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<創作大賞>夢幻想のふたり~剣姫あるいはIT女子~【5】

【5】エディス
 日が沈み、月が夜を連れてきた。
 雲の無い空には、星が瞬いている。いつもならば夜空を飾る星の光は人々の目を引き付けるが、今日ばかりは地上の光のほうが勝っていた。

 城下町中が、篝火の光で明るく照らされ、昼間のようだ。アストリアム王国の警備兵が、町の通りという通りを埋め尽くすように、篝火を配置していた。暗闇をこの世から追い払おうとするかのようだ。突然の警備兵の行動に、町人達は恐怖を感じ、家に引きこもった。町中から人の姿が消え、静寂につつまれた。しかし、異様な夜は始まったばかりだった。

 エディスは城下町の中央門の前で、栗毛の愛馬にまたがり、報告を待っていた。戦闘用の鎧を身につけ、腰には白銀の剣を佩いている。
 町は高い石積みの塀で囲われており、外界と通じている唯一の出入口が中央門である。

 エディスの周囲を固めるのは警備兵六騎のみ。それ以外の警備兵は、仲間を殺害された怒りに憤慨し町中を駆け回っていた。さらに国防大臣の権限で、国境守備隊の一部も動員され、犯人の捜索に当っている。
 警備隊の詰所での惨劇が日暮れ直後、今はもう夜中だ。まだ、警備兵を惨殺したジェイ・イライアスは、捕まっていない。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇     
 事件の後、エディスとケントは警備兵を集め、陣頭指揮をとって城内を徹底的に捜索した。その結果、城門の門番が新たな犠牲者として見つかった。怪しい小男は城下町へ隠れたようだ。下手をすると、城の奥まで入り込まれ、王族の命が脅かされたかもしれなかった。

 エディスは、会議を中断し執務室に戻った兄グレイに、自身が見聞きしたことを報告した。グレイは驚くと共に、すぐに国王タイロンに面会を求めた。エディスは同行を願い出て許され、ふたりで国王のもとへ赴く。事態が、当事者としてのエディスの責任感を、強く刺激していたからだ。

 先に秘書官を走らせていたため、国王は夕餉をやめて待っていた。巨大な食卓に手付かずの料理が並んでいる。シーラ女王とエレノア第一王女も同席している。
 エディスは、顔を曇らせた。母と姉の同席は予想外だった。しかし、黙って国王の前に跪いた。最初にグレイが口を開いた。
「夕餉の最中に、申し訳ありません」
「不祥事だな、グレイ。あらましは聞いた」
 国王は、もともと不機嫌そうな顔をさらに険しくしていた。手に酒杯を握っている。

「我が城内での不審者の狼藉、言語道断である。即刻捕らえて、極刑に処せ。わかったな」
「御意」
「よし、行け。国防大臣の務めを果たせ」
 国王の指示は非情かつ簡潔であった。警備兵といえど国家の一員である。それに弓引く者は許さない。国の最高位につく人間の覚悟が垣間見える。

 グレイの顔は、恥辱と興奮から赤味が差している。無言で、素早く退室した。エディスも何も言えず、一礼して退出しようとした。
「エディスや」
 シーラ女王がゆったり声を掛けた。いつものように、燃えるような赤毛を高く結い上げ、黒い衣装を身に付けている。

「そなたが望んだお役目ゆえ、行くなとは言いません。存分に働きなさい。しかし、そなたは気性が激しい。意気込んで前に出過ぎてはいけません。よいですね」
「はい、母上。ご忠告ありがとうございます」
「怪我などせぬように。まったく、誰に似たのやら」
 あなたですよ、母上。エディスは、そう思いながら、再度頭を下げて退出した。

「エディス、待ってちょうだい」
 廊下を歩いていると、エレノア王女が息を切らせて、追いかけてきた。ふわりと漂うような淡い色の衣装が、彼女のおっとりとした性格を表しているようだ。

「エレノア姉様」
「あのような言い方しかなされないけれど、父上も母上もあなたの身を案じていることは、分かってね」
「分かっていますよ、素直な親ではないことは。それに、万一のことがあっても、エレノア姉様がいるので安心です」
「そういう言い様が、心配の種なんですからね」
 エレノアは、握った拳を振りながら真剣に言った。こちらの方が母親のようだ、とエディスは思った。

