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天気のこと。季節のこと。

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その瞬間にだけある色、音、匂い。 うつろう風景。
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2023年5月の記事一覧

迷う四季

迷う四季

季節がすべて前倒しになっている。
紫陽花も、雨の季節も、台風も、プールの授業も。
それでも、スーパーの鮮魚コーナーに並ぶカツオにすこしホッとしたりする。
あぁ、まだ世の中に初鰹は存在しているのだと。

もう数十年も前の話。
父親がひまわりの写真を見せてくれると言ったことがある。
なぜ父が花なんてと少々疑問には思ったが、きっととてもきれいなのだろうと期待を膨らませていた。

ところが、父が見せてくれ

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風を躱す。

風を躱す。

家からすこし行ったところに、緑の濃い場所がある。
桜やイチョウにはじまり、名を存じ上げない木々が生い茂る。
どの木も結構な年齢のようだけれど、空が見えないほどぎっしりと葉が覆っていて。
いつも濃緑の影が揺れる下を、自転車で走り抜ける。

そのたび、立ち止まってあの緑のひと枝ひと葉を見たいという衝動に駆られる。
しかし過ぎる時間に逆らえず、その日はなかなかやって来ない。
ついひと月前は、すべての枝葉

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風ひと匙

風ひと匙

いつも仕事が終わると、その日の残り時間はほとんど台所に籠っていると言っても過言ではない。
手際が悪いのか、余裕に見合わないものをつくりすぎなのか。
夕食の準備に片付け、翌日の仕込みを入れると四、五時間は流しとコンロの前に身体が固定されている。

そんな台所に時折、風が吹く。
なにぶん、住み古した家である。
コンロ奥にある窓の枠下には隙間ができ、運の悪い年はそこから蟻が隊列を組んでやって来る。
亀裂

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緑の伝言。

緑の伝言。

一歩庭に足を踏み入れると、真緑の光で溢れていた。
色とりどりの花はいつの間にか姿を消し、足元に散らばる僅かばかりのパンジーが点々と揺れる。
雨が降り出し、緑はすっかり露を纏って、きらきらと輝きを増して。
ひときわ光っていたドクダミを思わず摘み取りそうになってしまった。

葉がいちばん美しいのは、やはり雨の日だろう。
殊にこんな新緑の時期は、水を得た魚ならぬ、水を得た葉とでもいうべきか。

人とその

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甘やかな雨。

甘やかな雨。

ラジオから「You've got a friend」が流れている。

雨が降れば、止むのを待つ。
飴を頬ばれば、やがて溶けていく。

あちらが透けて見えるのに、たしかにそこにある。
「あめ」は溶けて流れて消えて、変化し続ける。

やまない雨はない。
とけない飴はない。

雨はとめられない。
飴も、結構やめられない。

舌の上が甘いうちに、来るかも知れぬ晴れ間の予定を立ててみる。

雨はやまない。

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