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<創作大賞>夢幻想のふたり~剣姫あるいはIT女子~【1】

あらすじ
相互の体験を繰り返し夢にみることで、ふたりは成長してゆく。
 王国の第二王女として生まれたエディスは、高貴なる者の義務として、最近犯罪が多発している城下町の深夜巡回を始める。部下を使い、仲間を殺されながらも、逮捕した犯罪者は、王国侵略を企む勢力の手先だった。
 一方、IT企業が経営する学校に通う、高校生兼会社員の朝菜は、教育関連事業参入のアイデアを募る社内コンペで、課のリーダーに指名される。後輩の力を借り、妨害を撥ね退けながら、コンペで優秀賞を勝ち取る朝菜。大手学習塾の入札に臨むが、そこには裏切り者の姿があった。
 中世の騎士姫とIT女子が、夢見を通じて、互いを高めあう物語。 

【1】エディス
 犯罪にはもってこいの夜ではないか。
 月には雲が掛かり薄暗い。頼りになるのは点々と置いてある燃え残った篝火の光だけだ。時おり遠くから聞こえる下品な笑い声以外は、人の気配は感じられない。深夜の城下町は、冷えびえとしていた。

 騎士姿のふたりが、馬に乗り町中をゆっくりと移動していた。石畳に打ちつける蹄の音が、石造りの建屋に虚ろに響く。

 ふたりは軽装の鎧に長靴を履き、頭には何も付けていない。腰に大ごしらえの剣をさげているが、いたって粗末な下級騎士の恰好だ。周囲を警戒しながら、馬を並べて歩かせていることから、夜間の見廻りといった様子だ。

「ねえ、エディス様。これで三日目ですよ。そろそろ、あきらめましょう」
 片側の男が、あくび混じりに言った。髭の無い、つるりとした顔からまだ若者だと分かる。
「そうもいくまい。強盗事件は間をあけずに、連続して起こっている。そろそろ、今夜あたりが怪しそうではないか」
 もう片側の騎士が答えた。こちらは女の声だ。金色の髪は長く、背中に垂らしている。体つきも、いくぶん細く見える。

「夜中の見廻りなんて、姫君の仕事ではないですよ。警備兵に任せておけばよいのに」
「わたしがやりたいのだ。それに城で座っているだけなのは、性分に合わん。いざというとき、国を護るのが王族の務めだろう」
 エディスは横目で睨んだ。男はお構いなしに、自説を主張する。

「座って皆の話を聞くのも、立派な仕事ですよ。それに正しい判断を下すためには、より多くの見聞が必要です」
「ぶつぶつ、うるさいぞケント。黙って仕事をしろ」
 たしなめられたケントは、鼻をならして、馬上から薄暗い町を見回した。
「エディス様、風がなま暖かくなってきませんか」

 馬は人が歩くほどの速さだ。頬にあたる風が、何か不吉なことを伝えようとしている気がしたのだ。
「なんだ、怖気づいたのか。昔から気の小さいやつだな」
「昔って、いつのことですか」

「そうだな。お前と初めて会ったのは、カイドン老師のもとで共に剣術を習い始めた頃だったな。剣の切れ味の鋭さに、顔を青くしていた」
「九歳ですよ。当たり前です」
「わたしだって十歳だ。まったく、平気だった」
 エディスは、得意げに顔を上げた。

「それは、あなたの頭がおかしいからですよ。笑いながら長剣を振り回す十歳が、この国のどこにいますか」
「うるさい、うるさい。サミュエリ一味と神殿広場で乱闘になった時は、震えていたではないか」
「そりゃ震えますよ。こっちは二人、向こうは二十人もいたんですから」

「それがどうした」
「そのうちの半分を動けなくしたのは、俺ですから」
「わたしなら、もう四、五人倒せたがな」
 側から見れば喧嘩をしているようだが、エディスとケントのいつもの軽口だ。背中を預けて危機を潜り抜けてきた者同士の戯言といったところだ。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 エディス・ライオールは、アストリアム王国第二王女として生を受けた。兄、姉があり、王位継承順位は第四位。まずこの国で王位に就くことは無いし、本人もその気はない。国王も王妃も側近も、そのことは分かっていて、通り一遍の教育を施した後は自由にさせておいた。

 誰の血を引いたのだろう、エディスが興味を持ったのは剣技であった。十歳になったその日から、望んで王宮の指南役に剣術を習い、十五歳になる頃には対等に渡り合えるようになった。

 十八歳になると、上級なそしてお上品な技の習得を終え、次は実践と称して夜の城下町を徘徊した。むろん、無許可である。

 町の酒場には、やくざ者や気の荒い職人がたむろしていて、エディスは目ざとく見つけると喧嘩をふっかけた。町人は第二王女の顔など覚えていないし、服も粗末な傭兵といった格好だったので、エディスと気づくものはいない。

