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うつやPTSDから抜け出すためにやっていること

どんなときでもそうなんだけれど、特にうつやPTSD、トラウマやパニックに苦しんでいたりするとき、自分にとっての安心安全の感覚をすこしずつでも広げていくって本当に大事だなって最近ひしひしと感じていて。

今日は、そのためにわたしがやっていることを思いつくままに書いてみたいと思います。


まずは、パートナーシップや家族との関係において、「気になることがあったらできるだけすぐに話す・尋ねる」ということ。

わたしは今まで、身近な人であればあるほど、嫌われたりうざいと思われたり、その返答で自分が傷つくんじゃないかなって怖くて、このシンプルな「すぐ聞く」「すぐ伝える」ができなかった。でも、それって結局、自分の中で「相手はどういう真意で言ったんだろう?こういう意味だったの?こんな気持ちがあったのかな?その言葉の裏にはどんなメッセージがあるの?」ってどんどんネガティブな方にいっちゃって、こじらせていくことになる。

時間が経てば経つほど、自分の中でのこじらせ具合もひどくなってるし、言い出しづらくなるから、どんな小さなことでも「あれ?これってどういう真意で言われたんだろう?どんな意図があったんだろう?」って思ったら、それをちゃんと言葉で聞くようにしている。そのときに聞けなくても、例えば翌日とかに思い出してモヤモヤし始めたら、LINEするなり、電話するなり、会うなりして、ちゃんと聞く。

そうしたら、意外といつも「あ、そういうことだったの?」って拍子抜けしたり、なんだったら本当にただの偶然が重なってとった行動だったりするんだよね。なーんだ。なにも心配することなかった。聞いといてよかったって思う。

その小さな「なーんだ」っていう体験のひとつひとつが、自分の中に人との関係性における安心感や「自分は安全地帯にいるんだ」っていう感覚を養ってくれるんだよなって感じる。


他には、自己認知を変えていくということを意識してやっている。
これは、以前に他のnoterさんが「うつだったとき、これをゆっくりやっていくことですごく改善しました」って紹介していて、わたしもとりあえず買ってみた本を参考にしてる。

世界って、自分がどう認知しているかによって色や形が変わるんだよね。実は。ありのままに世界を見られていることってあんまりなくて。特にHSP気質を持っている人は、いろんなことを察したり感じたりする分、「相手はこう思っているに違いない」ってジャッジしがち。でも、相手が本当にどう思っているかなんて聞いてみないとわからない。

それと同じで、自分が思っている「世界ってこうだよね」とか「わたしってこうだよね」とか「〇〇って現象が起こったってことは、次は△△に決まってる」みたいな "当たり前" も、実は全然当たり前じゃなくて。自分の歪んだ認知の影響だったりするんだよね。ネガティブ思考っていうけれど、あれも最終的には「自分の内側にどれだけ安心安全の感覚を養えているのか」と「自分の認知」の問題なんだよなって。

こればっかりは、どれだけお薬を飲もうが、自動解決はしないところで。自分で少しずつ、やっていくしかない。それがカメのような歩みだとしても。その歩みを進める過程のサポートとして、お薬に頼るっていうのは全然ありだと思うけれど(実際、わたしもそうしてるしね)


他にも意識していることは、パニックになったりネガティブに落ちちゃいそうになるときは、とりあえず深呼吸(軽い瞑想)をすること

この前本屋さんに行ったときに見つけて、「あ、これ良さそう」って思って購入したんだけれど。この本の、今は特に前半部分にある「背側迷走神経」っていう「自分自身の中の安心安全の感覚を育てていく」ワークを重点的にやっています。

特にお気に入りなのは、腎臓に手を当てたり、お腹に手を当てたり、首の後ろに手を当てること。自分自身の手の温もりを感じながら、ゆっくり深呼吸を繰り返していくと、少しずつ気持ちが落ち着いてきて、お風呂に浸かったときのような「ほぅ」っとした感覚になれる。


他には、少し調子が良いときにしているのが、本を読むこと、10分程度の簡単なストレッチ(ヨガ)をすること、スキンケアを丁寧に時間をかけてすること、かな。


あとは、こうやって毎日noteを書いているのも、自分にとっては自己認知や自己受容の一環になっているなって思う。書くのが好きな人は、第三者が見るかもしれない場所で自分の想いを少し客観的に書いていくのは本当におすすめ。わたし自身、noteを書くことで気づいたことや乗り越えられたこと、認識が変わったことがたくさんあります。


ざっくりだけれど、そんな感じ。
うまくできるときもあれば、なにやってもダメってときもあって。
本当に、一進一退って感じ。

でも、ダメなときはダメなときで、心友たちに話を聞いてもらったり、もう寝る!って言って考えることを放棄することも大切。

そうやって、少しずつ、ほんの少しずつ、前に進めていくのかもしれないって。なんとなく、まだだいぶぼんやりではあるけど、その感覚はなんとなく見えてきたのかなあ、なんて感じてる。

時間はきっとかかるけれど。
ゆっくり歩きながら、ときには立ち止まってちょっと休憩したりしながら、のんびり、進んでいけば良いのかなって。

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