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<創作大賞>夢幻想のふたり~剣姫あるいはIT女子~【4】

【4】朝菜
 朝菜は朝から、思い悩んでいた。
 今日はフェニックスコープのオフィスに出社している。まだ朝早いので、休憩室は朝菜以外誰もいない。紅茶のペットボトルを手に、ソファーに座っているが、キャップは閉まったままだ。制服のフレアスカートは明るいグレーで、普段はかわいいと思っているが、今に限っては曇り空の色に見えていた。

「どうしようか」
 解決はしないが口にしてみる。悩みがちな性格であることは、自分でも分かっている。今までは時間に解決してもらっていたが、今回は少し重めで見通しは暗そうだ。
 ふと気配を感じた。顔を上げると、新宮が自販機の前に立っていた。飲み物を買いに来たようだ。茶色のスーツ姿が、まだ若いのに、妙に野暮ったく見えてしまう。

「おはようございます」
 朝菜が挨拶をすると、新宮は黙って会釈をして、休憩室を出て行った。相変わらず、コミュニケーションを取りづらい。一緒に外出すると電車の中はまだいいが、タクシーに乗ると会話が進まないのでとても気まずい。それでいて客先からは信頼を得ていて、何も問題を起こさない。朝菜からすると不思議な大人だ。

 仕方なくオフィスに戻ると、鹿取と比留間が席についていた。鹿取はもう仕事を始めていて、かすかにキーボードを叩く音が聞こえる。集中しているのか、挨拶をしても片手をあげるだけだ。

「先輩、もう決めました?」
 朝菜が自席につくと、隣に座る比留間が話しかけてきた。白いシャツにワインレッドのネクタイを結んでいる。
「何を?」
 顔を背けるようにして、無感情に返答した。赤色をみると昨日の夢の記憶が甦って、胃の辺りに不快感を覚えた。また変な夢を見てしまった。あの血の色が。

「社内コンペですよ。受けますよね。リーダーの件」
「なんで、比留間君が決めちゃうの」
「やりましょう。応援しますから」
「応援だけじゃ、企画は作れないよ」
 朝菜は冷たく返答した。妙に他人に勧められると、なんか嫌。

「頭も使うし、手も動かしますから。何でも指示してください」
「でも、鹿取さんや新宮さんを差し置いて、リーダーなんてできないよ。年下に指図されたら、気分悪いでしょ。気も遣わないといけないし」
「大丈夫です。鹿取さんは、東日本電産との介護ロボット開発で忙しい。新宮さんは、菱沼ネットワークスのオートパイロット・ドローンの入札を来月に控えて手一杯。誰も文句言いません。逆に感謝されますよ」
「分かってるよ。今動けるのは、私達だけ。しかし、ねえ……」

 昨日のミーティングで高岡課長に依頼されたリーダーの話には、即答しなかった。いや即答できずに、一日だけ猶予をもらったのだ。おかげで午後のリモート授業は集中できず、好きな物理の時間でも、なんだか上の空だった。
 もうすぐ、高岡課長も出社してくるだろう。比留間のように席につくなり、「決めたか?」と言われてもおかしくない。どうしよう。

 すると頭の中に光が閃いた。迷ったときは占いだ。大企業の社長でも、迷った時は占いに頼ることがあるらしい。早速スマホを取り出して、検索してみる。うお座・O型の今日の運勢は、恋愛△、金運◎、健康△、仕事○だ。悪くはない。さらにタップして、詳しい解説を読む。

 『運気はとても安定しています。仕事は順調に進みます。しかし、大きな決断を迫られる時は要注意です。決断によっては、明日以降の運気に悪い影響が出るでしょう。ラッキーアイテムは、バニラアイス』
 微妙だし、答えになってない。それに、朝からバニラアイスは…… 朝菜は腕を組んで、ため息をついた。この占いでは、決められない。困ったなあ。
「なにコソコソやってるの。朝から、暗いオーラで出てるよ」
 鹿取が後ろに立って、笑っていた。ネイビーのパンツスーツがきまっている。

