【SF小説】 母なる秘密 4-3
第三テストルームは、研究所の二階奥に位置していた。
部屋を出てから、一分ほど廊下を進むと、ようやく開けた場所に出た。
一階から四階までが吹き抜けになっている。さりげなく柵の向こうを見下げると、一階ロビーにたむろする職員が見えた。
壁側には等間隔ではめごろしの窓があり、差し込んだ日が床に尾花色のラインを引いている。私大のキャンパスを思わせるような、前衛的な造りだ。
亮平いわく、研究所はR市はずれの山奥にあるらしい。きっと景観に似合わない外観をしていることだろう、と英治は推察した。
二人は回廊を進む。
「あまり周りを意識するな。かえって不自然だ」
職員とすれ違うたびに神経を尖らせていると、亮平に小声で注意された。
英治は慌てて周りから目を逸らしたが、視線が定まらない。白衣の裾を握りしめ、どうにか心を落ち着かせた。
藤川と片桐は、研究員としてNEXTに所属している。そのため、英治たちは白衣を着る必要があった。
それを見越して、英治が研究所に運ばれてくるまでに、亮平は二階の倉庫室から白衣を調達していた。
もちろん、どれだけ再現しても、本人と鉢合わせれば一巻の終わりである。
亮平は念のため、三階以上の研究室を根城にしている藤川と片桐を選んだ。彼は相当頭が切れるらしい、と英治は感心した。
階段を下り、一階に着いた。
出入口の自動ドアから、外の様子が窺える。砂地の駐車場に何台も車が停まっており、その奥から山の緑が顔を覗かせていた。そちらに行きたい気持ちをぐっと堪えて、英治はロビーを横切った。
その先のエレベーターの前で、亮平が立ち止まった。降下用のボタンしかなく、階数も表示されていない。地下一階に向かうための専用のものらしい。
亮平がボタンを押すと、すぐに扉が開いた。彼がエレベーターに乗り込み、英治も続いた。
扉が閉まり、エレベーターが動き出す。
亮平が白衣を脱ぎ、その腕にかけた。彼はジャケットの上に白衣を着ていたので、暑さに堪えかねたのだろう。シャツの襟もとに汗が滲んでいる。
「これ」
と、亮平がジャケットの内ポケットから、スマホを取り出した。
「僕の仲間内で使用している連絡用のスマホだ。監視カメラが復旧するまで、まだ時間はあるだろうが、江波が見つかれば騒ぎになる。いちおう、君にも渡しておく」
「わかった」
英治はスマホを受け取り、チノパンのポケットに入れた。
エレベーターが地下一階に到着した。扉が開ききったのと同時に、フロアの照明が自動で点いた。
幅の広い廊下が三十メートルほど延びている。その左右に扉が立ち並び、突当たりに一層大きな両開きの扉がある。
「あそこが第〇室だ」
亮平が突当たりの扉を指差した。
英治たちは一目散に廊下を渡り、その扉の前に立った。扉にはめ込まれているプレートに、亮平が右手の人差し指を押しつける。
プレートの表面を光が流れる。彼の指紋を読み込んでいるのだろう。
暫くして、扉が開いた。亮平の指示を待たずに、英治は第〇室に飛び込んだ。
第〇室は六畳半ほどの広さだった。白壁が照明の光を反射し、廊下よりよっぽど明るく感じられる。左手奥には厳めしい鉄扉があり、右手の壁から鉄扉までは、モニターや計器を搭載した卓が延びている。それより上には、シャッターの下りた窓がある。
「母さんはどこだ」
「この奥だ。今、扉を開ける」
と、亮平が部屋に入ってきた。彼は白衣を投げ捨て、卓のモニターを操作し始める。
卓から何度か電子音が鳴った後、呻くような音を立てながら、鉄扉が開き始めた。
鉄扉は大銀行の金庫扉のように厚く、なかなか全貌を現さない。英治は地団駄を踏んでやりたいほどのもどかしさを覚えた。
「もう一度言っておくが、君は母親を助けにいくんじゃないからな。別れを言ったら、すぐに戻ってくるんだぞ」
亮平が英治に強く忠告した。そうでなければならない、と理解しながらも、英治は頷けなかった。
ようやく、通り抜けられるほど鉄扉が開いた。
「行ってくる」
英治は第〇室の奥へ駆け出した。
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