【SF小説】 母なる秘密 2-4
玄関で靴を脱いだところで、スマホに着信があった。
三宅からだった。英治は電話に出る。
「もしもし」
『英治、驚いたことがあってさ』
三宅が開口一番言った。聞き慣れた三宅の声が、英治を安心させる。
『この間、下校中に英治の母さんとすれ違った話したでしょ。あのとき、俺と英治の母さんが会ったことあるか、不思議に思ってたじゃん。あれから気になって調べたんだけど、俺と英治って幼馴染だったんだよ』
「どういうこと?」
『家にあるアルバム見返してたら、二歳くらいの俺らと、俺らの母さんの四人で写ってる写真があったんだよ』
「えっ?」
『俺の母さんに訊いたんだけど、家族ぐるみで仲良くしてたんだって。でも、三歳になる前に英治が引っ越したらしいよ。さすがにそのときのことは覚えてないけど、その写真は見たことあると思うから、頭の片隅に英治の母さんの顔が残ってたんだろうね。それで英治の面影もあるから、気づけたんだと思う。俺の母さんもたまげてたよ』
電話の向こうでチャイムの音がした。
『あっ、ごめん。誰か来たから切るね。それが伝えたかっただけだから』
「……うん」
電話が切れた。英治は呆然と玄関に立ち尽くす。
正確には、三宅がすれ違ったのはXであり、彼女が話を合わせただけだろう。だが、幼少期の話に関しては、美絵子から聞かされていない新たな事実だった。
美絵子が和室の押入れにアルバムを収めていたことを思い出し、英治は自分でも調べてみることにした。リュックとスマホを玄関に置いたまま、廊下の先の和室に入った。
押入れを探ると、毛布やヒーターが収められている奥に、小型の段ボール箱があった。英治はそれを取り出した。
箱の中には、CDケースほどの大きさのアルバムが一冊入っていた。美絵子は多くを写真に残す人ではない。この一冊に、美絵子との思い出はすべて収められているだろう。
アルバムをめくる。
中学校の卒業式や毎年の誕生日会など、懐かしい写真に英治の気もいくらか紛れた。だが、最も古いものは幼稚園の卒園式の写真で、それ以前のものはなかった。
英治はがっかりして、アルバムを箱に戻そうとする。
すると、箱の底に一枚の写真が落ちていた。裏面が上になっており、何の写真かわからない。
その写真を裏返してみる。
家族写真のようで、二歳くらいの男児が写ってはいるが、英治の面影はなかった。母親とおぼしき女性も陰鬱としており、美絵子とは似ても似つかない。
一体、誰なのだろうか――そんな思考を断ち切るように、玄関から鍵の開く音が聞こえた。予想より早く、Xが帰ったきたのかもしれない。
Xが帰ってきたら、証拠の動画を突きつけて問い詰めるつもりだった。英治は慌てて写真を箱に戻し、どけていた毛布とともに押入れに押し込めた。
急いでリビングに移ると、帰宅したXと鉢合わせた。
「そんなに息を荒らげてどうしたの?」
Xが訊いてきた。美絵子の姿に戻っている。
美絵子とXは、双子や他人の空似ではなかった。だが、こんなにそっくりに変身することなど、人間にできる芸当ではない。
目の前にいる得体の知れない存在に、英治はかつてない悍ましさを覚えた。言葉を発しようとするが、喉が力んで上手く声が出ない。
そんな英治を見て、Xが不思議そうな顔をする。わざとらしいその表情は、Xの余裕の表れに感じられた。こんなに早く帰ってきたのは、尾行に気づいたからだろうか。
大丈夫、と英治は自分に言い聞かせた。仮にそうだとしても、こちらには証拠がある。
だが、そこで気がついた。証拠の動画を収めたスマホは、玄関に置いたままだ。
「ちょっと待ってて……」
英治は何とか声を絞り出した。すでに主導権を相手に握られているようで、自分が情けなく思えた。
Xの脇を抜け、足早にスマホを取りに向かう。
その途端、背中に衝撃を感じた。
英治はその場に倒れこむ。すぐに意識が朦朧としてくる。
「任務変更ね」
Xが言った。英治は身をよじり、必死にXを探す。
ぼやける視界の端にXを捉えた。その手には、銃のようなものが握られている。
それが本当に銃だと気づく前に、英治は気を失っていた。
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