砦 稚加
雲を掴みたかった男と雲から目を背けた男と、三毛猫の話。
一話完結の短いお話を集めました。あまりハッピーではないかもしれません。
翌日。昨夜の騒動を問い詰めようと、夏生は初めて馨の教室へ自ら赴いた。里香を巻き込んでいたことも気に食わなかったが、何より払拭しきれない違和感を解決したい気持ち…
昨日の夜は流星群だったから、たくさんのお願いごとを考えていた。それでも、願おうと思ってみても、頭の中を過ぎることは過去の後悔ばかりだった。あの時こうしていれば…
夏生が電話に出ると、予想を裏切って受話口の向こうは静まり返っていた。一度スマートフォンを耳から話して、表示された番号を里香に確認させるが、眉を八の字にしてか…
その日の夜、夕飯を終えた夏生は煮え切らない気持ちを抱えながら自宅を出た。夏生の住む団地には中庭がある。そのため7階建ての建物の中央部分が最上階まで吹き抜けとな…
里香は、昔からとにかくひどい泣き虫だった。小学校に入学してすぐ父親を亡くして、母と姉と女ばかりの三人暮らし。朝早くから深夜まで働きに出る母親と、アルバイトで家…
その日、夏生は珍しく馨と猫探しに行かずに、柴田と悠一と連れ立って、街中にあるファミリーレストランでダラダラと時間を持て余していた。馨とつるみはじめてから一ヶ月…
雄の三毛猫を探して、三日目のことだった。毎日毎日どうして付き合っているのかと思いつつ、それほど嫌な気分ではないことが、夏生自身も不思議だった。 わかってきた…
「アイちゃん」 馨との奇妙な邂逅の翌日、登校した夏生に声を掛けてきたのは、いつもつるんでいる仲間の一人、柴田だった。名前で呼ばれるのを嫌っている夏生のことを、…
金儲けのために三毛猫の雄を探すという、変な男の言うがまま、夏生は午後の授業を抜け出して学校近くの河川敷まで足を伸ばしていた。猫を探す気などさらさらないし、なぜ…
相田夏生(あいだ なつお)は、平凡な男だった。夏休みが明ける9月1日に生まれた所為で、誕生日が嬉しいのか哀しいのかわからなかったことを除けば、飛び抜けた長所も短所…
体の中を空っぽにするかのように、深く深く息を吐いた馨(かおる)はその場でゴロリと寝転がり、右手を空へと伸ばした。そのまま掌を握ったり閉じたりしながら、開いた指の…
雨が、降っていた。 いつものことだった。ここ数年、雨が降らない日は見たことがない。大地は根腐れを起こし、もうもうと立ち込める霧のような臭気に慣らされて、それでも…
2018年5月31日 19:02
翌日。昨夜の騒動を問い詰めようと、夏生は初めて馨の教室へ自ら赴いた。里香を巻き込んでいたことも気に食わなかったが、何より払拭しきれない違和感を解決したい気持ちが強かった。本当に、何もなかったのか。ただ猫の集会を覗き見していただけなのか。なぜ、自分の携帯番号を知っていたのか。得体の知れない焦燥感にかられていた。「木谷くんなら、今日休みだよ」 いきおい乗り込んだものの、クラスメイトの一言であ
2018年5月29日 11:24
昨日の夜は流星群だったから、たくさんのお願いごとを考えていた。それでも、願おうと思ってみても、頭の中を過ぎることは過去の後悔ばかりだった。あの時こうしていればよかった。もっと違う選択肢があったのに。そう考えていると、私の願いなんて「過去に戻りたい」それだけなんじゃないかって思えてきた。 そんな昨日のできごとを、学校に向かう途中でクラスメイトのサヤコに何気なく話してみた。「マナさぁ、ほんと
2018年5月23日 16:29
夏生が電話に出ると、予想を裏切って受話口の向こうは静まり返っていた。一度スマートフォンを耳から話して、表示された番号を里香に確認させるが、眉を八の字にしてかぶりを振った。そもそも、電話番号から電話を掛けることなんて、ほとんどない。仲の良い間柄でも、SNSやメッセージアプリのIDを交換するだけで、電話番号を聞くことなんて数えるほどだった。だが、それでも夏生には、この通話が馨からのものであると
2018年5月21日 11:43
