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【SF小説】 母なる秘密 3-5

【あらすじ】
高校三年生の林英治は、幼い頃に父が他界し、母の美絵子と二人で暮らしていた。ある日、母の言動に立て続けに異変を感じた英治は、何者かが母になりすましているのではないか、と疑念を抱く。その正体を追った先で、英治は驚愕の真実に辿り着く。

「早く助けに行かないと」

 英治は足を踏み出したが、亮平に行く手を阻まれた。

「冷静になれ。無謀に飛び出していったところで、君に何ができる。そもそも、君も捕まっているんだぞ」

 亮平の言う通りだった。英治にはケージを開けることすらできない。

「じゃあ、あんたが協力してくれないか。話はすべて信じるから」

「もちろん、君を逃がすのには協力する。だが、君の母親を助けるのには反対だ。僕はシンテンを止めようとしている。君の母親とは、目的が対立しているんだ。彼女のために危険は冒せない」

「そんな……」

「それに、僕の事情を差し引いたとしても不可能だ。第〇室のケージはここと違い、所長ですら、さらに上の役人の許可がないと開けられない。君も一時的にここに囚われているだけ。さっき清水が部屋を出ていっただろう。彼女は、マイトールを君の体から取り除くための手術の準備をしに行ったんだ。それが終われば、君も第〇室のケージに移される」

 亮平が英治の肩に手を置いた。

「言いづらいが、母親のことは諦めるんだ。彼女は兵士。あるのはモルフへの忠誠心と任務に対する使命感だけ。君が知っているのは彼女の偽りの姿にすぎない。君は知らなすぎるんだ」

「そんなことはない!」

 英治は亮平の手を払った。

 だが、内心では彼の言葉を否定しきれなかった。家庭以外での美絵子の姿を、英治は知らないも同然だった。

「父親のことだってそうだ。自分の父親がどうして亡くなったか、君は知っているか」

「父親? 父は病気で死んだんだ」

「それは違う。十五年前、君の父親は交通事故に巻き込まれ、亡くなった。その救命の過程で人間ではないことが明らかになり、遺体とマイトールがNEXTに回収された。マイトールは体内から取り出されると機能を停止するが、NEXTはそれを分解し、研究を続け、ついにNEXT版マイトールの開発に成功した。もちろん、モルフのものに比べれば機能も乏しく、まだプロトタイプだが。その試験を兼ねて、君のもとに清水が送られた。君の父親の死が、君の身に起こった一連の出来事のきっかけだったんだ」

「どうして十五年もの間、NEXTは俺に接触してこなかった」

「君たち親子が行方をくらましていたからだ。別人になりすまして」

「別人?」

「例えば、僕は今、新田になりすましているが、本物の新田には金を積んで海外に身を隠させている。そんな風に、モルフの兵士も、誰かになりすまして生きているんだ。もっとも、彼らは僕のように回りくどい方法は取らないが」

 英治は回りくどくない方法、、、、、、、、、について尋ねようとしたが、直前で踏みとどまった。それは文字通り、相手の存在を消す、ということなのだろう。それが事実だとわかれば、正気ではいられなくなる気がした。

 亮平が話を続ける。

「僕の名前は飯沼亮平と言ったが、それも実在したオリジナルの人間がいる。手順さえ知っていれば、マイトールは他人でも操作できる。そうやって、僕は真実を知らないまま、勝手に飯沼亮平として育てられたんだ」

 その口調には、静かな怒りが込められているように思えた。

「同じように、地球に来たとき、君たちは加藤という一家として暮らし始めた。だが、夫が亡くなり、NEXTに目をつけられた君の母親は、新たな隠れ蓑を探した。それが林美絵子、英治の親子だった。十六年前に病気で亡くなったというのは、本物の林英治の父親だ。美絵子と英治は、彼の死を機に新たな土地へ移り住んだらしい。隠れ蓑にするには、うってつけの人材だろう」

 冷や汗が首筋を流れていくのを、英治は感じた。

「一方で、いくら見た目を変えようとも、歩行や筆跡の癖までは変えられない。解析技術の進歩により、十五年経って、NEXTは君たち親子を見つけ出したんだ」

 英治は、自宅の押入れの箱に入っていた写真を思い出した。彼の言っていることが本当なら、あれは英治の父が亡くなる前に撮った家族写真なのかもしれない。

 つまり、写っていたのは、加藤一家の皮を被った英治たちだったのだ。三宅が幼馴染だと言っていたのも、ここにいる英治ではなく、本物の林英治、、、、、、ということになる。

「俺は一体……誰なんだ」

 英治は混乱した。頭が割れるように痛む。

「僕も未だに自分がわからなくなるときがあるよ」

 と、亮平が苦笑した。

「だが、その人物をその人物たらしめるものは、見た目や名前じゃなく、何を為すかだろう。僕は今、地球の危機を知っている。指を咥えて見ているだけじゃ、侵略者と変わらない。まずは君をここから逃がす」

「でも、母さんもすぐそこにいるんだろ。逃げるしかないなんて」

 そう言いながらも、いっそすべてを捨てて現実から逃げ出したい、と英治は思った。それができないのなら、せめて母の口から真実を聞きたい。

 英治を見かねて亮平が言う。

「会わせてやることならできる。だが、さっきも言ったように助ける方法はない。傷つくだけかもしれないぞ。それでも、会いたいか?」

 英治はしっかりと頷いた。


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