【連載】雲を掴んだ男 05/年下の女の子
その日、夏生は珍しく馨と猫探しに行かずに、柴田と悠一と連れ立って、街中にあるファミリーレストランでダラダラと時間を持て余していた。馨とつるみはじめてから一ヶ月と少しが経っていた。その間、ほとんどの放課後に馨に捕まり「猫を探すぞ」と狭い街のあちらからこちらへと連れ回されていた。もう探すところなんて、どこにも無い気がした。それでも馨は、満面の笑みで夏生を迎えに来るのだ。
今日その馨がいないのは、何のことはない。今月末に迫った体育祭の打ち合わせで、生徒会役員が全員駆り出されたからである。その隙を突いて、夏生は久しぶりに無意味で平和な時間を手に入れたのだった。
「ねぇ夏生さ、いつも木谷くんと何して遊んでるの? 合コン?」
ドリンクバーから奇怪な色の飲み物を携えて戻ってきた柴田が、席につくなり口火を切った。
「おまえ、ほんとソレばっかりだな。ていうか、それ何のドリンクだよ」
「コーラとメロンソーダを混ぜたらひどい色になったから、カルピスで薄めたんだよ」
夏生の問いに、自信たっぷりに柴田が答える。どうしたらそういう思考になるのかはわからないが、理解できないほうが正しいと結論づけて、夏生はソファーの背もたれにどっかと背中を預けた。
少し前までは、こうして何人かでゲームセンターやらファーストフード店やらで、何をするでもなく過ごすことが多かった。もちろん、今日のように三人だけというわけではなく、日によってメンバーは異なっていた。バイトだったりデートだったりで、つるむ友人が固定されることはまずない。その分、深い付き合いかと聞かれればそれほどでもないような気もしてくる。
「木谷、いいやつだろ」
ドドメ色のドリンクに口をつけるなり吹き出している柴田の横で、悠一が嬉しそうに笑う。
「変なやつだよ。一ヶ月も居もしねぇ猫を探してやがる」
「猫?」
聞き返された夏生は、はっとして思わず視線を外した。別に隠すことではないのかもしれないが、話すことではないと思った。
「いや、なんでもねぇ」
悠一は短く頷くと、ふと窓の外を見遣った。長い付き合いになる友人だが、口数は多くなく誰とでも一歩引いた立ち位置で接するところのある男だ。それでも、いや、だからこそ信用に足る人物だと夏生は感じていた。
「あれ、里香ちゃんじゃないの」
呆けたような悠一の声につられて、夏生も首を回して窓際を眺めた。見ると、店のすぐ前の横断歩道に見覚えのある少女が立っている。
「里香だ」
里香というのは、夏生と悠一の幼馴染。夏生とは今も同じ団地に住んでいる、ひとつ年下の女の子だ。彼女は陸上部に所属しており、いつもはこの時間には部活に勤しんでいるはずだった。
二人が窓越しに見つめていると、視線に勘付いたのか里香は、くるりと制服のスカートを翻してこちらを振り返った。夏生たちの姿を見つけると、驚いたように目を見開いた後、すぐさま駆け足でレストランへと向かってきた。
「わぁぁ、里香ちゃん! 里香ちゃんが来るよ。やべぇぇぇ、俺こんなもん飲んでるよ!」
女と見ると落ち着きがなくなる柴田は、中でも里香のことをすこぶる気に入っていた。ずば抜けた美人ではないものの、体育会系特有の均整の取れたスタイルと、一方で大きな瞳をくりくりと動かす愛嬌を持ち合わせている。そのため、柴田はいつも良いところを見せようと張り切るのだが、当の里香はまったく眼中にない用である。
「ナッちゃん、ユウちゃん、何やってんの?」
事実、店に飛び込んで来た里香が声を掛けたのは幼馴染の二人に対してだけだった。
「何もしてねぇよ。いちいち来んじゃねぇよ」
夏生がつっけんどんにあしらうと、里香は丸い瞳を限界まで薄く閉じて睨みつけた。
「そんなこと言うなよ、ナツ。里香ちゃんこそ、どうしたの。部活は?」
「あ、今日はちょっと用事があって。お休みした」
夏生とは正反対に穏やかに話す悠一を見て、里香は少しだけ頬を赤らめた。以前から思っていたが、里香はおそらく悠一が好きなのだ。小学生の頃、悠一が引っ越しで団地を出ていく時も、彼女は夏生にしがみついて延々と泣き続けていた。
「へ、へぇ。よ、よう、用事って里香ちゃん、まさかデート…とか」
どうにかして話に入りたかったらしい柴田が、ドドメ色ジュースを両手で隠すように包み込みながら声をかけた。
「あ、柴田さんもいたんですか」
途端に冷たい言葉を投げる里香に、柴田は肩を落とすと、ほとんど無意識にストローに口をつけた。
「まぁ、でもデート……かな?」
柴田が再びドリンクを吹き出す。ただ、驚いたのは夏生も同様で、悠一と里香の顔を交互に見ながら問いかけた。
「おい里香、おまえデートって」
「あ、遅れちゃう! じゃあまたね!」
夏生の追求には答えようともせず、里香は早々に三人の前から立ち去ってしまった。
「悠一、里香のやつ誰とデートなんだ?」
「俺が知るわけないでしょ。いいじゃん、もう高校生なんだし」
「そうじゃなくて」
おまえはいいのかよ、と出かかったところで夏生はまたもや瞠目することになった。店を出た里香が駆け寄って行った先にいたのは、他でもない馨だったからだ。
「あいつ、今日生徒会だって言ってたぞ」
何より、里香と馨では学年も部活も違うし、接点が見出だせない。混乱を隠せない夏生は、無言のままでもう一度、悠一の顔を見た。
「ナツ、取られちゃうかもよ。里香ちゃん」
悠一が口の端だけで笑う。
「別にあいつと俺はなんでもねぇよ」
ただ、昔から里香は悠一のものだった。だからこそ、夏生の胸はざわついていた。
>>06/面影と焦燥 に続く
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