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<創作大賞>夢幻想のふたり~剣姫あるいはIT女子~【12】
【12】朝菜
あさひるコンビは、十九時七分にフェニックスコープのセキュリティドアを通過した。
ネックストラップで社員証を付けていれば、自分に許可された区域の自動ドアは開く。ふたりは、アクセス権が一番低い自分のオフィスには、出入り自由となっている。
ドアが開くと背の高い、たくましい体格の男と鉢合わせになった。付属高校の制服だ。
「おっ」
「あれ、比留間。戻って来たのか」
「うん、忘れ物を取
<創作大賞>夢幻想のふたり~剣姫あるいはIT女子~【11】
【11】エディス
尾行中の、ひとりの警備兵が戻ってきた。
ケントは報告を聞くと、その警備兵に素早く指示を与え、王城へ走らせる。もうひとりは、逃走したアリエスを今も尾行している。
アリエスは行き交う人が多い通りを選んで歩きまわり、最終的には黒猫通りの一画にある建物に入ったと報告された。
黒猫通りとは、多くの露天商が店を出す、にぎやかな通りだ。食料品、生活必需品もあれば、盗品も平気で店先に
<創作大賞>夢幻想のふたり~剣姫あるいはIT女子~【10】
【10】朝菜
二十時三十分、夜のオフィス。
人は少ないが、無人ではない時間帯。完全に独りで残っていれば逆に疑われるが、これくらいであれば大丈夫だろう。
比留間が、机の上に置いて帰ったノートパソコンをさりげなく持って、空いている会議室にすべり込む。パソコンを起動すると、比留間のIDとパスワードでログインする。
これくらいは、すぐに調べられた。社内サーバ内で比留間に割り当てられたフォルダを
<創作大賞>夢幻想のふたり~剣姫あるいはIT女子~【9】
【9】エディス
アリエスは、一睡もしなかった。
窓の鎧戸の隙間から漏れる光で、朝が来たことが分かった。その部屋には寝台があったが、横にはならず、椅子に座ったまま夜を過ごした。警備兵が置いていった、蝋燭の火が尽きようとした頃、朝日が射したのだ。
先程、兵が一人入ってきて、食料が載った盆を下げていった。その時に、開けた扉の向こうに知った顔が見えた。ジョイスだ。おそらく、自分の身元を調べるために
<創作大賞>夢幻想のふたり~剣姫あるいはIT女子~【8】
【8】朝菜
朝菜はメロンソーダを、比留間はアイスコーヒーを注文した。
二人は会社の最寄り駅のビルにある、ファミリーレストランに立ち寄っていた。まだ夕方の早い時間なのに、意外と席は埋まっている。
午前中の会議を終え、午後の授業をこなした放課後、比留間が朝菜を誘ったのだ。疲れてるから早く帰ればいいのに、と言いながら朝菜はOKした。
「お疲れさまでした」
まだ、アルコールは飲めないが、乾杯の
<創作大賞>夢幻想のふたり~剣姫あるいはIT女子~【7】
【7】エディス
カダン商会で、アリエスは身柄を拘束された。
警備兵に周りを囲まれて、身柄を鈴蘭亭へ移される。宿の主人と会わせ、首実検するためだ。カダン商会には、ケントの提案で隠れて見張りを立て、ジェイ・イライアスが姿を現すのを待つことになった。
エディスがアリエスと対峙していたときに、飛び込んできたのは副隊長ケントだった。カダン商会の発見を知らせるようエディスに命じられた警備兵は、ケントと
<創作大賞>夢幻想のふたり~剣姫あるいはIT女子~【6】
【6】朝菜
比留間のノートパソコンの画面の中で、小さい生き物が眠っていた。
コンピュータ・グラフィックで描かれたアニメーションだ。目を閉じて、丸まっている。時々、呼吸をしているように、背中がふくらむのがリアルだ。困惑した様子で、朝菜が尋ねた。
「何これ、たぬき?」
「犬ですよ。まだ、子犬です。かわいいでしょ」
比留間は自慢げに答えた。
フェニックスコープの会議室で、朝菜と比留間は三日ぶ
<創作大賞>夢幻想のふたり~剣姫あるいはIT女子~【5】
【5】エディス
日が沈み、月が夜を連れてきた。
雲の無い空には、星が瞬いている。いつもならば夜空を飾る星の光は人々の目を引き付けるが、今日ばかりは地上の光のほうが勝っていた。
城下町中が、篝火の光で明るく照らされ、昼間のようだ。アストリアム王国の警備兵が、町の通りという通りを埋め尽くすように、篝火を配置していた。暗闇をこの世から追い払おうとするかのようだ。突然の警備兵の行動に、町人達は恐怖
