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<創作大賞>夢幻想のふたり~剣姫あるいはIT女子~【3】

【3】エディス 
 エディスは、ぼんやりと目を覚ました。

 自室の寝台の上だ。
 窓の鎧戸から外の光が漏れて、部屋の中は薄暗い。鳥の鳴き声や城で働く者の話し声で、朝だとわかる。まだ頭が覚め切らない。寝返りをうって枕に顔をうずめた。

 一晩中、強盗殺人犯を追って、城下町を探索していたのだが、結果は出なかった。あきらめて、王城の自室に辿り着いたのは、そろそろ夜も明けようとしている頃だった。

 疲れから、倒れこんで寝てしまったはずだが、きちんと掛け布団に潜りこんでいるから不思議だ。

 部屋の扉を控えめに叩く音がした。
「姫様、そろそろ起きていただけますか」
 年配の女性の声だ。
「開けますよ」
 エディスが返事する前に、扉が開かれた。

 一人のふくよかな体型の女性が、部屋に入ってくる。エディス付きの侍女頭だ。予想通り部屋の中が暗いことに、がっくりと肩を落とした。

 さらに気に入らないのは、壁に掛けた白銀の剣から朧げな光が漏れていることだ。気色の悪い、と侍女頭は常々思っている。

「やっぱり、まだ起きていない。姫様。もう、お昼ですよ。お帰りが遅かったとはいえ、寝過ぎです。公務に差し支えますよ」
 侍女頭は、エディスのがっしりとした肩を揺すった。

「もう少し。もうちょっとだけ……」
「駄目です。たくさんの人がお待ちですよ。町の代表団が朝から陳情に来ていますし、ゴドリー様も報告があると言われてます」

 エディスは、兄グレイの代理で町の代表と引見することも、少なくなかった。今日は、現場巡視のために、グレイは終日不在だ。

 侍女は窓に近づくと、鎧戸を開けた。日光が闇を追い払った。広い部屋の中には、飾りや調度品はあまり置かれていない。必要最低限の家具が並んでいる程度だ。
 これは、エディスの性格を反映している。簡素といえば聞こえがいいが、殺風景ともいえる。

 エディスは、差しこむ光を手で遮り、しぶしぶ起き上がった。大きくあくびをする。
「おはよう。カナリエ」
「おはようではありませんよ。お日さまは、あんなに高く昇っています」
 カナリエは、不満そうに窓の外を指さした。雲の無い青い空が、広がっている。

「それほど、寝た気はしないが」
「もう十分です。それより、皆さまを待たせていますよ。ご準備を」
「わかった、わかった。着替えるよ」
「待ってください」

 カナリエは、エディスの顔をじっと見た。エディスは、侍女の顔がだんだんと険しくなってゆくのを感じた。

「お休みになる前に、お顔を洗いましたか」
「いや。帰ってそのまま寝た」
「頬に煤が付いています」
 さらに、髪に顔を近づけた。カナリエの声が一段低くなる。

「汗臭いですね」
「馬で走り回ったからな。仕方ないだろ」
「湯あみをしていただきます」
 カナリエは、強い口調で宣言した。若干、怒っているようにも見える。

「いいよ、面倒くさい。急ぐのだろう」
「駄目です。だらしない姿で、人前に出ることは許しません。女王様に知られたら、姫様だけでなく、侍女全員が叱られます」
「おおげさだよ」
「いいえ、駄目です」

 その迫力に、抵抗は無駄に終わった。子供の頃から、なにかと小言をいわれ続けているので、逆らっても無駄と諦める。

 エディスは、カナリエが呼び寄せた数人の侍女に抱えられるようにして、浴槽のある部屋へ運ばれた。すでに湯は沸いており、頭からかけられ、石鹸の泡で全身を洗われた。

 湯あみの最中は、何もすることがないエディスは、侍女に身体を擦られながら、見た夢の事を考える。今までは目が覚めてしまえば、夢の内容は頭の中から消え去っていた。

 何か物語を体験していたな、というわずかな記憶は残っていても、すぐに忘れてしまう。しかし不思議なことに、今回の夢ははっきりと覚えている。

 自分と同じ年頃の女が、布団の山に埋もれていた。大きな音がして、目を覚ましたかと思えば、周りに誰も居ないのに会話をしていた。見えない妖精でも居たのだろうか。

 部屋の隅にある箱が突然光ったり、小さい箱を机に置いて、その中の人間としゃべっていた。小さい箱の中には、何人も入っていたようだ。

 変な夢を見たと思った。生まれ育ったこのアストリアム王国とは違う、他の国の様子なのは間違いない。文化なのか、作法なのか、よく分からないが根本的に異なっている。

「しかし、年かさの男に命令されて困っていたな。名前はアサナだったか」
 エディスは、小声で笑った。自分と同じ境遇か、と思うと同情を感じる。
「姫様。何でございましょう」
 横に控えていた若い侍女が、尋ねた。

