見出し画像

<創作大賞>夢幻想のふたり~剣姫あるいはIT女子~【8】

【8】朝菜
 朝菜はメロンソーダを、比留間はアイスコーヒーを注文した。
 二人は会社の最寄り駅のビルにある、ファミリーレストランに立ち寄っていた。まだ夕方の早い時間なのに、意外と席は埋まっている。

 午前中の会議を終え、午後の授業をこなした放課後、比留間が朝菜を誘ったのだ。疲れてるから早く帰ればいいのに、と言いながら朝菜はOKした。

「お疲れさまでした」
 まだ、アルコールは飲めないが、乾杯のまねごとをする。まるで、疲れたサラリーマンのようだ。
「帰って寝ないでよかったの?」
 朝菜は比留間の体調が心配だった。それに、あまり話し合いたい気分ではなかった。

「大丈夫ですよ。若いので」
「まあ。それなら、いいけど」
 一歳しか変わらないよ、朝菜は心の中でツッコんだ。
「しかし、好評だったじゃないですか。大好評ではなかったけど」
「比留間君は、ポジティブだね」

 社内コンペに提出するアイデアを課内会議で発表した後、皆の評価は二分した。褒めてくれたのは鹿取だ。高岡課長と新宮は、反対ではないが、再検討の必要ありと評価した。

「いいじゃないですか。方向性を変えろとは言われなかったし。宿題をクリアすれば、認めてもらえますって」
「そうかなあ」
 朝菜は、物事をネガティブに捉えがちだ。

 高岡課長は、遊びの要素が強すぎて学習塾には受け入れられないのではないか、と懸念していた。新宮からは、楽してペットの成長を早めようとする学生がきっと現れるので、そのセキュリティ対策が無いと指摘されていた。

「まあ、予想できる範囲の指摘でしたね。Q&Aの想定を作る時間がなかったからなあ。まあ、食べながら対応を考えましょう。唐揚げを食べたいな。他は何がいいですか」
「シーザーサラダ」
「健康的ですね。あとは?」
「ポテトフライ」
「いいですね。定番です」
「ピザとアヒージョとカプレーゼ」
「おお、変化球ですか。とりあえず、注文します」
 比留間は自分のスマホに席のQRコードを読ませて、店のホームページを表示した。音声で注文を入力してゆく。

 朝菜は、メロンソーダをストローで一口飲んだ。少し、気が晴れてくる。比留間が気を遣ってくれているのが分かった。本当は、自分が励まさないといけないのに。
 でも、頑張れとは言えなかった。十分頑張った人には、失礼な気がする。

「まあ、唯一の救いは鹿取さんでしたね。全面的に肯定してくれたので、助かりました」
 比留間が言い訳のように言う。疲れのせいか、まるで酔っているようだ。
「でも、あんなに応援してくれるのは、なぜなんでしょう」
「私に色々押し付けた、と思っているのかもしれない」
 確かに、鹿取にファシリテータをやってと、頼まれたのが事の始まりだ。

「ちょっと、罪悪感があるんですかね」
「会社は組織で動いてるから、仕方ないよ。新しい仕事は、手の空いてる人がやらないと」
「と言っても、鹿取さんが簡単に妥協するかなあ。仕事には厳しく臨む人だと思ってたんですが」
「この後、厳しくなるのかもしれないよ」
 朝菜は、さらに一口飲んだ。

 まだ、二年ほどの付き合いだが、あこがれを感じている。次々と仕事をこなす姿は、同性から見ても恰好良い。

「鹿取さん、独身でしたよね。仕事が趣味なのかなあ」
「こら、そういう言い方はしないの。事情があるかもしれないでしょ」
「すいません…… あっ、サラダとポテトフライが来ましたよ」
 比留間は、慌てて店員から料理を受け取ると、二品とも朝菜の前に並べた。どうぞ、お食べ下さいとばかりだ。

 朝菜はポテトフライを口に入れると、メロンソーダをまた一口飲んだ。なんだか、お酒を飲んでいる気がしてきた。

 料理が次々に運ばれてきて、カウンターの上が皿で満たされた。目の前に料理が並ぶとつい手が出てしまう。乗り気ではなかった朝菜も結構食べたうえに、飲み物もお代わりをすると、気持ちが明るくなってきた。

「比留間君は社内コンペのこと、どう思う。やっぱり、選出されたい?」
「やるからには、ですね。でも自分は何ができるのか、何が足らないのか、まだよくわからないです。だから、その小手調べの気持ちもあります」
「そうかあ。私も同じだな」

 高岡課長にリーダーを依頼された時、即答できずに悩んだ理由が分かった。自分は何ができるのか、自分で理解できていなかったからだ。比留間へ質問して、逆に気付かされた。

「さっき、手の空いてる人って言いましたけど。先輩が、リーダーを引き受けてくれて、嬉しかったです」
 比留間は、自分の言葉に照れてうつむいた。
「どうして?」
 朝菜は、不思議そうな顔だ。
 
