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<創作大賞>夢幻想のふたり~剣姫あるいはIT女子~【7】

【7】エディス
 カダン商会で、アリエスは身柄を拘束された。
 警備兵に周りを囲まれて、身柄を鈴蘭亭へ移される。宿の主人と会わせ、首実検するためだ。カダン商会には、ケントの提案で隠れて見張りを立て、ジェイ・イライアスが姿を現すのを待つことになった。

 エディスがアリエスと対峙していたときに、飛び込んできたのは副隊長ケントだった。カダン商会の発見を知らせるようエディスに命じられた警備兵は、ケントと行き合っていたのだ。
 状況を理解したケントは、カダン商会へ急行する。そして、エディスの姿がないと見るや、すぐさま建物の中へ踏み込んだ。

 暗闇の中、まずケントが耳にしたのは激しい息遣いだ。重い荷を肩に担いで運ぶ男達が発するような呼吸の音が聞こえていた。さらに、明かりを持ってこさせて、目にしたのは異様な光景だった。

 灰色の服の女が腕を掴まれ、それに全力で抗っている。その女の腕を掴み逃すまいとしているのは、エディス王女だ。二人はうなり声をあげ、渾身の力でぶつかり合っていた。警備兵が二人を引き離したときには、地面に倒れ込んで動けなくなる程だった。

 アリエスの移送に同行したエディスは、鈴蘭亭から部屋を借り上げた。お世辞にも美しい部屋とは言えないが、緊急事態では贅沢は言えない。椅子に腰かけたエディスに、ケントは首実検の報告をした。

「宿の主人は荷物を引取りに来たのは、アリエスだと証言しました。エディス様の話と合わせると、ジェイ・イライアスの仲間である可能性が、高くなりました」
 ケントは、自ら立ち会ってその証言を得ていた。

「アリエスは何と言っている」
「知らぬと言った後、完全に黙秘です。今はここの客室に、見張りを付けて監禁しています」
「あなどれない奴だ。ちから勝負で、わたしと張り合えるなど、並みの女ではないぞ」
 エディスは、どこか自慢げだ。しかし、並の男が敵わないのだから、仕方がない。

「お互い鍛え方が、普通と違ったのでしょう」
「十歳の頃から、毎日長剣の素振り千回だったが」
「それが、普通と違うのです」
 エディスは好きが高じて剣技の道に入ったため、訓練の度合いに限界がない。毎日倒れるまで、剣を振っていた。それだけでは剣技の腕前は上がらないものだが、素質に恵まれたのだろう、指南役のカイドン老師に肉薄するまでになったのだ。

「もう一つ、聞いていただきたいことがございます」
 ケントはあらたまって、真剣な表情だ。
「カダン商会に着いたとき、お姿が見えなかったことです」
「何のことだ」
 エディスは不満げな口調で、顔をそむけた。ケントに責められていることに気付いたからだ。
「おひとりで、中へ入るべきではありませんでした。なぜ、応援を待たなかったのですか」
「中に人の気配があって、逃げようとしていたからだ。目の前で逃したとなれば、兵達に顔向けができん」
「そうであっても、お命を危険にさらしたことの言い訳にはなりません」
「嫌な言い方だな」
 エディスは、ムッとした顔になった。

「それでも言わせていただきます。エディス様は指揮官です。部下に突入しろと命令することはあっても、自ら火中に飛び込むべきではありません」

 あの場面の判断は間違っていなかったと、エディスは確信している。しかし、ケントの言いたい事も充分理解できた。母親にも前に出過ぎるなと、注意されたではないか。
「これからは…… 気を付けよう」
 エディスは小声でつぶやいた。恥ずかしくなり、目をそらす。

「あれ、やけに素直ですね。怒られると思ったのに」
 ケントは軽口を叩いた。エディスの反省の気持ちが伝わって来たからだ。
「うるさい、うるさい。疲れたから仮眠をとる。あとはお前に任せた」
「御意」
 ケントが一礼して、後ろへ下がった。

「ケント。無理し過ぎるな」
 エディスは、今日自分と同じように走り続けてきた部下を気遣った。
「ありがとうございます。まだ、大丈夫ですよ。素振りは毎日千五百回でしたから」
 ケントはわざと胸を張りながら歩いて、部屋を辞した。