「いや、何でもない。もう、十分だろう」
 浴槽から立ち上がると、侍女が身体を拭くために、エディスを取り囲んだ。そして、カナリエの選んだ白い衣装を着せられると、仕上げに宝石の付いた冠や首飾りで、飾り立てられた。

「お美しいですよ。姫様はもとが良いのですから、普段からこうしていれば、何も問題ないのです」
 カナリエは仕上がりに満足そうだ。

「これは、本当に必要なのか」
 首飾りの宝石をつまみながら言った。似合いもしないのに、と思う。

「淑女の装いですから、当然です。だいたい、いつも鎧やなんだかんだ、汚れた物騒な恰好をしているから……」
「わかった、わかった。町人を待たせているから、行くぞ」

 秘書官を連れて、逃げるように謁見の間に赴くと、町の有力者からなる代表団が待ち構えていた。一同が頭を低くする。団長が挨拶の口上を述べた。

「エディス王女様におかれましては、ご機嫌うるわしゅう存じます。本日もお美しくあらせられ、一同望外の喜びに浸っております」
「うむ。皆の者、大儀である」

 エディスは大仰に返答した。格式張ったことが嫌いなエディスでも、この程度までは我慢できる。できるだけ相手を持ち上げて、要求を通そうするのを分かっているからだ。

 これまで何度も顔を合わせている代表団は、昨夜の殺人に恐れをなして口々に治安を問題にし、残虐な犯人を一刻も早く捕まえるよう訴えた。
 言われなくても分かっている、と怒鳴りそうになるのを我慢する。

「町の警備は、さらに厚くする。犯人は一両日中に捕らえる」
 国防大臣代理として約束をすると、代表団は引き上げていった。あての無い空約束に、エディスの心が傷んだ。

「次は、ケント・ゴドリー警備隊副隊長がお待ちです」
 横に控えていた、秘書官が予定を伝える。
「うむ。大臣執務室へ来るよう伝えてくれ」
 そう言うと、エディスは謁見の間を後にした。足早に、廊下を進む。

 城の廊下の窓から見える太陽は、頂点からかなり傾いていた。町人ならば、そろそろ仕事じまいをして酒場で一杯やるか、家に帰って家族と食事にするかを考え始める頃あいだ。そして、また夜がやって来る。
 今晩、決着をつけたいものだ。エディスは、太陽を睨みつけた。

 エディスが大臣執務室に着くと、ちょうどグレイが戻ったところだった。五人の随行員を後ろに連れている。一日仕事だったせいで、グレイは疲れを顔に滲ませていた。

「兄様。お帰りなさいませ」
「ああ、エディス。終わったか。お前にも苦労をかけるな」
 グレイは、申し訳なさげに言った。
「いいえ。苦ではありません。ケントを呼んであります。一緒に話を聞いていただけませんか」
「いや。今から警備計画の会議がある。次の機会にしてくれ」

 疲れた声でグレイが言うと、そこへケントが到着した。警備隊の軽装の鎧を身に付けている。ケントは大臣を前にして、膝を地に付けた。

「ケントか。妹を護ってやってくれよ」
 ケントは無言で頭を下げた。
「そうだ。ふたりは遊撃部隊として働いてもらいたい。全警備隊に通達する。必要な時は随時その場にいる警備兵を調達してもかまわない。存分にやってくれ」

「大臣。会議が始まります」
 随行員の一人が早口で言った。グレイは、気を休めることもできないな、とつぶやきながら歩き去った。

 エディスは大臣執務室へケントを招き入れた。執務室には細かい細工を施した机や椅子があり、壁にはアストリアム国旗が飾ってあった。エディスは兄の使っている椅子に腰掛けた。

