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<創作大賞>夢幻想のふたり~剣姫あるいはIT女子~【6】

【6】朝菜
 比留間のノートパソコンの画面の中で、小さい生き物が眠っていた。

 コンピュータ・グラフィックで描かれたアニメーションだ。目を閉じて、丸まっている。時々、呼吸をしているように、背中がふくらむのがリアルだ。困惑した様子で、朝菜が尋ねた。

「何これ、たぬき?」
「犬ですよ。子犬です。かわいいでしょ」
 比留間は自慢げに答えた。

 フェニックスコープの会議室で、朝菜と比留間は三日ぶりのミーティングを行っていた。朝菜は毎日出社していたが、比留間は在宅勤務で姿を現さなかった。朝菜はチャットを送ったが、社内コンペのアイデアを考えている、としか返ってこない。さすがに不安になった朝菜が、対面ミーティングを設定したのだ。

「かわいいけど。何これ?」
「かわいいだけでは、ないんです。こうすると…… ほら」
 比留間がキーボードを操作して何かを入力すると、子犬は目を覚ました。大きく伸びをすると、次は画面の中を走り始めた。パソコンの画面の中をくるくると回っている。

「今は強制的に経験値を上げましたが、ポイント制にして、成果があった分経験値が上がるようにします。あと、色々なアイテムも考えたいですね。ドッグフードとか服とか」
「う、うん」
 比留間のアイデアが何なのか、朝菜にはさっぱり理解できなかった。

「名前を付けましょう。どうしますか」
「えっ、名前」
「この子の名前です。ペットを飼っていませんでしたか。同じでいいですよ」
「ああ、それでは。グレイ」
 なぜか、昨日夢に出てきたエディス王女の兄の名前が口をついて出た。

「グレイ。男の子ですね。設定しましょう」
 また、比留間はキーボードを叩いた。パラメータを設定しているようだ。
「できました。名前を呼んでください」
「なんで?」
「いいですから。どうぞ」
 朝菜が画面の向かって名前を呼ぶと、子犬は走るのをやめて正面を見た。

『あっ、アサナがいる。アサナ、おはよう』
 子犬が、幼い声で喋って手を振っている。
「へえ、私を識別した。顔認証かな?」
「そうです。パソコンのカメラで顔を見ています。社内のプロフィール写真を設定しておきましたので、SE3課全員の顔と名前は認識できます」

「これを作ってたの」
「そうです、疲れました。結構頑張ったんですよ。まあ、元になったのは中学時代に作ったペットアプリです。それを流用しました」
 確かに、比留間の目はウサギのように真っ赤だ。髪が跳ねているのも、そのせいかもしれない。

「まあ、よく出来ていると思うけど、最初の質問に戻るね。何これ?」
「これは、社内コンペ用に考えた。僕のアイデアです」
「でも、これはデジタルペットでしょ。必要なのは教育関連事業に関するアイデアだよ」
「わかってます。任せて下さい」
 比留間は、自信ありげだ。

「先輩は何かを継続する時に、途中でご褒美がほしくないですか。ご褒美がもらえると思ったら、頑張ってやり続けられませんか」

「そうね。あと一時間したら昼ごはんだと思うと、やる気がでるかもしれない。勉強も同じかな。夜食のために頑張れる、とか言う友達がいたなあ」
「そうです、それなんです。やる気がでると、グレイが成長するんです」

 階段を四、五段飛ばして話してるなと朝菜は思った。比留間には、賢いのかそうじゃないのか、理解できないところがある。
「その説明じゃ、分からないよ。もっと、詳しく話してもらわないと」

「う~ん。分かりませんかね。要点を話したつもりなんですが」
 比留間は不満そうだ。自分の頭の中で、渦巻いているアイデアを言葉にするのは、なかなか難しい。

「せっかくのアイデアも、伝わらないと理解してもらえないし、良い評価もされないよ」
「そうですかね……」
 比留間はしぶしぶ、考え出した事を一から話し始めた。二十分程説明を聞くと、朝菜の目が輝いてきた。これは、いけるかも。

「すごい。いいじゃない」
「やっと、分かってもらえましたか」
「三日で作ったなんて、感心するわ」
「まだ、やりたい事の20%位です。もう少し詰めたかったのですが、居眠りが多くて」

「今回はスピードが必要だから、20%で十分。続きはSE3課のみんなにレビューして、意見をもらってからにしましょう」
 比留間は課のメンバーのスケジュール表をパソコンに表示した。五人の予定を並べて見ることができるので、全員が空いている時間を簡単に探すことができる。

「ここの一時間は、皆さん空いています」
「よし。私が会議通知を出す。あと、レジュメも作る。比留間君は、ぎりぎりまで作り込んでいいよ」
「わかりました。たぬきバージョンも作りましょうか」
「広げ過ぎたら、収拾つかなくない?」
「ううん...… あきらめます」

