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<創作大賞>夢幻想のふたり~剣姫あるいはIT女子~【11】

【11】エディス
 尾行中の、ひとりの警備兵が戻ってきた。
 ケントは報告を聞くと、その警備兵に素早く指示を与え、王城へ走らせる。もうひとりは、逃走したアリエスを今も尾行している。

 アリエスは行き交う人が多い通りを選んで歩きまわり、最終的には黒猫通りの一画にある建物に入ったと報告された。

 黒猫通りとは、多くの露天商が店を出す、にぎやかな通りだ。食料品、生活必需品もあれば、盗品も平気で店先に出している、という噂がある。
 うしろ暗い場所であれば、アリエスのもう一つの隠れ家があっても、おかしくはない。

 にぎやかな通りであれば、大勢つめかけると騒ぎが大きくなる。アリエスに気付かれるかもしれない、とケントは考えた。

 今、鈴蘭亭にいる警備兵から、フィン・モルダーも含めて三人を選び、さらに鎧を脱がせて町人の服装に変えさせた。
 もちろん、自分も商人風の服に着替える。武器は、一振りの短剣のみだ。

 ケントと三人の男達は、鈴蘭亭から黒猫通りへ走った。到着すると、ひとりの警備兵が静かに寄って来た。アリエスを尾行した兵だ。ケントは横を向いて、気付かないふりをしている。

「まだ、動きはありません」
「どこにいる」 
「通りの中ほど。左側の建物に、青色の扉があります。そこへ入りました」
「何の建物だ」

「隣人に尋ねましたが、木箱を運び込んだのを見たらしく、倉庫ではないかと。それ以外は知らないようです」
「裏口はあるか」
「無いようです」
「分かった。蜂の巣をつつく。ついて来い」

 ケントと四人の男達は、黒猫通りに足を踏み入れた。
 果物や香辛料、揚げ物や焼いた肉の匂いが、混然一体となって襲ってくる。まだ日は高く、買い物客の往来は多い。紛れ込んで行動するには、うってつけだ。

 青色の扉の前まで来ると、ケントは目くばせをした。三人が扉の前で待機し、中へ突入するのはケントとフィン・モルダーだ。 

 ケントが扉の取っ手を押す。錠はおりていない。薄く開くと、素早く潜り込んだ。フィン・モルダーも続く。

 扉の向こう側は、小部屋だった。明り取り窓からの光の範囲には、何もなく誰もいない。聞こえる音は、外の喧騒だけだ。

 奥にもう一部屋ある。開け放たれた扉の向こうに蝋燭の明かりが見えていた。しかし、それ意外は暗闇だ。ケントが、いきなり声を掛ける。

「こんにちは」
 蝋燭の炎が揺れる。人が動いたようだ。
「どなたか、いらっしゃいますか」
 旅役者のような、つくり声で続けると、暗闇から返答があった。
「どちらさまですかな」
 中年の男の声だ。

「こちらで、外国の珍しい品を扱っていると聞きまして。是非、拝見したいのですが」
「何かお間違えではないですか。ここは商家ではありません」

「まあまあ。一見の客では、警戒するのも無理はない。しかし、わたしも商人なのです。ここは腹を割って話しませんか」
「……お帰りください」 
「そう言わずに」

 ケントは三歩進んだ。だが、ケントがやり取りをしている内に、フィン・モルダーが先行して壁に張り付いている。片手に短剣の刃が光っていた。
「顔を合わせて、話しませんか。まずは、世間話でも……」

「やかましい!」
 闇の中から、ケントの胸を狙って、長剣の刃が突き出された。続いて、腕、肩、そして顔が現れた。
 ケントは慌てず、後ろ手に握っていた短剣で、胸に迫った剣を弾き返した。