「口の減らない奴だ。まあ、信頼は置けるのだが」
 部屋を出てゆく姿を見送ると、エディスは胸と腕の鎧をはずして、寝台に横になった。すぐに睡魔が襲ってくる。夜明けは、まだ来ない。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 城下町の騒がしい一夜が明けようとしていた。仕事で早起きの町民達は、ごそごそと寝床から這い出してきた。そして、家族や隣近所と顔を合わせると昨夜の騒ぎは何だったのかと、噂話を始めた。

 しかし、本当の出来事を知るものなどおらず、いつも通りの生活が始まるのだった。やがて、南西地区の倉庫街にも朝の光が差し始めた。

「小隊長。フィン・モルダー小隊長!」
 仮眠をとっていたフィン・モルダーは、部下に肩を揺すられ目を覚ました。隠れてカダン商会を見張っていたが、交代して壁にもたれ、寝入ったばかりだった。

「どうした。奴が現れたか」
「扉を開けて、中へ入る人影が見えました。ジェイ・イライアスかどうかはわかりません」
 見張っていることを悟られないように距離をとっていたため、顔までは識別できない。

「関係者であることに違いないだろう。捕らえるぞ。皆に伝達だ」
 部下が離れて見張っている仲間に、手で合図を送る。ふたりの警備兵が、薄暗い路上に姿を見せた。ゆっくりと、カダン商会の建物へ近づいてゆく。
「よし。俺達も行くぞ」

 フィン・モルダーは、鎧が音を立てないように慎重に動いた。そっと建物に近寄ると、扉の中を伺った。足音や何か引きずるような物音が聞こえる。何者かが中にいることは確実だ。小隊長は振り返り、部下を見廻して頷いた。

 扉を開けると、警備兵達が一斉に雪崩れ込んだ。奥の倉庫に人の姿が見える。取り囲んで拘束すると、明るい所まで引きずり出した。見ると、それは一人の少年だった。

「お前、何者だ」
 フィン・モルダーが、少年の顔を見ながら尋ねた。十二、三歳位だろうか、突然の暴力に怯え、目に涙を浮かべている。
「こ、ここの雇われ者です。な、なにも悪いことはしてませんよ」
「誰だ。誰に雇われている」
「ここのご主人です。イライアスさんです」
 少年の声は震えている。

「やはり、ジェイ・イライアスの隠れ家だったか」
「誰ですか。ジェイって」
「何だ?」
「うちのご主人は、ジェイなんて名前じゃないです」
 少年は首を横に振った。

 顔が真っ青で反抗する様子もないので、フィン・モルダーは部下に合図して少年を解放してやった。床にへたり込んだ少年に、さらに尋ねる。
「でも、イライアスなんだろ。ジェイ・イライアスじゃないのか」
「違います。うちのご主人は、アリエス・イライアスです」

「ふん。昨日捕まえた女の方か。アリエスが、ここの主人なんだな」
「何言ってんですか。うちのご主人は男ですよ」
 もう一度、少年は首を横に振った。

 フィン・モルダーは、少年の言葉に眉をひそめた。アリエスが男とは何を言い出すのか。
「じゃあ、昨日ここにいた女は誰なんだ」
「知りませんよ。もう、勘弁してください。捕まるようなことしてないんですから」

 泣き言をいい始めた少年をなだめて、さらに尋問を続けたがジェイ・イライアスに関する情報は聞き出せなかった。少年は酒場で働いていたときに、ひとりで呑みにきていた男に声を掛けられた。それが、アリエス・イライアスだ。

 賃金をはずむからと言われ、朝から昼過ぎまで掃除や倉庫整理の雑用をしている。アリエスについては、隣国のハードス国の生まれで貿易で生計を立てていること、アストリアム王国に十五日程滞在すると、次の十五日はハードス国に戻るという生活をしていたことしか知らないという。

「ただ、最近はハードスには戻ってないです。ずっと、ここにいますもん」
 やっと、落ち着いてきた少年が言った。
「どのくらい、いるんだ」
「三十日やそこらかな」

 時期は合っているなとフィン・モルダーは思った。夜の町で殺人事件が始まったのは、ちょうどその頃からだ。ジェイ・イライアスとアリエス・イライアスは夫婦もしくは兄妹と考えるのが自然だろう。
「伝令! 副隊長へ早馬だ!」
 部下を呼び寄せると耳打ちをした。そして、少年をちらりと見る。

