宮島 I talk with you
前説
こんばんは。2021年ももうあっという間に2月ですね。
このままのスピードで時間が経っていくと、これまたとんでもないことになりそうですね。(何がよ!?)
さて、ここからはHiroakiの旅2 West Japan教えておくれプロジェクトIzumo-Ise編が始まっていきます。
本当に勝手にやってろな記事をこうして更新していくと、たまに誰にも届いてないんじゃないだろうか? と、思う事もあるんですが。
実際届いてないのかもしれません。
が、ちょっとまって。有益な情報を提供してくれる方はたくさんいるので、そっちは任せた。俺のとこはもっと濃い旅好きの大衆向けじゃない誰か一人に届けば上出来だべって感じでやってく。
やらされてるんじゃないし、楽しんでやっていこうぜ。
ただ、もうこっからも熱い旅の話バンバン届けていくし、海外に出て行ったこの青年が繰り広げる旅の話は、この距離で聞けるんなら、友達一人できた様なもんですよ。
よろしく!! ってことで、新たにはじめんべよ!
宮島 I talk with you
旅に出て本当に良かった。ここからは、「Hiroakiの旅2」だよ。
沖縄だけで終わるのかと思っていたこの旅も、九州を巡ってやろうという気持ちに乗って、長崎まで来たのなら広島まで行ってやろうって感じで、ここまで来た。
「戦争と俺」これがテーマだったのかもしれない。
そして夜が明ける。
広島最終日、宿で出会ったアルゼンチンからの旅人レオと、USAからのパウロ、そして「社長」をしているたださんと僕で宮島に行った。
宮島の厳島神社は「世界遺産」で有名だよね。潮の満ち引きの関係でさ、普段海の中に建っている鳥居に歩いて渡れる時がある。
俺達は運が良かったから歩いて行って触ったり、写真も撮れた。おみくじもこの旅で俺は何回も大吉をひいてる。
鹿もいたなぁ。桜も咲いていた。見事にいい時期に桜前線と共に上昇してたんだなぁ。一生分の桜は見たって思う。それか、もう日本を学んだ後、しばらく離れるってことをすでに感じていたのかもなぁ。
宮島で食ったカキも、その後オーストラリアのタスマニアで食ったカキも絶妙に海の塩効いていてうめぇんだ。
宮島の駅で、三人とは別れた。俺は一人、孤高の旅に出る。
だんだんと日が暮れて、車内には誰も居なくなる。
「車掌さん。あなたを信用していますよ」って何度唱えたことか。
ローカル電車を乗り継ぐと、たまにすっからかんな駅で連絡を待つことがある。そんな時は、駅員さんを見つけて、「ちょっと散歩してきていいですか?」って聞いて切符をサッと見せたらたいていはオーケーをもらえる。
俺は二度と来ることはないと思われる小さな町の小さな商店で菓子パンを買って、この町の案内地図を見ながら、それをたいらげた。
だいだい色に灯った、田舎の街灯。
もう二度と来ることのないところにもっと行こう。
今晩の宿は決まってない。漂流、どうにでもなる。
どうにかすればいい。
そんなこんなで、出雲に着いたのは夜遅くだった。
明日の始発の電車を捕まえて出雲大社に行く予定だった。なんとか体を休めたい。
駅前に小柄で可愛い子がいたので、「近くに宿ありませんか」と尋ねると、とても親切に対応してくれた。少し離れた所に漫画喫茶があるという。
歩いて行くととても遠いので、その子の友達が車で送ってくれることになった。
一緒に飲みに行かないかと誘われたけど、「明日朝早いから」って断った。飲みに行っていたら、きっと楽しかったろうな。
出雲のかったるい漫画喫茶で仮眠した。
ジュース飲み放題とかやけに嬉しく感じる。俺は「ホットストロベリー」が好きだな。ちっちゃい頃、熱出て寝込んだ時飲んだなぁ。
ここから先も頼むぜ、青年。
編集後記
あぁ!! なんで俺はあの時、出雲の子達と飲みに行かなかったんだ!!
かっこつけすぎで、超かっこ悪い。
旅はまだまだ始まったばかり。日本の事をもっと知りたくて、どんどん深く旅をしていくことになる。物語はそんな時期に突入しています。
俺のカタカナ英語では全く話せていなかったんだけれど、そこはもうテンションでまかなってました。
宮島に一緒に行った社長のたださんが英語を話せたので、レオとパウロとも話せてたんです。やっぱさ、英語話せると可能性が広がるなって思ったんだよね。
この頃の俺の英語力はTOEICで言うとたぶん、100点から150点くらいだったと思うよ。
英語力が伸びていく過程も楽しんじゃいましょう。
さて、次回は出雲の旅をお届けします。
よろしく、またね!!
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