「そこまでに、してもらおう」
「はっ、しつこい男は、嫌われるよ!」
 長剣を手に、アリエスが立っていた。

 青白い、頬のこけた顔、そして冷たい双眸が亡霊のようだ。しかし、剣を構えた姿は騎士然としていて、かなりの手練れと分かる。

 フィン・モルダーがアリエスの背後に回った。いつでも、挟み撃ちにできる状態だ。しかし、アリエスは構わずに、ケントに襲いかかる。

 空気を切り裂く刃は恐ろしく速く、ケントは防戦一方だ。三度四度と斬撃を弾いたが、よろけた隙に蹴られて、床に倒れ込んだ。

 今度はフィン・モルダーが、切りかかる。しかし、それを読んでいたアリエスは、難なく避けて飛び退った。いつの間にか、外へ通じる青色の扉を背に立っている。

「修行が足りないね、お兄さん方」
 そう言うと、アリエスは扉を開けて、外へ飛び出した。

 すぐに、男の叫び声があがった。扉の外で待機していた男達が交戦したのだろう。ケントは、急いで立ち上がると外へ出た。
 しかし、すでに戦いは決着していた。ふたりが道に倒れ、もうひとりは切り裂かれた腕を押さえて、うずくまっている。

「大丈夫か。女は、どっちへ逃げた」
 ケントが尋ねると、うずくまっていた男が元来たのと反対の方向に顔を向けて、呻き声をあげた。それが精一杯だったのか、もう声が出ない。

「フィン・モルダー、救命処置だ!」
 ケントは、後ろへ向かった叫んだ。フィン・モルダーが駆けつける。
「後は頼む」
 ケントはそう言い残すと、ひとりアリエスを追った。

 雑踏をかき分けながら進む。こうなっては、買い物客の混雑が逆効果だ。すると、目指す先から悲鳴や怒鳴り合う大きな声が聞こえてきた。
 黒猫通りの端、露店が途切れて別の通りにぶつかる辺りに、大混乱を起こす原因が発生したようだ。

「よし、網にかかったぞ」
 ケントは息を切らして、さらに増えてゆく人波のなかを泳ぐように前進した。なんとか、通りの端まで辿り着いたときには、仕掛けた網が閉じられようとしていた。

 長剣を構えたアリエスは、十人以上の警備兵に取り囲まれていた。警備兵は鎧と長剣もしくは槍で武装している。どう見てもアリエスが逃れる術はなさそうだ。

「なんだ、奥の手も用意していたのかい」
 包囲の外に、ケントの顔を認めたアリエスが言った。

「お前みたいな、危険な奴には、俺だけじゃ無理だと思ったのさ」
「剣の腕前は、まだまだのようだけど、頭は良さそうだね」
「もう、あきらめろ。抵抗すると、この場で串刺しだ」

 警備兵の包囲がさらに狭まった。アリエスは逡巡していたが、舌打ちと共に長剣を放り出して、両手を上げる。すかさず、取り押さえられて、後ろ手に縄をかけられた。

「いつの間に、準備したんですか」
 遅れて到着した、フィン・モルダーが驚いた顔で言った。

「宿屋を出発する前に、黒猫通りの両端に武装した警備兵を大勢配置してくれって、王城の隊本部へ要請したのさ。もし、俺達が失敗しても、両端に網を張ってもらえば、どちらかに引っかかるだろ」
「なるほどねえ」

「それより、怪我人はどうなった」
 置き去りにしたことをケントは気に病んでいたのだ。

「深い傷もあったが、致命傷ではありません。命は取りとめました」
「よかった」
 ケントは、胸に手を当てた。
「しかし、瞬時に三人を動けなくするなんて、恐ろしい女だ。あれは、魔女ですかい」

「どうかな。何の目的でこんなことをしたのか、吐かせないと」
「うちの姫様が、いきなり死刑にしても、おかしくない。かなり、怒ってましたからね」
 フィン・モルダーは、エディスの剣幕を思い出した。

