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【SF小説】 母なる秘密 3-4

【あらすじ】
高校三年生の林英治は、幼い頃に父が他界し、母の美絵子と二人で暮らしていた。ある日、母の言動に立て続けに異変を感じた英治は、何者かが母になりすましているのではないか、と疑念を抱く。その正体を追った先で、英治は驚愕の真実に辿り着く。

「すべての始まりは十八年前。君は産まれたばかり、僕は一才の頃だ」

「十八年前に一才って……あんたそんなに若いのか?」

「今は三十路の男に化けているだけだからな。実際は君と一つしか変わらない」

 同世代だと思って改めて亮平を見るが、見た目に引っ張られてしまい、どうにも調子が狂う。そんなことに構っていられない、と言わんばかりに、彼は淡々と話を進める。

「モルフは地球を遥かに凌ぐ科学技術を持っている。変身できるのも、そういう特性の生き物だから、というわけじゃない。僕たちの体には、マイトールと呼ばれるデバイスが埋め込まれている。機能は様々だが、例えば変身が可能になるし、他の星の言語も容易に理解することができる」

「埋め込まれてる……」

 英治は反射的に自分の体を見下げた。

「一方で、行き過ぎた化学実験の代償と言えるが、モルフはノバタという物質で汚染され始めた。ノバタは、地球に存在するペルシンという物質に似ている。ペルシンはアボカドに含まれている毒素だ。人間には無害だが、他の動物には強い毒性を示す。君も身に覚えがあるはずだ。あれはNEXTがデータを得るために、清水……君の母親とすり替わっていた職員の名だが……彼女に命じて、わざと食事にアボカドを入れさせたんだ」

 英治は面食らった。注意深くいなければ、と思いながらも、段々と亮平の話に引き込まれていた。

「それで、その星はどうなったんだ」

「モルフの科学者が調べた結果、当時から百年後……現在から約八十年すれば、モルフの民は星に住めなくなることがわかった。そして、移住先の星を探す計画『シンテン』が立ち上げられた。シンテンは、選抜されたいくつかの星に調査員を送り込み、モルフの代わりとして暮らしていける環境かを調査するものだ。調査期間は二十年。調査員はモルフの兵士で構成されたが、多様なデータを得るために、僕や君のような赤子も送り込まれた」

「お前は地球に潜入してるスパイだ、と言いたいのか?」

「そういうことだ」

 亮平が深く頷いた。

「あんたはどうやって計画を知ったんだ」

「僕が計画を知ったのは九年前。ある日、父の書斎に忍び込んで、調査の一部が記してある書類を見つけた。NEXTが躍起になって開けようとしている君の母親の金庫にも、同じようなものが入っているだろう。もっとも、NEXTは中身まで知っているわけではないが。とにかく、僕は調べを進めて、計画の全貌を知った。それがなければ、僕も君と同じ立場だった。僕らが二十歳を過ぎる頃には調査も終わる。計画に支障が出ないよう、僕の父や君の両親は口にしなかった」

「今は、あんたも計画に協力しているのか」

「逆だ。僕はシンテンを止めようとしている。この計画の仕上げは、モルフによる移住先の星の侵略。産まれた星は違えど、地球で育ってきたんだ。賛同できるはずがない。仮に他の星が移住先に選ばれたとしても、同じ考えだ」

「……止めることができるのか?」

「希望はある」

 と、亮平が力強い眼差しでこちらを見た。

「地球が移住先の候補として選ばれたのは、モルフの環境と類似点があるからだ。そのそれぞれで高度な知能を持つモルフの民と人間。一方で、ペルシン……ノバタは、人間には無毒だ。そこで僕は、この問題を解決する手がかりが地球にあると考えた。今は、僕たちと同じ境遇の者とともに、ノバタを無毒化するための研究を進めている。NEXTに潜入しているのも、彼らの膨大な人体実験のデータを盗むためだ。それに、僕たちの研究を邪魔されないよう、監視する必要もあるしな」

「どうしてNEXTが邪魔をするんだ。地球の危機なら、協力してくれるはずだろう」

「彼らからすれば、研究の成果を実戦で試す、またとない機会だ。侵略に応戦しようとするだろう。僕はそんなこと望んでない。それに、シンテンのことを教えた時点で、僕と仲間は捕らえられる。実験台が自ら来てくれるんだから。彼らは、ペルシンが僕らの弱点であることに辿り着いている。そうなれば、僕と仲間だけでは太刀打ちできない」

 江波の顔が脳裏をかすめた。彼の好戦的な態度を思うと、亮平の言葉にはぐうの音も出なかった。

 やつらがそこまでひどい組織なら、母は無事なのだろうか――そんな英治の心中を察したのか、亮平が言った。

「君の母親なら生きている」

「本当か!」

「ああ。ここの地下一階にある第〇室に囚われている」

 英治は安堵のあまり力が抜け、すぐそばの板に凭れかかった。囚われているというのは穏やかじゃないが、この二週間を霧中で彷徨うように過ごした彼には、美絵子の生存が確認できただけで救いだった。


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