「お前、名を聞いていなかったな」
「ジョイス・マーダイン」
「よし、ジョイス。お前には一仕事してもらう」
「でも、ここの仕事終わってないから……」
 ジョイスは、口ごもった。何か言いたげだ。

「なんだ。嫌なのか」
「その…… 今日の給金もらえないと困るんだ。母さんが待ってるし……」
 フィン・モルダーは、何か訳ありだと気付いた。しかし、そこまで探らなくてもいいだろう。

「わかった。給金と同じだけ、褒美を出す。それでどうだ」
「まあ、それならいいけど」
「決まりだ」
 ジョイスはしぶしぶ馬に乗せられて、鈴蘭亭へ向かうことになった。フィン・モルダーは、残った部下に指示し、家捜しを始めた。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 エディスは、扉を叩く音で目を覚ました。緊張によって眠りが浅かったからか、上半身を起こすとめまいがする。両手で顔を擦ると、頭の中の靄は段々と晴れていった。

「何事か」
 寝台に座ったまま返答したが、起き抜けでかすれ声しか出ていない。
「エディス様、ご報告があります」
 扉の向こうでケントが言った。
「入れ」

 エディスの前に現れたケントは、先程と何も変わっていないように見えた。その顔からは、疲れの色は読み取れない。
「お休みのところ、申し訳ありません。お声が……」
「かまわない、気にするな。お前こそ、目が赤いぞ。休んでないのか」
「ご心配ありがとうございます。大丈夫ですよ。戦場に比べれば、楽なものです」
 ケントは、右手の握り拳で胸を二回たたいた。

「わかった。それで、何かあったのか」
「カダン商会を見張らせていた、モルダー小隊長から早馬が来ました」
「なに。ジェイ・イライアスが姿を見せたのか」
 エディスの声が大きく響いた。

「いえ、そうではありません。しかし、あらたな関係者を捕らえました」
「ジェイ・イライアスの仲間か」
「本人曰く、カダン商会の雑用のために、雇われているそうです。まだ、十代の少年です」
「十代の犯罪者など、山ほどいるぞ。信用できるのか?」

 エディスは酒場を渡り歩いている際に、多くの犯罪者と出会ってきた。その内の三割が十代の男や女だった。
「雇い主はアリエス・イライアスだと証言しています。男だそうです」
「……おもしろいな。すると、昨夜捕らえたのは誰なんだ?」

「それを明らかにするために、モルダーは少年も送ってよこしました」
「アリエスに会わせるのか。首実検だな」
 エディスは興味ありげに、体を前に乗り出した。

「直接会わせるのではなく、扉の隙間からでも覗かせて反応を見ます」
 ケントの言葉に、その場に立ち会いたい衝動に駆られた。自分が捕らえた女が何者なのか、すぐさま明らかにしたいからだ。

 しかし、エディスの頭の中をよぎったのは、先程見た夢のアサナのことだった。アサナは部下に相談し、協力し、一つのことを成し遂げたではないか。

「……そうか、注意しろ。少年にも、アリエスにも」
「御意」
 ケントが部屋を出ようと扉の取っ手に手を掛けたところで、振り返った。エディスの不満げな顔を見て、心中を読み取った。
「同席したいですか」
「いや、結構だ」
「本当ですか」
「……したいな」
「では、一緒にお越しください。すぐ始めます」

 ケントは、エディスをたしなめもしたが、その気性も理解していた。そして、皆の先頭に立つエディスに魅力を感じてもいるのだ。

 鈴蘭亭は四階建ての建物だ。アリエスを監禁している部屋は三階にある。エディスとケントが階段を降りると、廊下に警備兵とジョイス少年が待っていた。ケントが歩み寄り、二人に今からすることを指示する。ジョイスは頷いた。

 エディスはわざと少年から離れ、様子を観察することにした。痩せた身体、粗末な服装は、アストリアム王国でも裕福ではない地区でよく見る子供だ。見た様子では、犯罪者ではないようだ。であれば、立派に働いてくれるのを願うまでだ。

 ジョイスは、離れて立っている騎士が気になっていた。馬に乗って一緒に来た警備兵に、小声で尋ねた。
「ねえ、おじさん。ちょっと、いいかな」
「なんだ、びびったのか。今更、止められないぞ」
 警備兵は、からかうように言った。