「課長に言われたことで、悩んでるでしょう」
「……はい。そうです」
「ごめんね。課長から、縄田さんが市場動向の報告をまとめてるって聞いたから、会議のファシリテータもお願いしたらって言ったの。まさか、SE3課のリーダーに指名されるとは思わなかった」
「いえ、謝っていただかなくてもいいです。結局、ファシリテータは課長がやってましたし。鹿取さんは悪くありません」
 座ったままでは失礼かと思い、朝菜は椅子から立ち上がった。身長は、それほど変わらない。朝菜は鹿取と目を合わせた。

「いいこと教えようか」
「なんでしょう」
「社内コンペに、いくつエントリーされると思う?」
「全ての課に要請されているなら、二十くらいでしょうか」
 朝菜は、ざっと組織図を思い浮かべた。

「地方の支社からもエントリーがあったら、三十はあるかな」
「そんなに」
「三十もあったら一つくらい、おもしろ提案があってもいいじゃない」
「はあ」

「若者の感性でまとめましたっていうのも、許されると思うな。縄田さんを馬鹿にしてる訳じゃないのよ。そんな感じで、進めてみたらどうかなって」
「あ、ありがとうございます」
「ドーンとやっちゃえ。あれ、言い方が年寄りくさいか。ははは」
 鹿取は笑いながら、手に持っていた書類を高岡課長へ提出しに行った。課長は、いつの間に出社していたのだろう。気が付かなかった。

「優しいですね。鹿取さん」
 横で聞いていた比留間が言った。
「そうだね」
 朝菜は嬉しかった。そして、鹿取を格好いいと思った。

「やりますか? リーダーを」
「こんなに背中を押されると。断れないよね」
「退路を断たれちゃいましたね」
「嫌な言い方」
 朝菜は、口を尖らせた。

「えっ、そうですか。じゃあ、煽られるとか」
「もっと嫌」
「補給路を狙われる」
「そういう話じゃないよ」
 比留間と話していると楽しいのだが、いつも話題ががおかしな方向へずれてしまう。本当に変わった人間だと思う。励ましてくれているのは分かるのだけれど。

「縄田君。ちょっといいか」
 高岡課長から声が掛かった。朝菜の体に緊張がはしる。決めた通りにやるしかない。大股で高岡課長の席へ向かった。

「おはようございます」
「おはよう。昨日お願いした社内コンペことだが、どうかな」
 高岡課長の顔は、期待に満ちていた。
「あの、私」
「経験の無いことで、戸惑っているとは思うけど」
「そうですね。でも」

 その時、朝菜はエディス王女のことを思い浮かべていた。自分の境遇を悲観せず、行動することではね返そうする、凛としたあの顔つき。心の中でスイッチが入る感覚があった。

「でも。やらせていただきます」
「そうか、ありがとう。よろしく頼むよ」
 高岡課長は小さく頷いた。そして手に持ったタブレットパソコンを操作すると、一通のメールを表示して朝菜に渡した。朝菜は顔を近づける。

「社内コンペ日程の繰り上げ変更について、ですか?」
「そう。今朝送られてきた通知だ。元々、社内コンペは来月の今頃、一ヶ月先が提出締切だった」
「まあ、少し厳し目のスケジュールですね」
「それから、書類選考で数件を選んでプレゼンテーションさせる。その中で一番良いアイデアを製品として開発してゆくという手順だった」
「そのスケジュールが……」

「繰り上がった。書類の提出締切は二週間後になった」
「半分の期間じゃないですか。無茶ですよ」
 朝菜が悲しげな声で言う。もっと、早く知りたかった。
「まあ、理由はあるんだ。真心ゼミナールを知ってるよな」
「急行の停車する駅前に、たいていある学習塾ですね。前に調べました」
「業界三位の大手企業だ。その真心ゼミが、学生への新しいサービスのプロポーザル式入札の実施を発表したようだ」
 
「プロポーザル式…… 企画提案と価格の両方で審査があるんですか」
「そうだ。その入札に参加することになった。締切は一ヶ月後だ。それに間に合わせるのが繰り上げの理由だ」
「うちの会社は実績無いですよ。たぶん参加資格でアウトになります」
「どうも広くアイデアを募りたいらしくて、参加資格のハードルは低くなっている。会社の規模位だ。それなら我が社でもセーフだ」
 高岡課長は、野球審判の様に両手を横に振った。わざと楽しそうに振舞っているようだ。