「ははは、大丈夫ですよ」
 笑いながらエレノアに背を向け歩き出したエディスは、足取りが軽くなってゆくのを感じた。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 
 中央門の前に陣取るエディスの周囲で風が吹き始めた。あかあかと燃える篝火から、火の粉が舞い散る。それをじっと見つめていたエディスは、視野が狭くなってゆくのを感じた。警備隊の詰所の地下で遭遇した蛮行から、かなりの時が経過している。その間、ずっと続く緊張感がエディスの体力を奪い去っていた。意識が遠くなってゆく。

 突然、火が爆ぜる大きな音がした。びくりと体が震える。エディスは我に返り、ゆっくりと辺りを見回した。特に変わった様子はない。王女を護る部下の配置も動いていない。気を失ったのは、わずかな時のようだ。しかし、エディスは不思議な感覚にとらわれていた。
「まただ。また、あの夢を見てしまった」

 眠ったわけではないのに、異世界の物語を体験するとは、夢に時と場所は関係ないようだ。
「アサナは、また困った顔をしていたな」
 困った状態なのは自分も同じだ、そう思うと他人事ではない気がしてきた。
「しっかりやれ、アサナ。わたしも同じ状況だ」
 エディスは、つぶやいた。共感、そして勇気を感じていた。

 篝火で照らされた街路を早駆けで近づいてくる馬があった。乗っているのは鎧をつけた騎士だ。騎士は王女の側で馬を降り、跪いた。ケント・ゴドリー副隊長だ。今は、遊撃部隊として独自に動くことを許されている。

「エディス様、鈴蘭亭より戻りました。宿の主人によると、犯人の男は戻っていないと」
「そうか。手掛かりなしか。町なかの捜索はどうだ」
「まだです。発見の狼煙は上がりません」
「うむ。歯がゆいな」
 エディスは、苛立ちを隠せない。すぐにでも、駆けだしたい気分だ。

「ただ……」 
「なんだ。まだあるのか」
 言葉を継いだケントに、エディスは手振りで側に寄るよう合図をした。
「宿屋の主人ですが、何か隠している様子でしたので、小金を握らせました」
「なんという奴だ。このようなときに隠し事とは。それで、白状したのか」
「はい。頼まれたといって、中年の女が荷物を引き取りに来ていました。ただし、後でめんどう事になると思って渡さなかったそうです。女は悪態をついていましたが、諦めて帰ったと言っています。きっと荷物と引き換えに使いの報酬をもらえるのでしょう」

「その女は、探したのか」
「はい。宿の主人から風体を聞き出して捜索していますが、まだ見つかりません」
「何者だろうな、その女。ジェイ・イライアスの仲間か」
 仲間がいるとすれば厄介だ。逃亡を手助けしたり、こちらの捜索を攪乱することも考えられる。人数も一人とは限らない。

「もう一つ、ご報告があります」
「なんだ」
「ジェイ・イライアスの荷物を接収してきました」
「ほう。宿屋の主人ともめなかったのか」
 ケントは、平然としている。
「協力すれば後で褒美がでる、と言ってやりました」
「ふん、現金な奴だ。虫唾が走る」
 エディスは強い口調で罵った。淑女には似合わない言葉に、ケントは苦虫を潰したような顔をした。それでも、気をとり直して続けた。

「申し訳ありません。出過ぎたまねでしたか」
「いや、構わない。金でも宝石でもくれてやれ。それより、その荷物だ」
「はい。大きめのずた袋です。中には、替えの服など旅道具が入っていました」
「身元が分かるものが、無かったか」
「それはありませんでした。しかし、革財布を見つけました。開けると、金と一緒に鍵が一本入っていたのです」
「なに」
 エディスは、馬上からケントの顔を睨みつけた。

「鍵には我が国の文字が刻まれていました。カダン商会とあります」
「ジェイ・イライアスは、職業は貿易商だと言ったそうだな。この町に拠点があってもおかしくないな。カダン商会の場所は分かるか」
 エディスは意気込んで尋ねた。

