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【連載小説投稿】芥川賞作家になろう!

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【連載小説】黒き夢みし vol.1

【連載小説】黒き夢みし vol.1

 オレンジ色の画面でカーソルが小さく揺れ動いている。明彦は今、目に止まった日記をクリックして読むべきかどうか逡巡しているのだ。
タイトルから内容は容易に想像ができるし、読む価値もなさそうだが、理性的な判断よりも好奇心が勝り、人差し指でマウスをクリックした。

タイトル『04月13日『内定GET☆☆☆』(まなmilk☆)』
第一志望の広告会社に内定を頂きました!!
とりあえず安心!

 想像を遥に超

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【連載小説】黒き夢みし vol.19

【連載小説】黒き夢みし vol.19

 その日は次元からたくさんの話を聞いた。最初次元は少し照れるような態度を見せたものの、自分の興味分野を話すのは好きらしく、聞けば聞くだけ教えてくれた。しかし内容を理解することは至難だった。
次元の物腰はとても柔らかく質問すれば答えてくれるが、分からない人に合わせて教えるということは苦手のようだった。自分の知っていることは他の人も知っているという前提で話すため、説明を聞いても何が何だか分からなかった

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【連載小説】黒き夢みし vol.18

【連載小説】黒き夢みし vol.18

 ドアが開いて坊主頭の眼鏡の男が顔を出した。少し前に帰ったはずのシャドウだ。明彦は緊張が走った。
「何かありましたか?」
「ああ、そこでばったり会ったから紹介しようかなと」
 シャドウの後から小柄で痩せた男が入ってきた。肩に革製のトートバックをかけて、黒いポロシャツににカーキのズボンと革靴を合わせている。ほぼ人に会わない夜勤なのに革靴を履いていることが印象に残った。
「どうもはじめまして」
 その

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【連載小説】黒き夢みし vol.17

【連載小説】黒き夢みし vol.17

 午前二時、P H Sは振動を続けながらアラート発生音を鳴らし続けている。マルオがブラウザからシステム管理画面を見るとC R IT I C A Lと表示された赤い画面になっていた。
「これはかなり範囲がでかそうですね……」
 マルオの声が震えている。
「大障害ですか?」
 明彦は尋ねた。ちょうど一週間前にも同じような障害があったばかりだ。
「もうちょっと様子を見てもいいんですが、先週も大障害があっ

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【連載小説】黒き夢みし vol.16

【連載小説】黒き夢みし vol.16

 マルオは緊張感のない男だった。椅子の上にどっかりとあぐらをかいて、ストローを差した一リットルの紙パックのお茶を飲みながら、ニコニコ動画や2ちゃんねるまとめサイトを見ていた。その様子を明彦は怪訝そうな顔で見ている。
「あ、メールチェックぐらいしないのって顔してますね?」
 マルオはにやにやと笑みを浮かべながら言った。明彦は頷いた。
「そりゃ、もちろんチェックしますよ。でも自分、昨日も夜勤だったんで

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【連載小説】黒き夢みし vol.15

【連載小説】黒き夢みし vol.15

 翌日からシャドウによる夜勤のレクチャーが始まった。それによるとB V T以外の所属会社から構成される夜勤チームが六名おり、そのうち一人と明彦が交代になるようだ。
 また土日平日関係なく勤務となるので常時二名となるようにバランスよく毎月出勤シフトを作成して、それに従い勤務するらしい。
「ちょっと勤務表を見てみようか」
 シャドウは今月の出勤シフトをモニターに表示させた。Excelで作成された一覧表

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【連載小説】黒き夢みし vol.14

【連載小説】黒き夢みし vol.14

 翌週、いつものように明彦が出社するとオフィスの雰囲気が少し違うように感じた。隣の部屋から話し声が聞こえる。普段の朝は空気が重く、人の話し声など聞こえないのだ。
明彦はオフィスの様子を見たが、見た目に特段変わったところはない。積み上げられたサーバやネットワーク機器。何本ものケーブルが床を張っている。段ボールにキーボードや電源ケーブルが雑多に放り込まれている。確かに今日から馬ゾンビは出社しないが、そ