「それが、問題だな」
 ケントは、連行されるアリエスを見送りながら、エディスへの報告について考えを巡らせていた。

 アリエスは観念したのか、縛り上げられたまま、素直に馬に乗せられるとゆっくりと引かれていった。
 わざとさらし者にする意味もある。あれほどの騒ぎを起こしたのだ、警備隊としても結果を町人に見せつける必要にかられていた。

「すごい捕り物だったな」
「聞いたか、連続強盗の犯人らしいぞ」
「ああ、怖い。何か陰気な女だったね」
 もう、やじ馬たちに噂が出回っていた。警備兵の誰かが、漏らしたのかもしれない。

 アリエスの引き回しを見守る群衆の中に、背が高く肩幅の広い、筋肉質の体の男がいた。労働者風の動きやすそうな服装だが、どことなくアストリアム王国のものとは異なる意匠だ。

「姐さん。お役目ご苦労様です」
 そう言うと、男は黒猫通りの雑踏に紛れて、姿を消した。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 エディスは不機嫌そうな顔で、ケントの前に座っていた。ふたりとも、さきほどまでと同じ恰好のままだ。

 副隊長であるケントには、狭いながら自室が与えられている。豪華からはほど遠い執務机と椅子、部下と作戦を練るための長机、その程度の家具が揃えられていた。

 困惑気味のケントは、恐る恐る尋ねた。
「エディス様」
「なんだ」
「なぜ、ここに来られたのですか」
「邪魔か?」
 エディスは、突き放すように言った。何が悪いというのか。

「そうではありませんが。その…… 報告には、こちらから伺いますが」
「場所が無いのだ。大臣執務室は、グレイ兄様が使っている。あとは寝室くらいしかないが、それも具合が悪かろう。どうせ、お前から聞くのだから、自分から行くかと思っただけだ」

「こんな、むさくるしい所にお越しにならなくても、謁見の間でもよかったのですが」
「報告の内容が変わるのか」
 エディスは、意地悪な声を出した。
「それは、変わりませんが」
「では、よいではないか。ここでも」

 エディスは腕を組んで、顎を突き出した。ケントには、思い当たることがあった。
「エディス様、拗ねてますね」
「な、何を言うか。無礼な」

 このような戯言を面と向かって言えるのはケントだけと分かっているが、それでも一瞬エディスの頭に血が上った。気持ちを言い当てられたのも、腹が立つ。ケントは、ニヤリとすると続けた。

「本当は、自分がアリエスの逮捕に行きたかったのでしょう?」
「うう……」
「わたしの前に連れてこい、と命令したのはエディス様ですからね」
 ケントも、意地悪い声を出した。

 エディスは、ケントの顔を睨みつけていたが、諦めたように息を吐いた。
「分かった、分かった。わたしが悪かった。グレイ兄様に判断を請わなければならない。報告をしろ」
「はい。では……」

 ケントは、黒猫通りで起こったことを詳細に語った。最初はふんぞり返って聞いていたエディスも、アリエスの剣技の凄さや一瞬で三人の警備兵に傷を負わせたところで、体が前のめりになっていった。

 さらに、警備兵が包囲して取り押さえた場面になると、口惜しさが顔に出てしまう。しかし、ケントが笑いを堪えていることに気付くと、一度咳をして、気持ちを切り替えた。

「ご苦労。よく、やってくれた。しかし、我らの兵に更なる害を成したとあれば、死罪は免れまいな。もとより、国王からも極刑に処せと命ぜられている。それに、国防大臣が反対するとは思えない」
「承知いたしました」

 それを聞くと、エディスは立ち上がった。
「戻る」
「エディス様、お待ちを。具申したきことがございます」
 ケントの急にあらたまった口調に、エディスは動きを止めた。
「なんだ。申せ」