「宿屋の主人によると、倉庫街に場所を借りていると話したのを憶えているそうです。町の南西地区です。おそらく、その辺りではないかと」
「ほう、宿屋も役に立つではないか」
 エディスは、馬鹿にしたような口調だ。
「正確な情報であれば、良いのですが」
「今の状況では、迷っている暇はなさそうだ。捜索に向かう。わたしが指揮をとる」
 先程、母親に前に出るなと言われたことが、頭に残ってはいる。指揮官は安易に動くべきではない。しかし、ここは重要な局面だと、エディスの直感が告げていた。

 エディスは、ケントと警備兵六騎を従えて、町の南西部へ夜の町を走った。
 倉庫街は昼間でも人気が少ない場所だ。通りの左右に石積みの大きな建物が並んでいるが、人が暮らす所ではない。酒場も無く、今日に限っては篝火で照らされているが、人の姿は見当たらなかった。

 エディスは、潜伏しているかもしれない殺人犯を刺激しないよう、手前で馬を降りた。手綱を引いて通りの入り口まで来ると、ケントを呼んだ。
「建物の数は、かなりあるな。二手に分かれて、カダン商会を探すぞ。見つけたら、すぐ伝令を走らせろ。わたしが行くまで踏み込むなよ」
 エディスとケントはそれぞれ部下を連れて、通りの左右に分かれ、捜索を始めた。扉を見つけるとカダン商会の名前が書かれていないか確かめ、窓があれば奥に人の姿が見えないか探った。

 捜索は遅々として進まなかった。倉庫街は広く、大小無数の建物があった。出入り口も多く、一つ一つ確かめるのに時間がかかる。エディスは、焦りを感じていた。さらに、疲労が追い打ちをかけた。戦闘用の鎧で動き回るのは、決して楽ではなかったからだ。

 行く手の道が、二又に分かれた。右に行くべきか、それとも左か。エディスは、部下の一人を指さした。
「お前は、わたしについて来い。他の者は、右の道を探せ」
 左の道は右のそれより細く、篝火の明かりが届かない。月明りを頼りに、慎重にしばらく進むと、うす暗い中に扉が見えた。部下の兵が静かに近づく。扉に顔を寄せて、何か書かれていないか確かめると、エディスの方を向いて頷いた。

「ここのようです。カダン商会と書かれています」
 部下の兵が小声で報告した。エディスの心臓が一拍大きく跳ねた。がれきの中から、手探りで水晶をつかみ取った感覚がする。
「よし。お前は、他の兵へ知らせに行け。ただし、騒がないよう皆に注意しろ」
 指示を受けた兵は、いま来た道を戻って行った。一人になるとエディスは、扉の横の小窓から中をうかがった。暗い中、目を凝らすと小さな蝋燭の火が見えた。誰かいるようだ。突然、白銀の剣から金属を打ち合せた様な鋭い音が鳴った。不可思議な力が働いている。

 大きな音ではなかったが、それに反応するように蝋燭の明かりが消えた。扉の向こう側の人間が、吹き消したようだ。聞き耳をたてていると、静かに歩く音がする。しかし、それは遠ざかってゆく音に聞こえた。

 反対側にも出入り口があるのだろうか。逃げられるかもしれない。扉の取っ手を押すと鍵は掛かっておらず、内側へ開いた。任務を果たそうとする強い思いが、エディスを行動へと駆り立てた。応援の警備兵の到着を待たずに、暗い室内へ一歩踏み込んだ。

 扉の向こう側は、小部屋だった。わずかな外光から、机と椅子があることがわかる。そして壁には扉の無い出入り口が開いており、その先は闇だった。この建物が倉庫であることから、そこには荷を積む大きな空間があると考えられる。人が隠れるとすれば、その荷の蔭だろう。

 エディスは、後ろ手に扉を閉め、ゆっくりと歩き出した。右手は剣の柄に手をかけている。鎧をつけた身体は普段の何倍も重く、静寂の中で板張りの床がきしんで音を立てた。
 わずかだが暗闇に目が慣れてきた。やはり倉庫のようで、木箱がいくつも積んである。人が隠れるのは、たやすいだろう。どうすればよい。

