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【創作大賞2024応募作品 ミステリー小説部門】神の罠はサケられない(2)

 二日後の日曜日、ビタまんの二人はN県S市の中でも比較的大きな駅で電車を降りた。二つの路線が交わるターミナル駅だ。もう、午後一時をまわっている。
 前田から依頼を受けた翌日午後、香澄のアパートで作戦会議を開いた。まずは人が多くいる駅まで行って聞き込みをする、というのが立てた作戦だ。知らない土地で探し物をするなど元から無謀だから、やってみるしかないというのが結論だった。

 もちろん、ネットやSNSは念入りにチェックしている。そして、神の罠という日本酒について、ひとかけらも情報が無いことに驚いた。
 香澄は騙されていると言い、美和は騙されていたとしても前田とは繋がっていたい、と反論した。結局、その翌日の朝から昼過ぎまでかけて、電車で移動してきたのだった。

 一つしかない改札を抜けると、駅前は閑散としていた。人がいない。タクシーもいない。バス停はあるが、バスは停まっていない。
「着いたのはいいけど、寒い! さすが山の中の町は寒いわ」
 美和は震えながらコートのフードを被った。冷たい風に耳がもげそうだ。
「二月は、日本中どこでも寒いでしょ。雪が積もってないだけまし」
 香澄は早速スマホを取り出して、風景を撮影した。なんてことはない素材が、動画編集を左右することもある。しかし、写るものは灰色の空と寂しいロータリーだけだ。食堂らしき建物が一軒あるのが、せめてもの救いだ。

「食堂があるよ。お腹減ったから、何か食べよう」
「到着シーンを撮影したいけど。まあいいや、後にしようか」
 改札口から五十メートル歩くと、二階建ての民家が建っている。一階が食堂のようだ。入口に汚れたのれんが掛かっているので、営業中だとわかる。
 中に入ると、カウンターと二人用の机が二つのこぢんまりした店だった。

「はいよ。いらっしゃい」
 カウンターの中からテレビを見ていた五十代の男性が、顔を向けた。店主だろう。色褪せた作務衣を着ている。カウンターに並んで座ると、美和はカレーライス、香澄は山菜そばを注文した。おしながきを見たが、特に名物は無さそうだった。
「せっかく来たから、観光もしたいな」
「地元出身の画家の記念館と鳥居が山ほどある神社があったよ。良い画が取れるのは神社の方かな」
 料理を待つ間に計画を立てていると、戸が開いて若い男が入ってきて、二人用の席に座った。新しい客のようだ。カウンターの中から顔を出した店主にかつ丼を注文すると、ポケットからスマホを取り出した。

 意外にも、料理は美味しかった。気を良くした美和が店主に話しかけた。
「あの、ちょっといいですか」
 またテレビを見ていた店主が、美和の方を向いて頷いた。
「この辺りの観光スポットを教えてもらえませんか」
「あまり無いねえ。絵描きさんの記念館か、野輪稲荷神社ぐらいかなあ」
「野輪稲荷って、鳥居がいっぱいある所?」
「ああ、そうだよ。ちょっと遠いけどね」
 そこへ行こうよ、と美和が言うと、今度は香澄が店主に尋ねた。

「お酒は美味しいですか。地元のお酒は」
「日本酒なら、二つ三つ酒蔵はあるよ。そろそろ新酒の時期だな」
 店主は笑顔になった。酒好きなのだろう。
「この辺りは水が良いから、酒造りにもってこいだ。酒屋を紹介しようか」
「どんな銘柄がありますか」
「よく飲んでるのは、山美人か繁森か。神の川もいいよ」
「ちょっと待った。神……」

