ」 「あら。そんな調子で、受験は大丈夫なの?」 「大丈夫。落ちないよ」 「油断は禁物よ」  美絵子がいたずらっぽく微笑んだ。  今は高校三年生の夏。英治は大学受験を控えていた。受けるのは地元M市の中流大学。英治の学力で落ちることはまずないだろう。  もともと、英治は都内の大学へ進み

          【SF小説】 母なる秘密 1-1

          【SF小説】 母なる秘密 プロローグ

           書斎の扉の鍵が開いていた。  お父さんが出かけている隙に書斎へ忍び込もう、と飯沼亮平は企んでいた。  だが、遊び相手がいない亮平にとって、それは暇潰しの密偵ごっこにすぎず、本当に入れるとは思っていなかった。書斎には、いつも鍵がかけられている。  しかし、今日に限っては、ドアノブを回したときにあるはずの抵抗がなかった。扉が少し開き、亮平は慌ててドアノブから手を離した。  父からは「書斎には決して入るな」と強く言い聞かされている。いざ入れるとなると不安になり、亮平はどう

          【SF小説】 母なる秘密 プロローグ