見出し画像

【SF小説】 母なる秘密 プロローグ

【あらすじ】
高校三年生の林英治は、幼い頃に父が他界し、母の美絵子と二人で暮らしていた。ある日、母の言動に立て続けに異変を感じた英治は、何者かが母になりすましているのではないか、と疑念を抱く。その正体を追った先で、英治は驚愕の真実に辿り着く。

 書斎の扉の鍵が開いていた。

 お父さんが出かけている隙に書斎へ忍び込もう、と飯沼亮平は企んでいた。

 だが、遊び相手がいない亮平にとって、それは暇潰しの密偵ごっこにすぎず、本当に入れるとは思っていなかった。書斎には、いつも鍵がかけられている。

 しかし、今日に限っては、ドアノブを回したときにあるはずの抵抗がなかった。扉が少し開き、亮平は慌ててドアノブから手を離した。

 父からは「書斎には決して入るな」と強く言い聞かされている。いざ入れるとなると不安になり、亮平はどうするべきか悩んだ。

 結局、十歳の少年には、沸き立つ好奇心を自制できるほどの余裕はなかった。

 亮平は再び、ドアノブに手をかけた。半分ほど扉を開き、部屋に体を滑り込ませる。音を立てぬよう慎重に扉を閉め、ひとまず大きく息をついた。

 書斎は十畳ほどで、両側にガラス戸の棚が並んでいた。右手の棚はどれも紺色のファイルで埋まっており、いくつかの背表紙に『不動産』とあった。前にお父さんが仕事の話をしているとき、「ふどうさん」と言っていたから仕事関係のものだろう、と亮平は推測した。

 入口正面に置かれた木目調の机にも、同じ種類のファイルが広げられており、書類も何枚か散らばっている。その下敷きになる形で、ノートパソコンがあるのも見える。

 一見、おかしな様子はなかった。

 亮平は肩透かしを食らった。「書斎に入るな」と言う父は怒ってこそいないものの、その目は真剣であり、狂気すら感じさせたものだ。

 だとすれば、棚や机の抽斗に宝石でも隠してあるのか。パソコンに機密文書でも保管されているのか。

 亮平は、先日学校でパソコンの操作について学んだことを思い出した。まずはパソコンを開いてみよう、と机の裏へ回った。

 パソコンの上の書類をそっとどけていると、そのうちの一枚が目に留まった。それが父の隠しているものなのか、すぐにはわからなかったが、仕事関係の書類とは明らかに異なっていた。

 そして、知らないはずのその発音と意味が、亮平には手に取るように理解できた。

 そこに載っていたのは、異形の文字と異形の船であった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?