「神の川だけど」
「惜しい。えっと、神の罠というのを知りませんか。探しているんです」
 香澄は、意気込んで尋ねた。何が探すヒントになるか、わからない。
「かみのわな、は聞いたことないな。酒屋の佐々木なら分かるかも」
 親切な店主は、知り合いの酒屋に電話をして、銘柄を尋ねてくれた。しかし、神の罠の情報は掴めなかった。
「直接、酒蔵に行ってみると、何か分かるかもしれないな」
「ありがとうございます」
 香澄は店主から酒蔵の連絡先のメモをもらうと、礼を言って席を立った。店を出る際に視線を感じて振り返ると、後から入ってきた男性客がこちらを見ていた。

 二人は駅の改札口に戻ると、配信番組の撮影をすることにした。美和がレポーター役、香澄が撮影を行う。
「どうも。ビターまんじゅうの美和です。今回のビタまんレポートは、N県S市からお届けします。半日かけて、結構遠くまで来ましたよ。見てください、誰もいない。駅前にこれほど人がいないとは、都会では考えらませんね。さて、今日のレポートの目的はというと、ある知り合いからミッションの依頼がありました。題して、幻の酒、神の罠を探せ! です」
 美和はすらすらと慣れた口調で話した。打合せも必要ないくらいだ。

「OK。ちょっと表情がかたいけど、大丈夫だよ」
 撮影した動画を二人でチェックしていると、背後に人が近づいてきた。
「もしかして、配信動画の撮影ですか」
 若い男性が話しかけてきた。美和が振り返る。
「あ、やっぱりそうだ。動画見たことあります」
 ビタまんよりは少し若そうだ。長めの髪に、ニットの帽子を被っている。

「あなた、食堂で一緒だった人よね」
「そうです。店に入ったときから、見覚えあるなと思って」
「私らのこと知ってるの?」
「はい。緑色のスープのラーメンを食べに行くのとか、面白かったです」
「ありがとう。うれしい」
「握手してもらっていいですか」
 男は照れながら、美和と香澄と握手して笑った。

「でも、本職は漫才師なんだよ」
「へえ、芸人なんですか」
「まだ売れてないけどね」
 香澄は自虐的におどけてみせた。ちょっとだけ、胸が痛んだ。
「こんな田舎で撮影ですか。温泉も無いのに」
「仕事半分、旅行半分かな」
「撮影するような、珍しい場所があるかな」
 男は首をひねった。よほど、観光資源に乏しい土地のようだ。

「あるんだ、それが。この地方の珍しいお酒を探すミッションなんだ」
「ああ、食堂で酒蔵のことを話していましたね。そのお酒の撮影ですか」
「ちょっと違うけど、似たようなものか。神の罠っていうお酒だけど、知らないかな。有名ではないから、無理かもしれないけど」
 ダメ元で聞き込みを実行することにした。すると、男の答えは意外なものだった。

「なんか、聞いたことありますよ。似たような名前のお酒」
「本当に」
「どこで飲めるの」
 二人は、男を挟むように詰め寄った。こんなに早く情報を得られるとは、すごくラッキーだ。
「ばあちゃんの家の近くに酒蔵があって、そこのお酒が似た感じでした」
「おばあちゃんの家は、この辺?」
「ここからだと、車で三十分くらいですね」
「名前は分かるかな。電話とか住所も」
「いや、さすがに覚えてないな。でも、近くに野輪稲荷がありますよ」
 男の答えに、二人は顔を見合わせた。行くつもりの神社に近いなんて、一石二鳥とはこのことだ。

「バスもあるので、今からでも行けますよ」
 男が指差した先に、いつの間にか黄緑色のバスが停まっていた。ビタまんの二人は、お酒の情報に興奮して全く気付いていなかった、
「ここのバスは一路線しかないから、乗っていれば着きますし」
「バス停はどこで降りるの?」
「野輪稲荷神社前です」
「そのまんまやね」
 香澄がツッコんだ。でも間違えて降りることは無さそうだ。すると、バスのエンジンが掛かる音が聞こえた。発車の時刻が来たようだ。