「メールは転送するから、社内コンペの要領を理解してほしい。そこからスタートだ」
 朝菜は、五秒ほど沈黙して考えた。
「おもしろ提案でもいいですか」
「おもしろ?なんだそれ」
「いえ、忘れて下さい」
 一礼して席に戻る。

 怒りや失望は感じなかった。脱力感もない。この難局をどう乗り切るか、そのことで頭はいっぱいだった。やると決めた以上、何とか形にしないと、自分を許せなくなりそうだ。朝菜は隣を向いた。

「比留間君。手伝ってもらっていい」
「はいはいはい、何なりとお申し付けください」
 比留間は、間髪入れず返事をした。朝菜が戻ってから、気になって様子を伺っていたからだ。朝菜は、くすりと笑った。
「なんだか、軽い返事ね」
「百点の返事ですよ。おっ、課長からメールが来ました。開いてみます」

 比留間はノートパソコンを操作すると、しばらくメールを読んでいた。
「先輩。引きましたね」
「なんのこと」
「貧乏くじを引きましたね」
「やっぱり、そう思う?」

 高岡課長からのメールは、SE3課全員宛に送られていた。社内コンペ対応のリーダーは縄田朝菜が担当するので、協力してほしい。しかも、締切が二週間後へ繰り上がって緊急を要するのでよろしく、と書かれてあった。資料として、コンペの参加要領書が添付されている。

 朝菜は高岡課長へ返信する形で、全員へメールを送った。
<短期間で仕上げる必要があります。色々ご相談しますので、よろしくお願いします>
 間を置かず反応することで、やる気を見せたつもりだ。

<OK>
 鹿取からは、すぐ返事が来た。簡単かつ明瞭だ。
<承知しました。今日はこれから外出して、直帰予定なので、明日からよろしくお願いします>
 しばらくして、新宮からも返事があった。新宮らしい丁寧な文章だ。これで、二人の経験と知恵を借りることができそうだ。

「まず、作戦会議ですね。今から、やりますか?」
 比留間が、はりきって尋ねた。目が輝いている。
「そうね。キックオフかな」
「03会議室をおさえました」
 比留間はそう言って、立ち上がった。畳んだノートパソコンを脇に抱えて歩いてゆく姿が、なんだか頼もしい。朝菜も小走りでその背中を追った。

 03会議室は、六人用の小さな会議室だ。ただし、ホワイトボードやパソコン用のモニタなど、議論のための道具は揃っている。
「先輩。何から始めますか」
「そうね。まず、社内コンペの参加要領を確認しよう。高岡課長が送ってきた書類をモニタに映して」
 壁に掛かった32インチモニタに、書類が表示された。

「コンペの趣旨と締切日、提出先は分かった。ではまず、ターゲットを絞りましょう。学生向けなのか、教師向けなのか。塾の経営会社向けなのか、学生の保護者向けなのか。色々な観点があると思うの」
 朝菜が言った。しかし、比留間は壁のモニタを見たまま黙っている。

「どうしたの。比留間君」
「あの、参加要領なんですが。書かれていないことがあります」
「ん?」
「ふつう、提出形式が規定されていると思うんです。プレゼン資料三十枚までとか、梗概を付けろとか」
「そんなの常識の範囲で判断すればいいんじゃない。プレゼン資料を二百枚も作れないよ。時間も無いし」
 朝菜は、首を横に振った。とんでもない。

「でも、ここを見てください。書類の一番下です」
 比留間が、身を乗り出してモニタを指さした。
「提出形態は問わない、と書いてあります」
「なにそれ。自由だってこと?」
「プレゼン資料を三百枚作りますか」
「駄目だよ、コンセプトも決まってないのに。私達、まだスタート地点にいるんだよ」
 何ならマイナス地点だよ、と朝菜は頬をふくらませて、嫌そうな顔をした。
「コンペ開催者の意図があるのか。引っ掛かるなあ」
 比留間は疑り深い性格なのか、つぶやきながら首をひねった。
(つづく)

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