「誰かいるか」
 思い切って声を掛けた。声は反響して返ってくるが、返事はない。
「あやしい者ではない。尋ねたいことがあるのだ」
 やはり、物音一つしない。人の気配も無い。すでに逃げてしまったのかと思い、エディスはさらに歩を進めた。

「止まってください」
 闇の中から、落ち着いた、しかし氷のように冷たい女の声が聞こえた。
「何なのですか。いきなり入ってきて」
「警備隊だ。人を捜している。協力願いたい」
 エディスは、闇に向かって答えた。不思議なことに声はしても、女のいる位置が全くつかめない。黒い空間と話をしているようだ。

「ここには、わたし一人しかおりません。ご用がないなら、お帰り下さい」
「まず、顔を見せてもらえないだろうか。何処にいるやら分からないのでは、話ができない。ここに、明かりはないのか」
「明かりは無くとも、お話はできます」
「いや。役目なので、そうもいかぬのだ」
 エディスは、声を大きくして言った。下手な言い訳だが、ここで押し問答をしても仕方がない。時には脅しも必要だと思った。この女への疑いが、ますます濃くなってゆくのを感じたからだ。剣の柄を握る手が汗ばんできた。

 目の端が、小さな明かりをとらえた。エディスのすぐ右うしろに、蝋燭の火が灯ったのだ。予想外のことに一瞬息を呑んだが、それを隠して明かりに向き合った。
 意外なほど近くに蝋燭を持った小柄な女が立っていた。上半身だけが、闇に浮かび上がって不気味だ。年は三十歳を超えているようだ。髪は肩の辺りで切り揃えている。蝋燭の火を映した黒い瞳がエディスを睨んでいた。

「これで、よろしいですか。女の騎士様」
「……結構だ」
 手が届くほど近くにいたことに、まるで気付かなかった。後ろから襲われる可能性もあったのだ。大音量で、頭の中に警報が鳴り響く。

「何をお聞きになりたいのですか」
 女の声は硬く、抑揚がない。人形が話しているように感じられる。
「名前を教えてもらおう」
「アリエスと申します」
「では、アリエス。ここは、カダン商会か」
「はい」

「カダン商会は、何を商っているのだ」
「アストリアム王国の外で仕入れ品々を皆さまにお売りしています。また、この王国の産物をよその国で売ることもあります」
「それがここに積んである荷なのか。箱の中は何だ」
「この国には無い穀類、香辛料が多いですね。それが何か問題ですか。入国の際に、きちんと検査を受けていますよ」
「いや、そうではない。我らが捜している人物の荷物から、カダン商会と刻印された鍵が見つかった。それを頼りに、ここへ辿り着いたのだ。鍵の持ち主を知らないか」
 エディスは恐怖心を抑えて、アリエスの瞳を覗き込むようにして尋ねた。

「さあ、存じません。この建物は、仕事場兼住居のようなもの。鍵は一本しかありませんし、わたしが持っています。別のカダン商会とお間違えでなのでは」
 アリエスは否定した。その無表情からは、本当とも嘘とも判別がつかない。
「では、その鍵を見せてもらおう」
「机の抽斗の中です。取ってまいりましょう」

「いや待て。もう一つ尋ねたい。鍵の持ち主が宿泊している宿に、荷物を引取りに現れた女がいた。それは、そなたではないのか。アリエス」
 アリエスは答えなかった。何かの算段しているかのように黙したまま、身じろぎもしない。しかしエディスは、アリエスからじわじわと発せられる殺気を感じ取っていた。白銀の剣を握る手に力がこもり、今にも抜刀しそうになる。

 突然、先ほどエディスが閉めた扉が、弾け飛ぶような音を立てて開かれた。
「エディス様!」
 ひとりの男が、叫びながら飛び込んできた。

 驚いたアリエスは、とっさの判断で蝋燭を吹き消した。一瞬で倉庫内に暗闇が帰ってくる。身を隠すために後ろに下がろうとして、アリエスは動けないことに気付いた。
 エディスが右手を伸ばし、アリエスの左手首をしっかりと掴んでいたのだ。

「そうは、いかないぞ」
 エディスは、さらに力を込めた。
 闇の中に、大きな舌打ちが響いた。
(つづく)

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