「とりあえず乗ろう」
 慌てた美和が、香澄の手を掴んで走り出した。
「ありがとう。助かったわ」
 男に手を手を振りながら、香澄はバスに引っ張り込まれた。いちばん後ろの席に並んで座る。改札口の方を見ると、さきほどの男の姿は無かった。
「もう、いないよ。変な奴」
 香澄は引っ掛かりを感じたが、バスが動き出すと気にならなくなった。

 斜めに傾いてロータリーを回ったバスは、ガタガタと揺れながら田舎道を走り始めた。センターラインの無い道路の両側は、雑木林と畑ばかりだ。
「意外と大当たりかもしれない」
 美和が嬉しそうに言った。
「飛び乗ったけど、この後大丈夫かな」
 香澄はとっさの行動に少し後悔がある。時間の無駄にならないといいが。
「向こうから、情報が飛び込んでくることなんて、まず無いよ。きっと、神様のお導きだよ」
「罠じゃないといいけど」
「問題無いよ。それに、神社も行くつもりだったでしょ」
「まあ、それもそうだね」

 バスは山中にさしかかった。登り坂に、エンジンが轟音をたてる。森の中のうねった曲り道をしばらく走ると、集落に出た。畑の中に、ぽつりぽつりと民家が見える。車内に、次のバス停がアナウンスされた。美和がすかさず、降車ボタンを押した。
 野輪稲荷神社前は、その名前の通りのバス停だった。二人がバスを降りると、すぐに朱色の鳥居が目に入った。

「バスの中で考えたんだけど、前田さんが神の罠はお神酒かもって言ったよね。だったら、神社で尋ねるのが早いのかなって」
 美和が鳥居を指した。香澄は頷いてスマホを取り出し、撮影を始める。
「良い考えね。このまま、神社に入っていく場面を撮ろう」
 美和がゆっくりと鳥居をくぐると、香澄がスマホ片手に後に続いた。

 参道は石畳になっている。そして、百メートルはあろうかという参道には、無数の鳥居が隙間なく建てられていた。まるで、鳥居のトンネルだ。
「うわあ、幻想的。でも、薄暗いから、ちょっと怖いかも」
 美和は、台詞の様な感想を口にした。確かに、狐がひょっこり顔を覗かせても、不思議は無い雰囲気だ。本人は、テレビの旅番組に出演しているつもりなのだろう。

 鳥居のトンネルをくぐり終えると、左右にお狐様の像を配する本殿がある。切妻屋根の立派な造りだ。建物はかなり古く、歴史を感じさせる。
「思ったより古いね」
「由緒正しい感じがするわ」
 二人は感心しながら、きちんとお参りをした後、境内を散策した。撮影はもちろんのこと、お神酒の情報を得るためだ。美和が、境内の奥まった所に社務所があることを発見した。インタフォンのボタンを押してみる。
「はい」
 低い男性の声が答えた。

「すみません。お尋ねしたいことがあります」
「お待ちください」
 しばらくして引き戸が開くと年配の男性が姿を見せた。神職なのだろう、白衣に紫色の袴をつけている。四角い眼鏡の真面目そうな顔だ。
「何か御用で」
「こんにちは。あの、私たち旅行しているのですが、色々な土地のお酒を探すのが目的なんです。こちらの神社のお神酒は、この辺りで造られたお酒でしょうか」
 美和が丁寧に質問した。あらかじめ考えてあったようだ。

「へえ。あなた方のような若い娘さんが、酒に興味をお持ちとは珍しいですな。いかにも、お神酒はこの集落にある酒蔵で造っています」
「場所を教えてください。行ってみたいです」
「教えんこともないが、日曜日に行っても誰もおらんかもしれんよ」
「とりあえず、行ってみます」
「また、ご苦労なことだな」
 神職の男はあきれた表情で言うと、周辺地図を持ってきて、場所を教えてくれた。酒蔵は、水の関係からだろうか、山の麓にあることが分かった。