 ケントはエディスと向き合って立つと、ニヤつきながら言った。
「ほう、カナリエ様好みですね。その恰好」
 エディスの白い衣装を見た、ケントの目が笑っている。

「町の代表団が陳情に来ていたのだ。仕方なかろう」
 エディスは、机に片手で頬杖をついた。
「いえ、お似合いですよ」
「馬鹿にすると、王族侮辱の罪で投獄するぞ。情状酌量は無しだ」
「怖いことは言わないで下さい」
 ケントは両手を上げ、降参の仕草をした。

「ふん。それより、報告があるのだろう。犯人を見つけたか」
「いえ、まだです。しかし、手がかりは見つけました。死体が握っていた木札です」
「彫り物などと、言っていたな。あれは、何だったのだ」
「鈴蘭の花でした」

 ケントは隠しから木札を取り出して、エディスに渡した。やや使い込んだ感のある平たい木材に、鈴蘭の花を簡略化して彫り込んである。

「なんとも可愛らしい。子供の遊び道具か」
「違います。宿屋で使っているものでした」
「宿屋? 町の宿屋か」
 エディスは首をかしげた。城下町に何軒か宿屋があることは知っているが、泊まったことはない。

「鈴蘭亭です。店の前に同じ彫り物の看板を出しています。警備兵の中に見知っている者がいました」
「なるほど。それで、木札をどう使っているのだ。土産物か」

「その日の泊り客に渡しているようです。客が外出から帰ってきた際に、木札を見せると部屋に入れる仕組みです。宿屋の主人が、客の顔をいちいち憶えなくてもいいようになっているのです」
 ケントは、嫌味な口調で言った。

「まあ、部屋数もたいした数ではないので、憶えられそうですがね。少し、いかがわしい噂もある宿のようです」
「なんだ、いかがわしいとは。犯罪に関わっているのか」

「犯罪者でも、金さえ払えば隠れられるということです。なにせ、宿屋は顔を憶えないのですから」
 ケントはあごを撫で、憎々しげに言った。

 警備隊は、町の犯罪も取り締まる役目も負っている。日頃から犯罪者を追う立場のケントには、許しがたいはずだ。

「昨日の被害者シージルは、その宿に泊まっていた。だから、木札を持っていた。そうか、そういうことか」
 エディスは急に、机に手をついて勢いよく立ち上がった。蹴飛ばした椅子が、後ろへ跳ねる。

「よし、調べに行くぞ。宿屋の主人に、じっくり話を聞く。今すぐだ」
「いやいや、待ってください」
 ケントは、今にも動き出そうするエディスを手で制した。

「宿屋へは、もう行きました」
「なんだ、つまらん。いつの間に行った」
 不機嫌な顔で、椅子に座りなおす。背もたれに全身を預けて、不満を表している。

「エディス様の公務の最中です。終わるのを待っていると、手がかりを失うかもしれませんので」
 本当はエディスが寝ている間に捜査を始めていたのだが、そこはうまくごまかした。

 ケントは、エディスが行きたがることを分かっていたが、起こさないことを選んだ。疲労で倒れてもらっては困る。お目付け役も、気遣いが大変だ。

「それで、どうなんだ」
「宿屋の主人によると、シージルは泊り客ではありません」
「では、なぜ木札を持っている」
「それなんですが」
 ケントは木札に空いている穴を指さした。

「この穴にはもともと、紐が通されていました。木札をなくさないように、首にかけたり、腕に巻き付けておくためです。もし、木札を身に付けていた泊り客がシージルを襲って揉み合ったとすると、どうなりますか」

「暴れたシージルが、偶然木札をつかんで引きちぎったかもしれんな」
 エディスが、再び勢いよく立ち上がった。今度は机が揺れ、椅子が後ろに倒れた。目を大きく開いている。

「その泊り客が怪しいな。警備兵を総動員だ。町中を探させろ」
「まあまあ、落ち着いてください」
 ケントがあわてて、両手で押しとどめた。

「もう捕まえました。宿屋に居たんです。木札を無くした泊り客が」
「犯人は見つかっていないと言っただろう」
 エディスは、ケントに人差し指を突き付けた。詰問の口調になっている。

「犯人とは決まっていません。まだ、怪しいという段階です」
「木札を持っていないのが証拠ではないか」
「酒場で盗まれたと言い張っています。宿屋にも説明して、宿泊したとか。主人にも確認してあります。おかしな素振りはなかったそうです」

