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エッセイ

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エレベーター・やさしい人(中島みゆきの歌によせて)・分身の術など あれこれ
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#シロクマ文芸部

懐かしい

懐かしい

「懐かしい」という言葉は英語には無いと聞いた。Google翻訳で調べてみるとnostalgic と表示される。う~んなんか薄っぺらだ。意味だけならあってはいるが、「懐かしい」という言葉の持つ温かさ切なさ重さ心に広がる「なにか」が足りない。

「懐かしい」の「懐」は「ふところ」とも読む。着物文化の日本では「大切なもの」をしまう場所だった。「懐寂し」といえば「お金がない」という意味だし、秀吉が信長の草

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今朝の月

今朝の月

 今朝の月は満月と半月のちょうど間くらい、欠けた右側がぼんやりと空に溶けていた。早く目覚めてしまいカーテンを開けると、待っていたよというようにふっと浮かんでいたのだ。そして10年も前、当地に移り住んだ友人に誘われ、南会津の山あいに出かけた日を思い出した。あの日の早朝、窓から眺めた月と同じだ。

 鍬の重さによろけ、炎天下の雑草取りで手指の筋を痛め、日照りに苗をからし等々、困難を乗り越えての収穫の喜

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ラムネの音

ラムネの音

ラムネの音と言えば、ポン!シュワーだろうか。それと夜店の大きな氷水の入ったポリバケツに浸されてコン!コン!と瓶同士が触れ合う澄んだ音。

小さいころ近くのお寺の境内に年一回夜店が出て、母と出かけるのが楽しみだった。浴衣に、「三尺」という柔らかい帯をふわりと金魚のような形に結んでもらい、焼きイカの匂いを嗅ぎながら歩く。決まって買ってもらったのはヨーヨー。どきついピンク色に赤や青で波打つ線が描かれたヨ

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変わる時

変わる時

変わる時は思いがけなく訪れる。これは紺色が赤に変わった物語・・・

遠い日のことです。
母がわたしのワンピースを2着縫ってくれました。紺色の布地と赤色の布地を畳の上にパーッと広げ、どっちにしようかな、と言いながら、
結局3本白線の入ったセーラーカラーの同じデザインで色違いを2着。

ミシンを踏む母のそばで、もらった端切れで私はお人形のギャザースカートをチクチク縫っていました。

手先が器用で縫物上

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独立の花#シロクマ文芸部

独立の花#シロクマ文芸部

始まりは・・・貝母という不思議な名前の花に魅かれた始まりは、随筆家、岡部伊都子のある逸話を知ったことによる。彼女が婚家を身一つで飛び出して独立した時、新しい部屋にこの一輪を挿して独立記念日の花としたというのだ。花の著作も多い達人が選んだ一輪とは、いったいどんな花かと興味深々だった。

貝母という花を見てみたいと、花に詳しい詩の会の友Kさんに話したところ、その花ならうちの庭にあるので、咲いたら「貝母

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別れの味#シロクマ文芸部

別れの味#シロクマ文芸部

 チョコレートは大好きだ。近所のスーパーで売っているナッツ入りがお気に入り。ちょうど親指と人差し指でつまめる大きさで、隕石のかけらのようなゴツゴツした形、10個くらい入って一袋100円は嬉しい。甘さ控えめ、ナッツの香ばしさとよく合っている。後を引くので、一度に食べ過ぎないよう大事に味わう。

 ところがある日、そのナッツチョコをカリリと噛むと、以前治療して金属をかぶせた歯に鈍い痛み・・・鏡でみると

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似てるけど #シロクマ文芸部

似てるけど #シロクマ文芸部

雪化粧した山や木々を、今日は眺めている方も多いでしょう。横浜は雨で
そんな景色は見られませんが、昨日の新聞では沢山の雪だるまが目を楽しませてくれました。ヘッダーの絵は、昨日の朝日新聞 be に掲載されていたクイズです。
「同じ絵が15枚ならんでいるように見えますが、全く同じ絵は2枚だけです。(中略)同じだったのは、何番と何番でしょう」
ヘッダーには10枚しか載せられなかったのですが、それでもマフラ