 課内のレビューは翌週月曜日の十一時からになった。朝菜の出した会議通知に、皆から承諾の返信があった。会議のレジュメは、比留間のアイデアの要点を箇条書きにして、明日の午前中に配布するつもりだ。どんな反応があるだろうか。

 悩みがちな朝菜は、頭の中で色々なパターンを想像しては消し去ることを繰り返した。おかげで、午後の古典と数学の授業では、教師に当てられても回答できず、さんざんな目にあった。

 次の日の朝は、いつも通りに始まった。もそもそとベッドから這い出すと、ニュースを見て、朝食を食べた。不安な気持ち以外、何も特別なことはなかった。

「ねえ、ホムコ。今日のレビューうまくやれるかなあ」
 無駄とは分かっていても、誰かと喋りたい気分だ。習慣で、ホムコに話しかけていた。

『仕事は準備が九割と言います。完璧に準備されていれば、もう仕事は終わったも同然だそうです』
「あと一割は、何をすればいいの」
『相手の突拍子もない行動や想像していなかった要求に、上手に対応することです』
「う~ん。そうなると、つらいなあ」
『たいていの仕事は、つらさが伴うのではないですか』
「なるほど」

 ホムコとの会話は、中身が有るようで無い。AIが、朝菜の質問にふさわしい回答を瞬時にインターネットから拾っているだけで、条件反射のようなものだ。でも、不思議と深いもの、そして癒されるものを感じてしまうのはなぜだろう。

 朝菜は制服に着替えると、いつも通りの時間に家を出た。
 オフィスに着くとすでに鹿取が席に座っていた。挨拶をして、席でノートパソコンを起動させていると、鹿取が話しかけてくる。

「どう、うまくやれてる?」
「社内コンペのことですか。どうでしょう」
「今日の会議で、見せてくれるんでしょ」
 鹿取は、かなり興味を示している。
「比留間君が頑張って、形にしてくれました。それを発展させてゆくか、方向転換するか。皆さんの意見を聞きたくて」

「彼、昨日疲れてたね。無理したのかな」
「鹿取さん。私、うまくやれるでしょうか」
 朝菜は、ホムコに尋ねたのと同じ質問をした。不安が声に表れている。

「課長は、期待してるぞ! とか言った?」
「いいえ。よろしくな! という感じです」
「本当に、期待している人には、わざわざ言わないよ」
「え、マジですか」
「私は期待してるけどね」
 鹿取の目が、笑っている。悪戯な子供の言い様だ。

「それって、期待してないって聞こえます」
「うそうそ。でも、失敗したって構わないと思う位でちょうどいいよ」
「そうでしょうか」
 朝菜は、やはり自信なさげだ。

「始めないと、何も始まらない」
「鹿取さんの座右の銘ですか」
「違うよ。この間、ネットで見つけたの」
 鹿取は笑いながら朝菜の肩を二回叩いて、自分の仕事に戻った。また、背中を押してもらったようだ。朝菜は、肩の力が抜けてゆくのを感じた。

 比留間も出社してきた。崩れるように椅子に座ったのを見ると、疲れている様子だ。赤いネクタイが、ウナギの様にうねっている。
「先輩、おはようございます」
「大丈夫なの? ネクタイ、曲がってるよ」
「大丈夫です」
 ネクタイを直しながら、比留間は答えた。しかし、朝菜には、そうは見えなかった。

「なんだか気になるところが、たくさん出てきてしまって。あちこち修正してたら、寝るのが遅くなりました」
「あまり無理しなくていいよ。まだまだ、課内レビューなんだから」
「そう言ってもらえると、安心です」
「失敗しても構わない、と思う位でちょうどいいよ。きっと」
 あれ、鹿取さんと同じことを言ってる、と朝菜は気付いた。急に恥ずかしくなって、耳が赤くなった。

「あれ、どうかしました?」
「いや、なんでもない。打合せ通り、十一時からよろしくね」
 打合せでは、朝菜が概要を説明して、比留間がシュミレーションを行うことに決めていた。朝菜は会議のレジュメを作成して、SE3課全員にメールで送付した。

 そわそわしながら、時々時計をながめていると、開始五分前になった。会議室には、メンバー全員が揃っている。高岡課長、鹿取、新宮が並んで座り、それに対面して朝菜と比留間が座った。
「縄田君。そろそろ、始めようか」
 高岡課長が、軽い口調で言った。朝菜への気遣いが感じられる。

