見出し画像

【SF小説】 母なる秘密 3-1

【あらすじ】
高校三年生の林英治は、幼い頃に父が他界し、母の美絵子と二人で暮らしていた。ある日、母の言動に立て続けに異変を感じた英治は、何者かが母になりすましているのではないか、と疑念を抱く。その正体を追った先で、英治は驚愕の真実に辿り着く。

 目を覚ますと、見慣れない光景が広がっていた。英治は重たい頭を懸命に働かせ、どうにか情報を得ようとする。

 打ち放しコンクリートの壁。白色のタイル張りの床。室内のようだ。

 Xに背後から攻撃されたのは覚えている。だが、痛みは感じない。死んだのか。ここは天国なのか。いや、もっと現実的に考えよう。

 麻酔銃はどうだ。眠らされてここに運ばれた。

 なら、ここはXのアジトか。

 壁際に箱が並んでいる。それぞれに電子基盤のようなものが埋め込まれている。その上で、様々な色のライトが代わるがわる点滅している。床には数本の黒いケーブルが延びている。天井から四十インチはあるモニターが吊るされている。何も映っていない。

 待て。それらよりも手前にガラスの壁がある。幅も高さも二・五メートルほど。

 英治は体を回転させようとしたが、大きな力に阻まれた。

 足もとを見ると、両の足首、下腿、太腿が黒革のバンドで固定されていた。同様に、腹部、胸、両の上腕、手首も固定されている。一枚の鉄の板に直立で拘束されているのだ。

 徐々に判断力を取り戻し、英治は恐怖に駆られた。早く逃げなければ、と全身に力を込めるが、バンドが肌に食い込むだけで、とても脱けられそうにない。

 せめて部屋の全貌を知ろう、と英治は首を右に回した。

 そちらにもガラスの壁があり、その向こうには奥行きのある空間が広がっていた。事務机が二列で置かれ、同じ型のデスクトップパソコンが載っている。それより後方は、背後の板が邪魔で見えない。

 ある部屋に設けられたガラスのケージに閉じ込められている――英治は、自分の置かれた状況を大まかに把握した。

 今度は、首を左に回す。

 その瞬間、英治は目を見張った。

 横一列に並べられた事務机のうち、最も前方の一台のそばにXが立っていた。美絵子の姿はしておらず、公園で見かけた――いわば、X本来の姿をしている。

 Xはパソコンの画面を指差し、隣の男性と何かを話している。ケージの中からでは、二人の会話は聞こえない。

 男は五十代半ば、身長は百八十センチを超えているだろう。黒地に銀色のストライプが入った高級そうなスーツを着ている。髪型は洒落たスポーツ刈りで、顔の彫りは深く、野生的な雰囲気を醸していた。

「おい! ここはどこなんだ!」

 英治は衝動的に体を揺らした。体が板に打ちつけられ、鈍い音が激しく鳴った。

 Xと男がこちらに気づく。男に何かを告げられた後、Xは彼の背後の階段を上り、その先の扉から部屋を出ていった。

 それから、男は徐に英治の正面に回り、ケージの壁に右手の人差し指を押し当てた。

 壁に高さ二メートルほどの長方形の切れ目が浮かび上がった。切り取られた部分が扉となり、真横に滑った。

 男がケージに入ってくる。

 すぐに扉が閉まり、壁はまっさらな状態に戻った。

 男の開口を待ちきれず、英治は声を荒らげる。

「あんたはあの女の仲間なのか? あんたたちは何者なんだ!」

「そう焦るんじゃない。効率的に話ができないだろう」

 男が不敵な笑みを浮かべた。見た目に反し、その口調からは高い知性が感じられる。

「君は首を突っ込みすぎたんだ。尾行なんてするべきじゃなかったのに」

「尾行に気づいていたのか」

「当たり前だ。所詮、素人のお粗末な尾行にすぎない。むしろ、気づいていないのは君の方だ。君たち親子のことは調べ尽くしてある。何ヶ月も前から監視していた。我々が、君を泳がしていたのだよ」

 英治は愕然とした。

 思い返せば、駅前の商業ビルの本屋へ行ったことを、Xに知られていた。当時から監視されていたのなら、合点がいく。そこが目的地だったと勘違いしていたのは、英治が読書好きなのを知っていたからだろう。

 男は雄弁な政治家のように、手振りを交えて話を続ける。

「彼女を君のもとに送り込んだ目的のいくつかは、達成することができた。だが、一つだけどうしてもわからないことがあってな。そこで、やり方を変えることにした。もっとシンプルな方法で君に訊く」

 シンプル、、、、という言葉に含まれた残虐性を想像し、英治は身震いがした。

「何を訊くっていうんだ」

「君の家にある金庫のことだ」

「金庫? それなら、番号は知らないと言ったはずだ」

「別に番号じゃなくてもいい。君が知っている母親のことは、どれだけ些細な情報でも喋らせるし、思い出させる。親子の間なら、我々の及ばない情報があるかもしれない」

「なぜそこまでして知る必要がある」

「質問が多いな。立場を弁えた方がいい」

 男がこちらに一歩詰め寄った。その凄みに、英治は圧倒されてしまう。

 すると、ケージがノックされ、男の注意が英治から逸れた。

 左の壁の向こうに、三十代前半とおぼしき男性が立っていた。成人男性の平均的な体格で、あっさりとした顔立ちだ。七三分けの髪が勤勉さを感じさせる。

 その男が英治の正面の壁に人差し指を押しつけると、例のごとく扉が開いた。

 その男がケージに入ってくる。

「江波所長、システム課の新田です。今、よろしいですか?」

「ああ。どうした」

 英治の目の前にいる大男が答えた。この男は、江波というらしい。

 新田が話を続ける。

「警備システムに不具合が生じまして。全棟の監視カメラが停止しました」

「大丈夫なのか?」

「外部からの攻撃の可能性は低いと思われます。おそらく、先日システムを刷新したときに、何らかのミスがあったのではないかと。それで、システムを修復するので、所長の許可が直接欲しい、と課長が。お手数ですが、立ち会ってもらえますか」

「……わかった」

 江波が英治をちらりと見て、思案顔をした後、新田に視線を戻した。

「すまんが、代わりにここを任せる。異変がないか、見ておくだけでいい。念のため、麻酔銃の携帯を許可する」

 江波が腰のベルトのホルダーから麻酔銃を取り出し、新田に渡した。

「了解しました」

 新田がしかつめらしく言った。

 江波がケージを出ていく。扉の開け方は、入るときと同じだった。指紋認証式なのだろう。同じ操作をしても、英治には開けられないと思われる。

 それから、江波は階段を上り、部屋を出ていった。その気迫から解放され、英治はひとまず安堵する。彼が戻ってくるまで、身の危険はないはずだ。

 だが、その予想を裏切り、すぐに新田が詰め寄ってきた。

「何をするつもりだ!」

 英治は身をよじらせ、必死にバンドを引きちぎろうとする。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?