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【SF小説】 母なる秘密 4-4

【あらすじ】
高校三年生の林英治は、幼い頃に父が他界し、母の美絵子と二人で暮らしていた。ある日、母の言動に立て続けに異変を感じた英治は、何者かが母になりすましているのではないか、と疑念を抱く。その正体を追った先で、英治は驚愕の真実に辿り着く。

 そこには、中心に巨大なガラスのケージが置かれており、それ以外は何もなかった。

 ケージは、すべての辺を鋼材で補強されている。テストルームのものに比べると、あからさまに丈夫そうだ。

 そして、その中にモルフの民の姿があった。

 一糸も纏っておらず、方々から伸びた鎖で縛り上げられている。全身が青黒い皮膚で覆われ、肉づきは人間と変わらないものの、体毛は一切ない。射殺すように鋭い二つの眼光が、こちらに向けられている。

 英治は一瞬たじろいたが、すぐに気づいた。

 母はマイトールを取り除かれているはずだ――つまり、今は林美絵子の姿、、、、、、ではない。

 あそこにいるのが、母だ。

「母さん!」

 英治は一心不乱にケージへ駆け寄った。

 美絵子が口を動かす。だが、ぶ厚い壁のせいで、英治には何も聞こえない。

「もっと大きい声じゃないと聞こえないよ!」

 英治はケージの壁に両手を突き、叫んだ。

 すると突然、

『ちょっと待ってくれ』

 と、頭上で片桐の声、、、、がした。

『今、母親と話せるようにしている』

 天井のスピーカーから聞こえているようだ。

 振り返ると、窓のシャッターが上がっており、亮平の姿が見えた。

『よし。これで話せるはず――』

『私は何も吐かないわ!』

 獣の咆哮のような美絵子の叫びが、亮平の声をかき消した。英治は圧され、尻もちをついてしまう。

「……ち、違うよ。母さん、俺だよ。英治だよ」

『何を言ってるの。そんなわけがないわ!』

「なんで……」

 英治ははっとした。今、彼は藤川の姿、、、、をしているのだ。

 急いで左脇に右手を突っ込み、マイトールの一部を押した後、左鎖骨を二度叩いた。変身が解け、本来の彼の姿になる。

『本当に英治なの?』

「ああ。俺だよ、母さん!」

『どうしてここに……』

 ケージの下部を一センチ幅のスピーカーが取り囲んでおり、美絵子の声はそこから流れている。

「俺に何があったかはいい。それより、モルフの話を聞いたんだ。ノバタのことも、シンテンのことも。全部、本当なの?」

 美絵子は暫く黙り込んだ後、観念したように口を開いた。

『……本当よ』

「そんな大事なこと、どうして黙ってたんだ」

『計画に支障をきたさないためよ。この星に同情して、面倒を起こされでもしたら堪らないもの』

「母さんは、地球を侵略するのに何も思わないのか?」

『思わないわ。私はモルフの兵士。故郷のためなら、どんなことでもするわ』

「でも、人間だって抵抗する。そうなれば、互いにたくさんの犠牲が出るはずだ」

『軍事力が違うわ。NEXTは十五年かけてマイトールの試作品を開発したらしいけど、私たちは当たり前にそんな技術を使ってる。生き物として見たって、私たちの身体能力は人間より遥かに勝るわ。それが何千万人と攻めてくるの。力の差は歴然でしょ。人間なんて、はなから眼中にないのよ』

 とても美絵子の言葉とは思えず、英治は愕然とした。

『私たちが調査しているのは、あくまで地球の自然環境について。だから、マイトールがNEXTに渡ったときも、任務を優先して身を隠すことを選んだ。仮にここから出られるとしても、私は出ないわ。もう私の体にマイトールはない。こんな体で出ていったら、騒ぎになって仲間に迷惑をかけるだけ。私たちは、それほど崇高な使命を帯びているの』

「侵略することのどこが崇高なんだ……」

『モルフの民からすれば英雄よ。任務が成功すれば、モルフにいる私の家族も裕福に暮らしていける。あなたには言ってなかったけど、私はあなたの本当の――」

「それ以上言うな!」

 英治はケージの壁を思い切り叩き、美絵子の言葉を遮った。それに続く言葉を、彼は想像できた。

 私はあなたの本当の――母親じゃない。

 モルフのことを亮平に説明されたときから、薄々勘づいてはいた。だが、自分と母を繋ぎ止めるために、それだけは言葉にしたらだめだ、と英治は思った。

 そのとき、耳をつんざくようなブザーの音が、部屋中に鳴り響いた。天井にある、亮平が使用しているのとは別のスピーカーから、アナウンスが流れる。

『緊急事態発生。林英治が職員を人質に取り逃走中。研究員は研究室から出ないように』

「早く戻れ!」

 亮平が叫んだ。鉄扉が開いたままなので、壁の向こうからの声と、スピーカーからの声が、ないも同然の時差で重なった。

『問題発生みたいね。逃げた方がいいわよ』

「でも、こんな別れ方……。やっぱり、ほっとけないよ!」

『どうして私を恨まないの。ずっと嘘をついていたのよ』

「恨めるわけ……」

 自宅の押入れにあったアルバムを、英治は頭の中でめくっていく。あれは紛れもなく、家族としての思い出だった。

「何で家族の写真を残していたんだ。家族が大事だからじゃないのか!」

 英治の叫びがケージを震わせた。

 一瞬の沈黙の後、美絵子がもの憂げな表情を見せた。

『確かに、あなたと過ごした十八年は楽しかった。どうしても、情は移るものね。でも、任務には関係がないわ。ほら、早く行きなさい。モルフの民が同族を殺すことはない。だから、これからは自由に生きなさい。今まで……ごめんね』

 それは美絵子の本心に思えた。だが、英治は受け入れられなかった。

 俺が無事でも、三宅や他の人間はどうなる?

 ――俺は人間でも、彼女の息子でも、林英治、、、でもない。それでも、大切なのは何を為すかだ。

 俺は助けたい。人間も、母も。

「俺はみんな助ける方法を見つけ出す」

『無理よ……』

「絶対に見つける」

 再び催促する亮平の声がした。

「じゃあ……またね」

 英治は右の鎖骨を三度叩いた。林英治の姿、、、、、になる。

 そして、鉄扉に向かって歩き出した。決心が揺らがないよう、振り返らなかった。


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