 朝菜の胸が高鳴った。期待と不安が入り混じった気持ち。エディス王女がカダン商会を見つけた時に、こんな感覚だったのだろうか。王女に尋ねたくなった。

「はい。では画面共有したレジュメ通りに進めます。先に配布したものと同じです」
 全員、自分のパソコンの画面を見た。朝菜の画面表示と同じものが映っている。
「まず、概要からです」
 朝菜は、比留間に聞いたアイデアを箇条書きのメモにまとめていた。それを共有画面に表示した。

「今回は当社の新規事業として、教育業界への参入の為のアイデアを考えて……」
「ちょっと、待って」
 鹿取が口を挟んだ。
「表情が硬いよ。それに暗い。このメンバーしかいないんだから。もっと明るく、雑談みたいでいいよ。ねっ!」
 鹿取は、右手をひらひらと振った。高岡課長も新宮も頷いている。

 朝菜は、浅く息を吸った。よし、決めた。カダン商会の扉を開けて、真っ暗な室内へ足を踏み入れた。

「そうですね。では、自分の言葉で話しながら説明します。このアイデアは、比留間君が考えてくれました。まず、ターゲットは小学生から中学生です。高校生には、幼すぎるかもしれません」
 一旦間をおいた。
「次に内容です。私も経験がありますが、普段の勉強や受験勉強で困るのは、ふとした瞬間にやる気が失せてしまうことです」

 朝菜はパソコンから顔を上げて、目の前の三人の目を見ながら説明することにした。話したい内容は、頭に入っている。

「目標が遠く遠くに感じてしまうとか、何のために勉強しているのか分からなくなることがあります。学習を継続してゆくには、これに打勝つ強い精神力が必要です」
 鹿取と新宮が頷いて、同意を示す。

「社会人にならまだしも、学生に過剰な精神力を求めることは難しいと思います。そこで、短いスパンで達成感を得られたら、どうかなと考えました。これです」
 朝菜は、隣の比留間に合図をした。

 比留間が、共有画面を自分のパソコンの画面に切り替える。全員のパソコンの画面に丸まって眠る子犬のCGが現れた。
「おっ、かわいいな」
 高岡課長がすぐに反応した。家にいるペットを思い出したのだろう。

「そうでしょう」
 朝菜はそう言いながら、驚いていた。昨日と比べて、CGのクオリティが上がっている。本物の子犬の映像をみているようだ。
 横目で比留間を見ると、目が半分閉じかかっている。寝ずに頑張ってくれたのかと思うと、嬉しくなった。

「これは、デジタルペットです。デジタルペットは見ているだけでも十分ですが、その成長も楽しみの一つです」
 今度は、高岡課長が大きく頷いている。
「その成長の度合いに、学生の学習進度・テストの成績・全国模試の順位などから計算した結果を反映させます。日々の勉強が進めば進む程、ペットが成長してゆきます。これが、達成感につながると考えました」

「成長って、どうなってゆくの?」
 鹿取が尋ねる。画面を指でなでているので、気に入っているようだ。
 比留間が、パソコンの画面を朝菜へ向けた。画面の上端にはカメラが付いている。すると、子犬が起き出して朝菜へ顔を向けた。

『やあ、朝菜。今日は、どんな日だった?』
「大変な日だった。とても、緊張したよ」
 朝菜がそう言うと、子犬はまばたきをして、しっぽを振った。
『そうなんだ。でも、頑張ったら、お腹が減るよ。今日の夕飯がおいしいといいね』

 その後、子犬は寝てしまった。これが、AIが考えた子犬らしい返答だ。成長するにしたがって、返答が変わってゆくはずだけれど、どう変わるかは予想できない。

「まずは顔認証で、ユーザの顔を識別できるようになります。次にだんだんと受け答えが上手になります。さらに走ったりして、動きも活発になる……  はずです」
「AIへ入力される情報次第というわけか」
 朝菜は、久しぶりに新宮の声を聞いた。

「動きのパターンは、今のところ五十種類、会話のパターンは八十種類あって、状況に応じてAIが組み合わせます」
 比留間が説明すると、新宮は黙って上を向いて何か考えているようだ。良かったのか悪かったのか、判断つかない反応だ。

「学習塾などは、独自の学習プログラムを持っていると思います。それと掛け合わせることで、途中で投げ出すことなく、学習を継続できるサービスになると思います」
 朝菜は話をまとめた。説明したい事の九割は話せたはずだ。あとは評価次第だ。

「これが、縄田君のおもしろ提案だな」
 高岡課長が笑った。どうやら、朝菜の発言を憶えていたようだ。
「私は良いと思いますよ。おもしろ提案」
 鹿取は高岡課長を向いて言った。
「たぬきも、可愛いし」
「あれっ」

 比留間は、情けない声を出した。CGのクオリティに自信があったようだが、通用しない人がいることが分かった。 
(つづく)

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<創作大賞>夢幻想のふたり~剣姫あるいはIT女子~【7】


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