【SF小説】 母なる秘密 4-7(最終話)
部屋を出て、廊下を渡る。
エレベーターに辿り着くまで、生きた心地がしなかった。ボタンを押すと、すぐに扉が開き、英治はそそくさとエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターが動き始める。もう少し頑張れ、と英治は何度も自分を鼓舞した。
一階に到着し、エレベーターを降りた。ロビーには誰もおらず、警報器の音が虚しく響いている。吹き抜けの見通しの良さに不安を煽られ、彼は壁を這うようにして出入口に向かった。
亮平は監視カメラの不具合の他にも、警備システムに爆弾をしかけたらしい。緊急時にもかかわらず、出入口は封鎖されずにいた。
自動ドアが開き、英治は研究所を出た。
ずいぶんと長い間、地下にいたように感じられたが、まだ日は沈みきっていなかった。駐車場が茜色に染められている。
英治は車と車の間を縫い、駐車場を抜けた後、山道に入った。三分ほど駆けたところでジャケットを脱ぎ、林の中に放り投げた。
そして、新田の姿から変身を解いた。
亮平の作戦は、彼が林英治として囮になり、その隙に英治が新田の姿で逃げる、というものだった。戦闘員が地下に降りてくるまでに、彼らは服を交換し、白衣はダストシュートに捨てておいた。
もっとも、亮平も捕まる気はなかった。彼は階を下ったのではなく、ダストシュートを通り、上階へ向かったのだ。モルフの民の身体能力があってこそ、為しえる技だろう。
その後、亮平は適当な人物に変身して身を隠し、頃合いを見計らって逃げる、という手筈だった。
亮平の身が心配だが、今の自分にできるのは前に進むことだけだ――英治は、強い覚悟で右の鎖骨を三度叩いた。他に適当な人物が思いつかず、ひとまずクラスメイトのサッカー部のエースに変身した。
ズボンのポケットから、スマホとUSBメモリを取り出す。
いつ戻れるかわからない亮平に代わって、そのUSBメモリを彼の仲間に届けるよう、英治は任されていた。USBメモリには、NEXTが行ってきた人体実験のデータが入っている。
英治はスマホを起動し、亮平の仲間の番号に電話をかけた。彼らが英治の逃亡を手助けしてくれるそうだ。
合流したら、俺も研究に加わろう――。
呼出音が鳴る。
英治は手持ち無沙汰で空を見つめた。宇宙船のように大きな黒々とした夏の雲が、こちらに近づいてくる。
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