 無言の時間が流れた。エディスは立ったまま考えこんでいる。経緯としては、不思議はない。酔っ払いの多い酒場で、身に付けているものを盗まれることはよくある。

「その者は、男か女か、どんな風体だ」
「四十歳くらいの小柄な男です。ジェイ・イライアスと名乗っています。商売人だそうで、愛想は良いです。そして、外国人です。貿易の仕事で長期滞在しています」

「いつから、我が王国にいるのだ」
「宿屋の主人に尋ねると、三十日以上は宿泊しているようでした。何回かに分けて、前金で払っているので、文句は無いそうです」
「だから、木札を持っていなくても、泊まれたのか。さすがに、主人も顔を憶えたな」
 エディスは、からかうようだ。

「上客ということです」
「で、どうだ犯罪者の匂いはするか。お前なら分かるだろう」
「殺気はありません。穏やかな感じです。ただ、胎は据わっています。捕らえられても、落ち着き払っていましたから」

 何か解せないものを感じる。エディスは直感を信じることにした。
「会わせろ。今どこにいる」
「警備隊の詰所に。しかし、エディス様直々にお会いになるのは、どうかと思います。危険な人物かもしれませんよ」

「穏やかな男なんだろ。一目くらい、よいではないか」
 エディスは、渋るケントの横をすり抜けて、扉を開けた。

 廊下に出ると日は沈みかけていた。所々に蝋燭の明かりが灯っている。室内を振り返ると、ケントがあきれ顔をしている。
「どうした。行くぞ」
「その服装では、いかがなものかと。何分、むさくるしい場所ですし」
「かまわない。早くしろ」

 エディスは、早足で歩き出した。城内では侍従や侍女が働いており、エディスの姿を目にすると手を止め頭を下げた。自分に向けた本当の敬意ではない。自分が王族であることに対する敬意だ。

 エディスは、幼少の頃からそう感じていた。王族であり、大勢に奉仕されることを恥じたことはない。そういう運命の下に生を受けたのだ。

 ならば、多くの人から尊敬される存在になればよい。尊敬される行いをすればよい。王族は国民を幸せにする義務があるはずだ。エディスの行動原理は、そこにあった。

 ケントが追いついた。燭台を持っている。
「こちらが近道です」

 一旦建物の外に出ると、暗い中庭を突っ切った。警備隊の詰所は、城門の側にある。
 古びた石造りの建物に入り、階段を降りる。地下に広がった空間は、捕らえた犯罪者の尋問と留置を行う場所だ。

 ひんやりとした空気と湿気からくる黴の匂いが、日常にはない恐怖心を呼び起こす。だが今は、そこに別の匂いが混じっていた。
「血の匂いだな」
 エディスが緊張した声で言った。

 普段であれば、警備兵が数人常駐し、人の出入りを見張っているはずだが、誰も見あたらない。明かりも消えて、暗闇の中にはっきりと血の匂いが漂っている。

「戻りましょう。エディス様を危険にさらすことはできません」
「いや。何が起こったか、確かめるのだ。武器はあるか」
「これだけです」
 ケントは、腰の短剣を差し出した。

 しかし、エディスは首を横に振った。
「それはお前が使え。そうだ……」
 首飾りを外すと鎖のように振り回した。大きな宝石が重しになり、風を切る音がする。

「これでも無いよりましだろう。目つぶしくらいにはなる」
「では、わたしが先にまいりますので、後ろに付いてください。異常を感じたら、すぐさま引き返してください」

 ケントは燭台をかざしてゆっくりと進んだ。蝋燭の火が作り出す陰影が、人ならぬ物を想像させ、恐怖心を倍増させる。

「男を尋問していたのは、この部屋です」
 閉まった扉の前で止まると、中の様子をうかがう。物音ひとつしないが、血の匂いは濃くなっている。

 きしむ扉を開けた。室内は暗い。燭台を持った腕を突き出して、一歩踏み入った。
「うっ……」

 ケントは絶句した。そして、手のひらで口を覆った。蝋燭の火に照らされたのは、床に仰向けに倒れた三人の警備兵の姿だった。喉を抉られている。

 床や壁は飛び散った血しぶきで、真っ赤に染まっていた。まだ時間が経っていないからか、ねっとりと光を反射している。

 そして、捕らえたはずの男、ジェイ・イライアスの姿は、跡形も無く消え去っていた。 
(つづく)

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

夢幻想のふたり~剣姫あるいはIT女子~【4】


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