その日の夜、夕飯を終えた夏生は煮え切らない気持ちを抱えながら自宅を出た。夏生の住む団地には中庭がある。そのため7階建ての建物の中央部分が最上階まで吹き抜けとなっており、周辺に位置する部屋同士は、空間を挟んでお互いの家を認識しやすい設計になっている。 里香が暮らす部屋は、夏生の家から中庭の吹き抜けを挟んだ正面に位置する。彼女の姉は3年ほど前から一人暮らしを始め、母は今でも遅くまで仕事をしている
2018年5月20日 11:38
里香は、昔からとにかくひどい泣き虫だった。小学校に入学してすぐ父親を亡くして、母と姉と女ばかりの三人暮らし。朝早くから深夜まで働きに出る母親と、アルバイトで家計を支える歳の離れた姉。突然訪れた家族の不在に耐えられず、泣いてばかりいた里香は、気がつけば夏生の家に預けられることが多くなっていた。「ナッちゃんは意地悪だから、ユウちゃんに遊んでもらうんだからね」 零れそうなほどに、大粒の涙を溜め
2018年5月19日 18:03
その日、夏生は珍しく馨と猫探しに行かずに、柴田と悠一と連れ立って、街中にあるファミリーレストランでダラダラと時間を持て余していた。馨とつるみはじめてから一ヶ月と少しが経っていた。その間、ほとんどの放課後に馨に捕まり「猫を探すぞ」と狭い街のあちらからこちらへと連れ回されていた。もう探すところなんて、どこにも無い気がした。それでも馨は、満面の笑みで夏生を迎えに来るのだ。 今日その馨がいないのは、
2018年5月19日 12:16
雄の三毛猫を探して、三日目のことだった。毎日毎日どうして付き合っているのかと思いつつ、それほど嫌な気分ではないことが、夏生自身も不思議だった。 わかってきたことがある。 馨は生徒会副会長に当選したものの、他の役員はほぼ三年生な上、思い出づくりに生徒会に入ったという、やる気がある人間ばかりだそうで、馨はその外見の良さと人気から、客寄せやイベントの当日運営くらいにしか関わらせてもらえないこと。
2018年5月19日 09:03
「アイちゃん」 馨との奇妙な邂逅の翌日、登校した夏生に声を掛けてきたのは、いつもつるんでいる仲間の一人、柴田だった。名前で呼ばれるのを嫌っている夏生のことを、ほとんどの友人がこのあだ名で呼んでいる。「昨日サボったろ。俺言い訳してやったんだからな。ノートも取ってやったんだし」「そりゃ、どうも」「冷たっ。ラーメンくらいおごるべきだと思う」「頼んでねぇよ」 夏生は苦笑いで躱して、
2018年5月18日 20:52
金儲けのために三毛猫の雄を探すという、変な男の言うがまま、夏生は午後の授業を抜け出して学校近くの河川敷まで足を伸ばしていた。猫を探す気などさらさらないし、なぜ素直についてきてしまったのかはわからないが、不思議と嫌な感じはしなかった。「キヤ、カオル……って言ったっけ? あんた」 川面に向かって石投げをする馨の背を見ながら、夏生は舗装された遊歩道に腰を下ろした。夏生も身長は高い方ではないが、
2018年5月18日 14:06
相田夏生(あいだ なつお)は、平凡な男だった。夏休みが明ける9月1日に生まれた所為で、誕生日が嬉しいのか哀しいのかわからなかったことを除けば、飛び抜けた長所も短所もない。170センチの身長に鍛えがいのない薄い胸板、公立の中堅高校で中の下の成績を常にマークする、バスケット部の幽霊部員だった。高校時代は適当な仲間とくだらない話をするだけの日々を過ごしていた。 可もなく不可もなく。 どこにでもあ
2018年5月18日 13:17
体の中を空っぽにするかのように、深く深く息を吐いた馨(かおる)はその場でゴロリと寝転がり、右手を空へと伸ばした。そのまま掌を握ったり閉じたりしながら、開いた指の間から漏れる陽光に時折目を細めている。いくばくかの不審を感じながらも、夏生(なつお)は自らも傍らに寝転がると静かにそよぐ風を鼻先で弄んだ。「俺さ」 不意に馨が呟いた。言葉にはせず、目線だけで相槌を打つ夏生に少しだけ笑顔を見せて、馨
2018年5月18日 11:35
雨が、降っていた。いつものことだった。ここ数年、雨が降らない日は見たことがない。大地は根腐れを起こし、もうもうと立ち込める霧のような臭気に慣らされて、それでも僕たちは生きていた。世界は、ゆるやかに終わろうとしているのだと思う。どこかで聞き飽きた陳腐な言葉でしかないけれど、終焉とはこんなにも穏やかなものなのかと、僕は今日も窓の外を見つめている。「準備、できた?」不意に、窓越しに視線が