「違うよ。あそこに立ってる女の騎士様だけど、剣姫じゃないかな」
「そうか? 他人の空似だろ」
「でも、よく似てるよな。酒場で働いてるときに、一度だけ会ったことがあるんだ。酔っ払いのやくざ者を一撃で殴り倒したんだ。こいつが、いやな奴でさ。店の皆が、せいせいするって喜んだくらいだよ。格好よかったなあ」

 警備兵の口からは、そうだよとは言いづらい。関係者の中では不文律となっているからだ。しかし、上役が格好よいと言われて悪い気はしない。少年の頭に手を置き、髪をかき回すと、アリエスがいる部屋の方へ向けさせた。

「よし、やるぞ。扉は長く開けられないから、しっかり見ろよ」
「うん」
 警備兵は部屋の扉を細めに開けた。中に入ると扉を閉める。ジョイスは一瞬だけ開いた隙間に、こちらを向いて座る女の姿を見た。しばらく間をおいて、もう一度同じように扉が開閉され、警備兵が出てきた。手付かずの食べ物が乗った盆を持っている。

「どうだ、顔は見えたか」
「うん。なんとか、二回見えた」
 ジョイスは緊張した面持ちで答えた。ジョイスの側に、エディスとケントが近寄って来る。
「どうだ。見覚えがあるか」

 ケントは中腰になって、ジョイスと目を合わせた。警備副隊長と少年は、それほど身長差があったのだ。
「あのおばさんは、知らない人です」
「そうか、まいったな。あれは一体、誰なんだ」
 ケントは、残念そうに頭をかいた。

「……ただ。どこかで、会ったような気が」
 ジョイスは上を向いて、黙り込んだ。今見た顔の記憶を手繰り寄せる。
「……兄妹かなあ。目の辺りが似ている気がする」
「アリエスには兄妹がいるのか」
「聞いたことはないけど…… ああ、髭かな」

 ジョイスの声に、明るさが加わった。頭の中の靄が晴れたようだ。
「おばさんに髭を付けたら、アリエスさんに似てるかも。だから兄妹」
「ううう……」
 ケントは、あまりに不確かな証言に腕を組んで唸った。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 フィン・モルダーは、部下と共にカダン商会の中を捜索していた。入口に近い小部屋には机と家具があり、奥の倉庫には木箱が四十個程積んである。今は、抽斗の中身は全て取り出して机の上に山になっており、木箱の半分の蓋が開いている。

「何か隠しているはずだ。証拠だ。証拠を見つけろ!」
 広くはない建物の中を歩き回り、部下に檄を飛ばす。しかし見つかるのは、いたって普通の品で、強盗殺人の証拠になるようなものはない。焦りが顔に現れ始めた頃、倉庫を捜索していた一人が報告に来た。

「蓋が開かない、怪しい木箱があります。壊して開けますか?」
「見せてみろ」
 部下について行くと、倉庫の奥の目立たない場所に一抱えの大きさの木箱が置いてあった。

 錠のようなものが付いていて、その蓋が開かなくなっているのだ。それは金属製で、錠のようだが、鍵穴はない。そのかわり、丸い突起物が十個付いていて、押すと金属音が聞こえる。

「なんだ、これは。これが錠なのか」
「初めて見ます」
「ハードス国で作られたものなら、知らないのも仕方ない。しかし……」

 フィン・モルダーは、壊して開けてよいものか躊躇していた。この珍しい仕掛けに、興味を引かれていたのだ。しかし、錠を掛けてまで隠したいものとは、重要な証拠の可能性がある。

「壊しましょうか」
 部下が腰の剣を叩いた。
「やれ。責任はおれが持つ」
 部下は剣を抜くと、力を込めて箱に叩きつけた。三度、剣を振り下ろすと木が砕け、中が見える程の穴が開いた。手を入れて、中身を取り出す。

「女物の服です。あれ、その下は男物だ。衣装入れですかね」
 取り出した服を持ち上げて広げてみる。すると、黒い塊が転がり落ちた。
「何でしょう」
 拾うと、片面に粘り気のある糊のようなものを塗った黒い毛の束だった。

「これ、髭でしょうか」
「変装用の付け髭だ。わかったぞ。あの女、男に化けてやがったんだ」
 顔色が怒りで赤黒く染まる。フィン・モルダーは、ジェイ・イライアス捕縛の場にもいた。そして、その男の口周りが、髭に覆われていたことを思い出したのだ。 
(つづく)

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