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幻の出版 #シロクマ文芸部

幻の出版 #シロクマ文芸部

 本を書くことに憧れた時期がある。もう20年以上前だ。ある出版社が原稿募集していて、入選したら出版される、と新聞で読んだのだ。原稿用紙100枚程度、あらすじを添える、という条件、さっそくトライしてみた。
 応募して一ヶ月、今か今かと結果を待っていると、ある日ついに封筒が届いた。触ってみると「残念ながら今回はご希望に添えず…」という通知にしては、少し厚い。もしや、と開封すると
 「入選には至りません

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さぁパリへ! #シロクマ文芸部

さぁパリへ! #シロクマ文芸部

振り返ると楽しい旅だった。初めてのパリでの日々は魅力に満ちていた。
そんな私の思い出、少し長いですが、読んでくださいませんか。(3000字)

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シャルルドゴ-ル空港からタクシーに乗った。行先のホテル名を告げると、運転手はちょっと首を傾げ、早口のフランス語で何か言いながら助手席にあったパリの市街図を調べ始めた。わたしがホテルの位置をさがしあてて

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ありがとう #シロクマ文芸部

「ありがとう」は感謝の言葉だが、必ずしも感謝を表しているわけではない。
ヘルパーをしていたころ、会社に電話がかかって来ると、受話器をとって
「お電話ありがとうございます。○○ケアセンターでございます」と言うように、と指示された。従ってはいたが、こちらの社名を言うだけでいいんじゃないか、と内心疑問を感じていた。この場合、申し訳ないが
「ありがとうございます」に感謝の気持ちが込められていたわけではない

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十二月 #シロクマ文芸部

十二月 #シロクマ文芸部

十二月、といえばクリスマス、これは優しいサンタさんに会えた物語です。

本物のクリスマスツリーが欲しい・・・そう願っていたわたしは、ある年、ひらめきました。家にはツリーがいっぱいあるじゃないか!と。
祖父母の暮らすはなれの前に、木を組んで作った棚があり、見事な盆栽が並んでいました。その中から、一つ借りればいい!一番良さそうな鉢をうんとこしょっと部屋まで運び、横に広がった枝を工作用のはさみでチョキチ

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逃げる夢 #シロクマ文芸部

逃げる夢 #シロクマ文芸部

逃げる夢を追ってみたけれど捕まえることはできなかった。
え?どんな夢かって?
たいしたことじゃないわ。
あのひとみたいに、お日様にあたって日光浴したかった。
しっかり顔をあげて。
「元気が出るよ」なんて言われて。
それからあの人みたいに自分の身体でしっかり立ってみたかった。
わたしは横たわることは出来ても、誰かに支えてもらわないと立てないから。
それからもっと長生きしたかった。
あの人みたいに。

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誕生日

誕生日

誕生日
冬陽を浴びて
窓を拭く
初めて私の顔を見て
微笑んだ母の顔想いながら

ヘルパーをやっているころ書いた詩だ。
私の生まれたのは1月19日、静岡では珍しく雪の降る明け方だったと聞く。
ロマンチストの母は「雪湖」という名前を考えたそうだが、
「静岡生まれで雪湖は変だろう」と父に反対されたらしかった。

その母は20年前、父は昨年旅立った。
数年前、兄が建て替えた新しい墓石を見に、静岡まで姉と出

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珈琲と #シロクマ文芸部

珈琲と #シロクマ文芸部

 珈琲との出会いは、10歳のころだった。静岡の田舎で育った私にとって、
飲み物と言ったらなんといっても緑茶、それに牛乳、親戚のおじさんがお店をやっていたので、そこで買うジュースくらいだったから。

 当時、10歳年上の姉が婚約し、どんな理由か忘れたがその婚約者のお宅に
ついて行ったとき、珈琲が出されたのだ。蒼い花模様の洒落たカップに
銀色の小さいスプーンが添えられていた。10歳だったわたしは、おず

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