 最初は変わった女がからんできたと、適当にあしらっていた半端者も、エディスが意外に手強いのが分かると酒の勢いもあり、乱闘になることもしばしばだった。

 女の傭兵はめずらしく、さらに喧嘩が強い、年も若いとなると、エディスはあっと言う間に世間に知られる存在となる。

 相手にするのはごろつき共ばかりなので、応援してくれる町人もいれば、復讐のために待ち伏せた十人の男に取り囲まれることもあった。

 そんな時も果敢に剣をふるい、立ち向かう姿から、誰が言い出したのか『剣姫』とあだ名されるようになった。

 困ったのはエディスの父、国王タイロン・ライオールだ。町で決闘まがいのことをしているのが王女だと知れるのは困るし、怪我をされるのも困る。

止めても聞かないことは、目に見えている。そこで監視役を付けることにした。幼なじみのケント・ゴドリーである。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 ふたりは暗く人気のない白鹿通りを移動していた。行く先は、エディスの直感で決められた。右へ左へ、何かを嗅ぎつけたかのように方向を変え、細い路地にも馬を乗り入れた。

 エディスとケント以外にも、地区を割り振って、警備兵による見廻りは行われていたが、いかんせん町は広かった。強盗犯発見の狼煙は、いまだ上がらない。きな臭いにおいには敏感なエディスの鼻も鈍ったかと思われた。

 英雄通りと交差し、左に折れてしばらく進んだ時だった。前方から怒号が響いてきた。二、三人の男が揉み合っている様子が見える。
「ケント、行くぞ」
 エディスは、馬を駆って矢のように走り出した。

 長い金髪が閃光のようにたなびいた。あっという間に男達の側まで辿り着くと、馬から飛び降りて叫んだ。
「そこまでだ、強盗!」

 三人の男達は、お互いの胸倉を掴み合っていたが、突然現れた騎士に驚いて手を離した。三人とも中年で、酔っている様子だ。酒臭い息が辺りに充満している。

「なんだ、お前は。でかい声出しやがって。うるせえぞ!」
 ひとりの男が怒鳴った。あきらかに、酩酊している。

 酔っ払い同士のもめ事と一目で分かりそうな状況だが、やる気にはやるエディスには、犯人の威嚇にしか聞こえなかった。さらに、事態を悪くしたのは、怒鳴った男の手に短剣が握られていたことだ。
 一瞬、雲の隙間から射した月明りが、刃に反射したのをエディスは見逃さなかった。

「歯向かうつもりか」
 エディスが低い声で言った。まったく、恐れはない。むしろ、段々と高揚感が湧き上がってくる。腰の剣をゆっくりと抜くと、切っ先を男に向けた。

 三人の男には、それが暗闇の中に放たれた一筋の光に感じられた。エディスの持つ白銀の剣は、それ自身が青白く発光しているように見えるのだ。

 白銀の剣は、アストリアム王国の至宝の一つだ。剣の光を妖精の仕業と言う者もあれば、剣身に青い炎が宿っていると言う者もいる。エディスはそれを持ち出して、いつも身に付けていた。もちろん、無許可である。

「後悔するなよ」
 エディスが念を押した。

「駄目だ、兄貴。そいつは剣姫だ。逆らったら、駄目だ」
 仲間のなのか、もうひとりの男が短剣を持った男の肩を必死に揺すった。
「殺されるよ。やばい奴なんだ、そいつは」

 声が裏返っている。エディスの行いを知っているようだ。兄貴と呼ばれた男は、そう言われて我に返った。声に聞き覚えがあった。以前酒場で、給仕の女にしつこくからんでいた男を、剣姫が叩きのめした場面に遭遇していたのだ。

「いや、これはシージルの野郎が、飲み代を払わねえもんだから…… な、なあ」
 兄貴分が振り返ったが、シージルの姿はない。三人目の男は、エディスが白銀の剣を抜いたところでさっと姿を消していた。剣姫に見覚えがあったのだろう。

 兄貴分は短剣を放り出すと両手を挙げた。
「こ、これは違う。違うんだ。助けてくれ!」
「うるさい!」
 エディスは、大上段に剣を振りかざした。

「はいはい、そこまで。もう許してあげましょうよ」
 剣を振り下ろす直前、ケントの声が掛かった。修羅場には合わない、気の抜けた口調だ。エディスと二人の男は、石像のように動きを止めた。

 ケントはゆっくりと馬を歩かせ、近づいてくる。馬蹄の音が虚しく響く。
「酔っ払いの喧嘩ですよ。見れば、わかるでしょう」
「本当か。酔っ払いのふり、かもしれん」
 エディスは剣を動かさずに、二人の男を睨みつけている。

「こんな酒臭い、極悪非道の強盗犯はいませんよ」
 ケントは、あきれた様子で言った。うす暗い中で、男のすすり泣く声が聞こえてくる。エディスは仕方なく、剣を鞘に戻した。