「よくわかりませんが頭の中で、『行くぞ!』って声が聞こえたんです」
「驚いた。宗教的体験だね」
「神の啓示でしょうか」
「もう、帰ろうよ」
「はい」
 勘定は割り勘にすると、二人は店を出た。比留間が食べたいと注文した唐揚げは、食べきれずに皿に残されていた。

 朝菜は、駅の改札口で比留間と別れた。駅には複数の路線が乗り入れていて、乗車する電車が違うからだ。午後八時過ぎ、都心から離れてゆく方向の電車は、帰宅する学生や社会人で混み合っていた。
 立っているのは辛かったが、つり革を握っていると、うまく目の前の乗客が停車駅で降りてくれた。

 シートに座ると、いけないと思いつつ目を閉じる。外国では電車の中で寝るなんて危険だと、テレビ番組で言ってたな。日本は安全でよかった。そう思いながら、うとうとしていると、覚えのある駅名がアナウンスされた。慌てて電車を降り、駅の改札口を抜けた。

そこから十分強歩くと、朝菜の住むマンションだ。会社が用意してくれた独身寮といったところだ。
 小さな商店街のアーケードをゆっくり歩きながら、朝菜はエディス王女のことを考えていた。電車の中で寝てしまったときに、王女の夢を見たのだ。

 夢の中の物語は進展していた。潜伏場所をエディス王女が突き止め、容疑者を逮捕した。容疑者の嘘も、見破ったところだ。
「うまく解決できるかな、エディス王女。まあ、王女も以前より成長した感じがするし、物語も終盤かな。それに比べて、私の方は……」

 独り言をつぶやいているうちに、マンションに到着した。エントランスのドアは、登録したスマホのWiFi接続と顔認証で自動で開く。自室のドアは、虹彩認証でロックが解除される。
 ドアを開けると明かりが点いていた。朝菜の顔を検知したときに、点灯するようホムコに設定してあるからだ。一人暮らしには、ちょっと嬉しい。

『おかえりなさい。朝菜』
 ホムコが迎えてくれる。
「ただいま。ホムコ」
 朝菜は部屋に入るなり、ローテーブルに突っ伏した。
「今日は、疲れた」

『お風呂にお湯をはりますか?』
「今日は、いいや。シャワーにしとく」
『わかりました。昼間に郵便物が届きました。宅配便はありません』
「しまった。郵便受けを覗き忘れた……」
 家に着いた安心感からか、疲れが押し寄せてくる。そのまま、寝てしまいそうだ。

『シャワーを浴びた方がいいですよ』
「そうだね。そうする」
 体を引きずるようにバスルームへ行くと、服を脱ぎ散らかして、シャワーを浴びた。片づけは明日の朝にやればいい。

 いくらかは、すっきりした。青いパジャマを着て、ベッドの上でミネラルウォーターを飲んだ。ホムコに話しかける。

「ホムコ。今日の課内レビューは、今一つだった」
『自己採点は、何点ですか』
「ううん。六十点」
『多くの資格試験の合格ラインは六十点です』
「優しい励ましをありがとう」

 比留間の言葉を思い出した。好評でしたね、大好評ではなかったけれど。比留間の自己採点も六十点だったのだろうか。少なくとも、八十点では無いことは確かだ。

「授業が終わってから、比留間君と食事したんだ」
『慰労会ですね。楽しかったですか』
「慰労会じゃないよ。反省会。いや、対策会議。そう言えば宿題の対策の話は、全くしなかったな。ああ駄目、明日巻き返さないと」
 朝菜は、うなだれた。学校に着いてから、宿題をしていないことに、気が付いた小学生のようだ。

『宿題とは何ですか?』
「高岡課長がね。デジタルペットは遊びの延長のように捉えられるぞって」
『デジタルペットを飼うことは、遊びですか』
「まあ、遊びじゃないとは言い切れない。本物のペットを飼えないから、趣味にしている人もいるし。でも、受験勉強の合間の癒し、ストレス解消だと、いけないのかなあ」

『就業時間内に、昼寝などのストレス解消を推奨している企業もあります』
「そうだよね。逆に効率上がることもあるし。よし、課長にはそれで反論しよう」
 喉を鳴らして、ミネラルウォーターを飲む。ボトルの半分が無くなった。

「もう一つ、宿題があるんだ」
『どんなことでしょう』
「新宮さんが、セキュリティ対策が甘いって。デジタルペットを無理に成長させたがる学生がでてくるから、その対策を考えないといけない」
『無理に成長させるのは、いけないことですか』
「そうねえ……」