<創作大賞>夢幻想のふたり~剣姫あるいはIT女子~【4】
【4】朝菜
朝菜は朝から、思い悩んでいた。
今日はフェニックスコープのオフィスに出社している。まだ朝早いので、休憩室は朝菜以外誰もいない。紅茶のペットボトルを手に、ソファーに座っているが、キャップは閉まったままだ。制服のフレアスカートは明るいグレーで、普段はかわいいと思っているが、今に限っては曇り空の色に見えていた。
「どうしようか」
解決はしないが口にしてみる。悩みがちな性格であることは
<創作大賞>夢幻想のふたり~剣姫あるいはIT女子~【3】
【3】エディス
エディスは、ぼんやりと目を覚ました。
自室の寝台の上だ。窓の鎧戸から外の光が漏れて、部屋の中は薄暗い。鳥の鳴き声や城で働く者の話し声で、朝だとわかる。まだ頭が覚め切らなくて、寝返りをうって枕に顔をうずめた。
一晩中、強盗殺人犯を追って城下町を探索していたのだが、結果は出なかった。あきらめて王城の自室に辿り着いたのは、そろそろ夜も明けようとしている頃だった。
疲れから倒
<創作大賞>夢幻想のふたり~剣姫あるいはIT女子~【2】
【2】朝菜
首無しの死体が、まぶたの裏側にちらついていた。
石畳に流れた血の色が、妙にリアルだと感じる。
まだ目覚めてないんだ、と思った。
大きめの電子音が、狭いワンルームの部屋に響く。窓ガラスは半透明で、部屋の中は薄暗い。ベッドの上にお餅のような掛布団の山がある。
その中から白い手が伸びて、サイドテーブルに置いたスマートフォンをつかんだ。そのまま、手は掛布団の中へ戻ってゆく。アラー
<創作大賞>夢幻想のふたり~剣姫あるいはIT女子~【1】
【1】エディス
犯罪にはもってこいの夜ではないか。
月には雲が掛かり薄暗い。頼りになるのは点々と置いてある燃え残った篝火の光だけだ。時おり遠くから聞こえる下品な笑い声以外は、人の気配は感じられない。深夜の城下町は、冷えびえとしていた。
騎士姿のふたりが、馬に乗り町中をゆっくりと移動していた。石畳に打ちつける蹄の音が、石造りの建屋に虚ろに響く。
ふたりは軽装の鎧に長靴を履き、頭には何も付
【創作大賞2024応募作品 ミステリー小説部門】神の罠はサケられない(5・完結)
並んだ、ビタまんの二人が、のろのろと動き始める。杉元酒造の事務所スペースへ一歩進んだ。香澄が、どうしたものかとエディスの方を伺う。
「そこから、どう動きましたか」
「明かりが見えたので、ドアを開けて、さらに奥へ入りました」
「不法侵入ですよ。どちらが、入ろうと言いましたか」
美和が小さく手を挙げた。エディスは再現するよう促した。
「誰かいそうだから、入ろう」
美和は蚊の鳴くような声で言った
【創作大賞2024応募作品 ミステリー小説部門】神の罠はサケられない(4)
警察と言われ、胸騒ぎがした。仕方なく、そっとドアを開ける。ただし、チェーンは付けたままなので、開いたのは十五センチほどだ。短髪でスーツ姿の男が見えた。
「牧原香澄さんですね。N県警の者です」
「ドッキリ企画の続きじゃないですよね」
男は無言で警察手帳を提示した。本物の刑事のようだ。
「お話を聞きたいので、ご同行いただけますか」
刑事の言葉は、丁寧だが有無を言わせぬ力を感じさせた。
「あの、
【創作大賞2024応募作品 ミステリー小説部門】神の罠はサケられない(3)
「泥棒にしては、珍しいな。女ふたりとは」
男が姿を現した。黒縁の眼鏡。衛生のためか白い帽子、白いマスクを付けている。声からすると四、五十歳だろうか。木製のスコップを手にしている。ブンジと呼ばれる、蒸したコメをかき混ぜる硬い木の道具だ。
「ここには金目の物なんてないぞ。痛い目にあう前に、出てい行け」
ブンジを突き付けられて、ビタまんは慌てた。
「いやいや。違うんです」
「ごめんなさい。誤解です
【創作大賞2024応募作品 ミステリー小説部門】神の罠はサケられない(2)
二日後の日曜日、ビタまんの二人はN県S市の中でも比較的大きな駅で電車を降りた。二つの路線が交わるターミナル駅だ。もう、午後一時をまわっている。
前田から依頼を受けた翌日午後、香澄のアパートで作戦会議を開いた。まずは人が多くいる駅まで行って聞き込みをする、というのが立てた作戦だ。知らない土地で探し物をするなど元から無謀だから、やってみるしかないというのが結論だった。
もちろん、ネットやSNS