「アリエスの犯行は、当然ながら許されるものではありません。しかし、何ゆえ凶行に至ったかは、明らかにされてはいません」
「何を言いたい」

「一連の事件は、アリエスの単独犯ではない、かもしれません。もし、裏に犯罪者の組織のようなものがあれば、今後我が国に仇なすことは必定」
「どうしたいのだ」

 ケントは、一旦間をおいた。
「アリエスの取り調べを行います。処刑まで、ご猶予をいただきたい」

 エディスは、立ったまま、しばらく黙って考えた。
「国防大臣は、賛成しないかもしれないぞ」
「取り調べは、もちろん、エディス様立ち会いのもとで行います」
 エディスの肩が、びくりと震えた。しかし、そのまま部屋の出入り口へ歩き始める。

「猶予は明日一日というところだろう。公開処刑をするには、準備が必要だからな。グレイ兄様に進言しておく」
 エディスは振り向かずに、部屋の扉を開けた。

「それから、お前には食事と休息が必要だ。そんな、頬のこけた顔をしているから、犯罪者に打ち負けるのだ。死んだら元も子もないのだからな」
 扉が閉まった。

「もう少し、素直に心配してくれれば、いいのになあ」
 ケントがそう言った途端、扉が開いた。

「いやあ、うまいこと説得しましたね」
 入って来たのは、フィン・モルダー小隊長だ。そのとき、彼が見たのは、椅子の後ろに隠れる副隊長の姿だった。

「ありゃ、どうかしましたか」
「なんでもない。忘れてくれ。それより、立ち聞きしてたのか」
「姫様が怒った顔で、部屋に入っていったので、いざというとき助けに入ろうと思って」

「気遣いはありがたいが、エディス様が本気で怒ったら、生きてこの部屋からは出られないぞ」
 フィン・モルダーは、げんなりとした。

「さて、アリエスは、どうしている。素直に水牢に入ったか」
「あれだけの数の、抜き身を握った警備兵に追い立てられたら、さすがに入らざるを得ないですよ」
 当然だろう、という口調だ。

「しかし、俺が稀代の大泥棒だったとしても、捕まったらあそこには入りたくないね」
「少しは消耗させないと、取り調べが進まないからな」
 水牢は、重大な犯罪を犯した者を収容する牢屋のことだだ。静かな拷問とも、言われている。

「あと、隊長がお呼びです。事態を説明してほしいそうです」
「無論だ。すぐに行く」

 警備隊隊長は、ケントの上役だ。隊の最高指揮官だが、王族に連なる者が就任することが多く、年寄りの名誉職となっている。
 本当に現場で活躍するのは、その下に就く三人の副隊長だ。中でも一番若いケントは、隊長に可愛がられていた。

「アリエスの監視は厳重にな。今度逃がしたら、俺達が公開処刑になるぞ」
 ケントは、フィン・モルダーに指示すると、隊長室へ向かった。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 エディスは、自室で寛いでいた。とっくに日は沈んでいる。

 警備隊本部の建物から戻ったところを、侍女のカナリエに見咎められた。おそらく、見張っていたのだろう。鎧を脱がされ、湯あみだ、着替えだと大騒ぎの後、やっと独りになれたのだ。

 グレイ国防大臣へ、使いを出したが不在だった。文を持たせたが、伝わったかどうかは分からない。窓を開けて見回す限りでは、処刑の準備をしている雰囲気はない。

 しかし、国王が一喝すれば、アリエスは生きて朝を迎えることはないだろう。自分の無力さは否めない。

 視界の隅に動く物があった。星月の明かりで分かる範囲では、馬を曳いた警備兵だ。二の腕に白い布を巻いている。
「ん? 伝令か」

 白い布は、味方に間違って殺されないための印だ。暗くなってからの伝令は、至急の用事か作戦行動の際に用いられる。警備兵は急ぎ足でエディスの視界から消えた。

 それにしても、この胸騒ぎは何だろう。エディスは寝台に横になっても、いっこうに収まらない興奮に困惑していた。眠ることを身体が拒否しているのだ。

「ケントに忠告したが、自分がこれではな」
 エディスは、寝台から飛び降りた。
「こういうときは、素振り千回」
 剣姫の今日は、終わらない。そう、まだ終わらなかった。
(つづく)

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