「なんだ、つまらん。お前ら、紛らわしいぞ。さっさと家へ帰れ」
 そう言うとエディスは、へたり込んでいる男たちに背を向けた。
「今夜も空振りだな、ケント。そろそろ、引き上げるか」
「そうですね。帰りますか」
 ケントは、馬上でにやりと笑った。

 ふいに、男の叫び声が上がった。苦しみと絶望が入り混じった断末魔の声だ。エディスは首筋が冷たくなるのを感じた。
「あれ、シージルの声じゃねえか」
 兄貴分の声は震えていた。

 ケントはいきなり、声のした方向へ全速力で馬を走らせた。速い。馬術競技では、負け知らずの男だ。

 エディスは一瞬出遅れたが、急いで馬に飛び乗り後に続いた。エディスが目を凝らすと、前方の路上に大きな黒い塊が落ちている。仰向けにひっくり返った人の形をしている。

 しかし、ケントは黒い塊の横を走り抜けた。獲物を追い詰める猟犬のように速度を上げ、やがて闇の中に姿を消した。

 エディスは馬の速度をゆるめると、ゆっくりと黒い塊に近づいた。篝火にぼんやりと浮かび上がったものを見ると、深いため息をついて夜空を仰いだ。それは人間の死体だった。

 絶命しているのは一目で分かる。首が胴体から離れ、傍らに転がっているからだ。石畳が、流れ出した大量の血で濡れて光っていた。ここまで残忍な手口は初めてだ。

「逃げられました。誰かが走って行くのを見たので、追いかけましたが駄目でした。裏路地にでも潜り込んだのでしょう」
 戻ってきたケントが言った。息一つ乱れは無い。

「やられたな。今まで、人死には無かったのだが」
「さらに凶悪化していますね」
 ケントは、苦い顔をした。
「わたしが、酔っ払いに関わって、時を無駄にしたせいか」
「なんとも言えません。こればかりは」
 ケントは馬を降りると、死体の側にしゃがみ込んだ。

「恰好からして、男ですね。酔っ払いの仲間かもしれません」
「シージルだな。かわいそうなことだ」
「何か握っています」
 死体を検めていたケントが、握った右手の中に木片を見つけた。板から切り出したような四角い小片だ。

「木札ですね。端に穴が空いている。紐でも通したんでしょうか」
「犯人の手がかりだとよいがな」
 エディスが荒い声で言った。自分に腹を立てているのだ。

「彫り物がしてあります。暗くてよく見えないな」
「後で調べろ。それより、警備兵を集めて警戒態勢をとれ。一晩に何人も襲われるのは願い下げだ」
「御意」

 ケントは懐から狼煙の木の実を出し、近くの篝火の燃え残りに放り込んだ。すぐに、白い煙が夜空へ立ち上ってゆく。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 このアストリアム王国の城下町で、夜間の強盗事件が連続して起こり始めたのは、三十日ほど前からだった。

 多くの人が暮らす町には、活気のある市場があれば、反対に後ろ暗い治安の悪い地区もあるので、もめごとが無いわけではない。引ったくり、詐欺、泥棒、暴力、あらゆる犯罪が毎日起こっている。
 ただ、その強盗は手口が残忍なことで注目を集めていた。

 まず、商家が二軒立て続けに襲われた。金品の強奪はもちろんのこと、家の主人及びその家族は重傷を負った。

 次に娼婦が三人犠牲になった。飲み屋街の暗がりで客待ちをしているところで、一人は顎を砕かれ、一人は腕を折られ、一人は腹を刺された。もちろん、その日のあがりは奪われている。

 さらに酔っ払いの男や夜中に出歩いていた恋人同士、普通に生活する中産階級の住宅にまで、手当たり次第に被害は拡大していった。

 はじめは町の警備兵が警戒にあたっていたが、間隙を縫うように犯行は続き、犯人はまったく捕まらなかった。手薄な警備に町人の不満はつのり、やがて王城へその声が伝わった。町の有力者の集団が、国王へ謁見を願い出たのだ。

 国王タイロン・ライオールは、平和に国を治めることを信条としてはいたが、いささか面倒くさがりな人物であった。
「まずはお前が話を聞き、対処せよ。国防大臣」

 国王が話を押し付けたのが、国防大臣である第二王子グレイ・ライオールだった。グレイは王城及び城下町を護る警備隊を司っており、犯罪取り締まりも職務の中に含まれるからだ。
 職務に忠実なグレイは、町の有力者をなだめ、警備を増強したがなぜか効果は出なかった。

 結果が出ず、周囲の圧力に耐えかねたグレイは、愚痴や不満を周りにこぼした。聞き役となったのが、一族の中で最も仲の良い、気遣いのいらない妹であるエディス王女だった。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 周囲に警備兵が集まり、騒がしくなり始めた。
「必ず捕らえる。王国の民を護るのだ」
 白い狼煙を見上げながら、エディスはぼそりとつぶやいた。 
(つづく)

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