「歩いて二、三十分かかる。杉元酒造の看板を探せば、間違えんと思うよ」
「杉元酒造ですね。ありがとうございます」
 礼を言うと男はフッと笑っから、お気をつけてと言って社務所に戻った。
「やったね」
 二人は、ハイタッチをして喜んだ。美和が腕時計を見る。
「今、三時だから、まだ大丈夫。行ってみよう」
「でも、誰もいなかったら、どうしよう」
「出直せばいいよ。どうせ、明日も暇でしょ。宿泊代も出るし」
「私ら、貧乏暇ありだからなあ」
 香澄が嘆くようにつぶやいた。せめて、暇なしになりたいものだ。

 バス停まで戻って、教わった道を歩き始める。雪こそ無いが二月の寒風に耐えながら、体を寄せ合うようにして進んだ。さすがに、三十分も運動して体が温まってきた頃、やっと目指す場所が見えてきた。体は疲れたが、達成感がそれを上回った。

 杉元酒造と書かれた看板が掛かった建物は、漆喰壁の蔵だった。しかし、白かったであろう壁も、雨風により黒く煤けて、気味悪い色に変わっている。周囲が森のため、時刻のわりに暗いことが、より一層不気味に感じさせるのかもしれない。しかし、入口に緑色の杉玉が吊るされていることで、酒の醸造所であることが分かる。

「なんか、気持ち悪い所」
「江戸時代に来たみたい」
 素直な感想を言い合ったところで、二人は作戦を立てることにした。これからが、本番なのだ。今までのビタまんレポートは、突撃取材が売りだった。取材許可を取っていると日が暮れてしまう。取材される方は迷惑この上ないが、気にしないのが芸人の性だ。
「いつもの隠しカメラ作戦でいこう」
 美和が小声で言った。少しは後ろめたい気持ちがあるのだ。隠しカメラ作戦とは、コートのポケットにスマホのレンズが出るように入れて、撮影していることを隠して取材する作戦だ。このために、コートは胸ポケットがあるものを選んで着ている。

幸運なことに、入口のすりガラスから内部に明かりが灯っているのが見えた。二人とも胸ポケットにスマホを入れて準備をする。美和が入口の引き戸を開けた。
「こんにちは。失礼します」
 蔵の中に入ると事務所スペースだった。灰色の事務机が四つあり、書類が積んである。薄暗いなか、デスクライトが一つだけ点灯しているが、誰もいない。もう一度、大き目に挨拶をして、しばらく待ってみるが物音一つしなかった。

「やっぱり休業日かな」
「あ、ドアがあるよ。入ってみる?」
 美和が、奥へ通じる木製のドアを指差した。香澄は迷った。犯罪かも。
「違法侵入ギリギリのラインだね。まずいよ」
「開けて、声を掛けるだけ。それなら大丈夫だよ」
 お邪魔しますよ、と言いながら美和はもう動き出している。香澄は、あきれ顔で後に続いた。ドアには小窓が開いている。その向こう側に、うっすらと明かりが見えていた。

「誰かいそう。開けるよ」
 美和がドアを押し開けると、隙間から生暖かい空気が入って来た。古びた木と発酵の甘い香りが混じり合っている。
 ドアの向こう側は、大きな空間が広がっていた。高さは十メートル、広さはバスケットボールコートほどの広さがあり、木の巨大な樽が六つ置かれている。樽は、日本酒を造る工程で仕込みや貯蔵を行うためのものだ。他にも、薪をくべる竈など、初めて目にする設備が沢山あった。照明は最小限。細長い蛍光灯が三つ、天井からぶら下がっているだけで、全体的に暗い。

「わあ、大きい。全部木で出来ている」
「この樽は梯子が無いと登れないな」
 声を掛けるだけのつもりが、もの珍しさも手伝って、工場見学のようだ。この場所に来た目的を忘れている。
「あんた達、誰だ」
 突然、樽の暗がりから声が掛かった。くぐもった、男性の声だ。完全に油断していた二人は、息を呑んだ。


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