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【連載小説】黒き夢みし vol.13

【連載小説】黒き夢みし vol.13

 少し前まで穏やかだった雰囲気はタヌキ部長の怒鳴り声によって変わった。学生時代も誰か一人によって雰囲気が変わってしまうことがあったが、社会人になってもそれは同じなのだと思った。
 やがて乱暴にドアを開ける音がして、タヌキ部長がオフィスに戻ってきたのだと知る。雑談をしてくれたシャドウもいつもの無表情に戻り、パソコンに向かって作業をしている。
 ギンガムが席を立ってオフィスを出た。おそらく気分を変える

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【連載小説】黒き夢みし vol.12

【連載小説】黒き夢みし vol.12

 新宿御苑前駅を通り過ぎたところに大きめの餃子店があった。行ったことはないが気になっていたので馬ゾンビをそこに誘った。金曜だったので店内は混んでいたが、空いているカウンター席に座った。
 座ったものの馬ゾンビと特に会話を交わすことなく、焼き餃子と水餃子、生ビールを注文した。言いたいことや聞きたいことがあるはずだが、いまいちそれが何か分からない。疲労感が思考を停止させている。アルコールがきっとそれを

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【連載小説】黒き夢みし vol.11

【連載小説】黒き夢みし vol.11

 少し休憩してもいいと言われたので、明彦と馬ゾンビはオフィスを抜け出した。まだ一時間ほどしか過ごしていないが、窓のない部屋の圧迫感が気になっていたので明彦は一階の受付を出て、外の空気を吸いたかった。外は真夏の太陽が照りつけており、とても蒸し暑いが、青空が広がっている。少し前まで強冷房のデータセンターでいたり、窓のない部屋で怒られていたのが嘘のようだ。またあの部屋に戻るのかと思うと憂鬱になった。
 

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【連載小説】黒き夢みし vol.10

【連載小説】黒き夢みし vol.10

 エレベータが十一階に到着すると、細い廊下の先にロック式のドアがあった。
「9876012345だから」
 独り言のような小さな声でシャドウが言って、慣れた手つきでロック解除の番号を押して解錠してオフィスに入った。
 その部屋には窓がなく、倉庫というほうがふさわしいかもしれない。見たことのない大小さまざまの機器が積み上げられていたり、青や赤のケーブルが床に散らばっていた。起動している機器からはロボ

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【連載小説】黒き夢みし vol.9

【連載小説】黒き夢みし vol.9

 地下鉄移動は好きになれない。地下通路は空気が淀んでいるような感じがするし、車両も道も狭いから圧迫感がある。
 今日は現場で初出勤の日だ。明彦は丸の内線に乗り、新宿御苑前駅に向かっていた。
天井から吹き付ける冷気が頭のてっぺんを冷やしている。朝の通勤ラッシュの時間は過ぎたとはいえ、車両の中はまだまだ混んでいる。
 少し早めに出たので、銀縁メガネのメールに書かれていた集合時間の九時半には間に合う。私

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【連載小説】黒き夢みし vol.8

【連載小説】黒き夢みし vol.8

 明彦と馬ゾンビは、落合に四階の営業課へ向かうように指示を受けて移動した。移動中に馬ゾンビと会話を交わすことはなかった。小笠原の件について話をするには良いタイミングだったかもしれないが、派遣先の説明の方が気になった。
 営業課のある四階は研修室とは明らかに雰囲気が違っていた。
ドラマでよく見るようなオフィス風景というのだろうか、四台ほどの事務机がくっついて、それが五グループあった。それぞれが携帯電

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【連載小説】黒き夢みし vol.7

【連載小説】黒き夢みし vol.7

 その日から研修室は二十人となった。先行して派遣されたのは小笠原をはじめとして、理系大学出身でIT技術に素養があった新入社員たちである。研修内容で分からないところがあれば、彼らにサポートしてもらっていたが、今日からはできなくなる。早く派遣に出ることが良いことだとは思わないが、最後まで教室に残ってしまう事態になることは避けたいと明彦は思った。
 小笠原たちがいなくなくなっても研修は続く。そのなかで頭

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