 良い方に考えれば、もっと勉強をしたい学生が、学習塾に通っているはず。成績をデジタルペットの成長と関連付けても、成長のみを求める学生が多くいるだろうか。

「私は、セキュリティ対策がそんなに重要とは思えない。ズルしてペットのレベルを上げるのは、良いことではないけど」
『RPGのキャラクターのレベルを短時間で上げる方法を躍起になって探している人がいるようです』
「それは、ゲームの進行をスムースにして、早く物語の結末を知りたいからだよ」

『デジタルペットの成長を早めると、結末である受験に成功するのですか』
「そうとは、限らない」
『デジタルペットの成長を早める追及をすると、勉強時間が減るのでは?』
「まあ、たしかに」
『成長を早める方法が広まると、このシステムの魅力が下がりませんか』

 朝菜は言葉に詰まった。反論できなかった。
 ペットの成長を楽しみにして、成績を上げてもらうことがシステムの趣旨だ。でも、楽しみだけだけが先行可能なのは、魅力を半減することに繋がりそうだ。新宮は会議の短い間に、ホムコと同じ結論に達したのだろうか。

「ホムコの言うことも一理あるね。認める」
『あきらめが、良すぎます』
「切り替えが早いの! じゃあ、どうする? どんな方法があるの?」
 今日のホムコはとても頼もしい。もしかして、これがホムコの本来の能力かもしれない、と朝菜は感じた。

『セキュリティ対策といっても、今回は改ざん防止が、必要な機能だと思われます』
「そうね。学生が、勝手にペットのレベルを上げるのを防止したいの」
 溜息まじりで、腕を組んだ。きっと、沢山いそうだ。

『改ざんや不正アクセス防止技術の代表例は、ブロックチェーンです』
「おお、聞いたことがある。仮想通貨に使っている、あれだ」
『分散台帳方式と言います。各台帳へのアクセスは透明化されるので、データの正当性が確保されます』

「いいね、それ。比留間君も分かるかな」
『朝菜の会社で知らない人は、5%以下でしょう』
「そうなの? よし明日、比留間君と相談だ」
 朝菜は、ボトルのミネラルウォーターを勢いよく飲み干した。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ただいま」
 比留間は自宅のドアを開けた。
 最寄り駅からバスで十五分、郊外の一戸建てだ。朝菜とは違って、実家暮らしをしている。会社まで二時間はかからないので、今のところ独立は考えていない。

 家の中に入ると、柴犬が待っていた。比留間が帰宅するときは、足音を聞きつけて玄関で出迎えてくれる。そんな行動をするようになったのは、いつからだろう。憶えていない。

「ただいま。モル」
 しゃがんで喉の辺りを撫でると、モルは比留間の手を一舐めして、軽い足取りで自分の寝床へ戻って行った。まるで、営業終了と言わんばかりだ。

「お帰り」
 リビングでは、母親がソファーに座ってテレビを見ていた。頭にタオルが乗っているので、入浴後のひと時のようだ。
「チャットもらったから、夕飯作ってないわよ」
「うん。先輩とファミレスで作戦会議」
「疲れてるんだったら、早くお風呂に入れば」

 母親の顔はテレビに向いたままで、比留間の行動にあまり関心無い様子だ。比留間は冷蔵庫を開けて、ウーロン茶を取り出すとコップに注いだ。

「母さん。いつ頃から、モルが玄関で待っててくれるようになったのかな」
「そうねえ。モルちゃんが家に来たのが、十年位前でしょ。まだ赤ちゃんだったけど、三年もしたら大人になってたから、あなたが小学校の四年生の辺りからじゃないかしら」
「そんな前か。帰ると待ってるのが、当たり前になってたから、忘れてた」

「私が帰ってきた時はいないのよ。あなたは、特別待遇なんだからね」
 母親は比留間の方を向いて、若干ひがみっぽく言った。
「そう?」
「まあ、それだけ感謝されてるってことかな。モルちゃんが来てから、毎朝毎朝散歩に連れて行って、休みの日は河原で一緒に走り回ってたでしょ」
「モルがいるのが、嬉しかったんだよ」

「あなたは一人っ子だし、弟みたいなものね」
「そう見えるかな」
 比留間は、笑顔になった。
「あなたの内気な性格も直ったし、勉強もするようになったから、親としては助かったかな」
「勉強は、前からしてたと思うよ」
 ウーロン茶を一口飲んだ。

「でも成績が良くなって、自慢する相手がいたら、張り合いあるじゃない」
「ああ。なるほど」
「人として成長できたんだから、モルに感謝しないとね」
「そうか、モルが…… 成長か……」
 ウーロン茶を飲みほした。

 比留間は二階に上がると、自室のドアを開けた。日中は締め切っているので、埃の匂いがする。換気のために窓を開けると、夜空に星が見えた。
 二等星くらいだろうか。今しがた歩いている時は、気付かなかった。

「モル、ありがとう。明日、先輩に相談するよ」
 ポケットからスマホを取り出すと、メモを書き始めた。 
(つづく)

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?