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【SF小説】 母なる秘密 4-6

【あらすじ】
高校三年生の林英治は、幼い頃に父が他界し、母の美絵子と二人で暮らしていた。ある日、母の言動に立て続けに異変を感じた英治は、何者かが母になりすましているのではないか、と疑念を抱く。その正体を追った先で、英治は驚愕の真実に辿り着く。

 エレベーターの扉が開き、中から武装した戦闘員が五、六名飛び出してきた。

 戦闘員が素早く展開し、ライフル銃を構える。倉庫室の入口に立っていた英治は、反射的に両手を挙げそうになったが、その奥に江波の姿を確認し、咄嗟に手を引っ込めた。

「来るんじゃねえ!」

 亮平が英治を後ろから抱き寄せ、十徳ナイフの刃をその首に近づけて言った。彼は片足を倉庫室に入れ、開いた扉を押さえている。

「銃を捨てろ。じゃないと、こいつを殺す!」

「貴様!」

 江波の怒号が廊下に響き渡った。目覚めたばかりとは思えない気迫で、その前に並ぶ戦闘員よりも物騒だ。

「構わん。撃て!」

 江波が手刀を振り下ろし、合図を出した。英治が動けずにいると、亮平が力ずくで彼を倉庫室に投げ入れ、自らも部屋に飛び込んだ。

 大粒の雨が屋根を打つように、銃声が鳴り始めた。コンクリートの壁の砕ける音が、それをはやし立てる。

 英治は床に伏せたまま、たまらず耳を塞いだ。どう考えても、麻酔銃ではない。

 それでも、部屋の扉が閉まったのはわかった。すぐに銃声も鳴りやんだ。

 恐るおそる顔を上げると、すでに亮平がダストシュートの蓋を開けていた。英治は己の役割を思い出し、急いで扉の鍵を閉めた。

「それじゃあ、あとは言った通りに」

「あの……」

 英治は亮平に感謝を伝えようとしたが、背後の扉が激しく叩かれ阻まれた。

「それは、また会うときのために取っときな」

 亮平が小声で言った後、蛸のように滑らかな身のこなしで、ダストシュートに颯爽と消えていった。その蓋がひとりでに閉まる。

 それから十秒もしないうちに、鍵が破壊され、戦闘員が部屋になだれ込んできた。

「対象いません。おそらく、あそこから逃げたのでしょう」

 戦闘員が銃の先でダストシュートの口を指した。江波が威厳に満ちた歩みで、部屋に入ってくる。

「そのようだな。よし、地下二階及び建物の裏手に警備を固めろ!」

 江波が右耳に手を添えて言った。無線で指示を出したのだろう。

 彼がこちらを向く。

「大丈夫か?」

「はい……」

 と、英治は今にも消え入りそうな声で答えた。演技ではなく、疲労困憊していた。

「やつに脅され、第〇室に入れてしまいました。中で何があったのかはわかりません」

「そうか……。とにかく、私は林美絵子を確認する。お前は上に戻れ」

「はい」

 英治は江波の脇を抜けた。駿馬の足音のように、鼓動が加速する。一秒でも早くこの場から離れたい、とはやる気持ちを顔に出さないよう、懸命に努めた。

「おい」

 と、江波が英治を呼び止めた。作戦を見抜かれたのだろうか、と怖気立ちながら、英治は振り返った。

「今回のことで、お前にも私にも、厳しい処分が下されるだろう。覚悟しておけ」

「……はい」

 胸を撫で下ろす余裕などなかった。江波の目には、破壊的な感情の昂りを理性で無理にねじ伏せたような、気味の悪い冷たさが宿っていた。

 英治は顎が震えないように歯を食い縛り、何とか前を向いた。


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