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11G【イレブンジー】

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【仮想空間にサッカークラブを作る】 サッカーとテクノロジーが融合した新感覚のサッカー小説
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2020年6月の記事一覧

#11-3  想定内

#11-3  想定内

 グラウンドには、町田大学Cチームの選手たちの姿があった。Cyber FC初の練習試合の相手にとって不足はない。まずは自分がやりたいプレーと、他の選手と協力して作りたいプレーをピッチで探すこと。中岡は選手たちにそう語りかけた。

 「お互いを知ることが大事です。こうして集まった大きな目的の一つですから。そして、相手を観ること。相手に応じて自分たちが少しずつ変わっていく。柔らかい芯を持ちましょう」

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#11-2  逃避

#11-2  逃避

 水町が部屋に入ると、神妙な面持ちの金丸が座っていた。呼び出された時は何のことかさっぱりわからなかったが、のしかかる重たい空気に、嫌でも察しがついた。

 「朝早くから悪かったな。座ってくれるか?」
 「はい・・・」水町は身体を強張らせた。
 「俺が知りたいのは1点だけだ。Cyber FCのプロジェクトに対して、真剣に取り組む意志があるのかどうか。それが聞きたい」
 「・・・もちろん、あります。ど

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#11-1  視野

#11-1  視野

 討論が深夜まで続いたにも拘らず、朝の目覚めはスッキリしていた。よほど頭が疲れていたのだろう。深い眠りのおかげで、身体の疲れはあまり感じない。

 萩中は部屋にある小型の冷蔵庫からオレンジジュースを取り出し、スマートカップ「Vessey」に注いだ。水分をカップに注ぐと、素早く中身を認識し、注いだ量、カロリー、糖分、たんぱく質、カフェインなどの成分の内訳に関するデータがスマホアプリに転送されるように

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#10-3  プレーモデル

#10-3  プレーモデル

 ホワイトボードの前で萩中は、本日のウォーミングアップの意図を丁寧に説明した。

 「アップに関しては、それぞれの認知、技術レベルを確認するために、少し難解でしたが、ポゼッションを中心としたトレーニングを行いました」
 「思っていたようなトレーニングになった?」金丸が訊いた。
 「少し説明が長くなってしまったところはありましたが、概ね見たい現象は起こせたと感じています」
 「そうか」金丸は短く応え

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#10-2  Nip in the bud

#10-2  Nip in the bud

 紅白戦は、中岡の指示のもと、チーム分けがなされた。メンバーに関しては、View Bodyのフィジカルデータを参照し、本人の希望ポジションを加味しながら構成された。GKを起点に、1-2-3-1のフォーメーションが組まれ、両チーム共通のフリーマンには、拓真が選ばれた。中でも皆が驚いたのが、空翔のGK抜擢であった。

 「キーパーなんてやったことないけど、まぁ、バスケと似てるし、俺に合ってるかもな」

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#10-1  打算

#10-1  打算

 梅村修平は、足裏の形通りに乗り、台から伸びるスティックを両手で握った。

「View Body」と呼ばれるこの機械は、ビジョンセンサーで捉えた人体情報から、あらゆるデータを抽出できる測定器だ。
 体温、心拍数、血圧などのバイタルデータ、体脂肪率、骨格筋率、基礎代謝、骨密度などの身体組織、身長や腹囲などの身体サイズ、基礎体力や関節の柔軟性など運動能力と体質に関するものなど、抽出データは多岐にわたる

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#9-3  サグラダ・ファミリア

#9-3  サグラダ・ファミリア

 少し苦めのエスプレッソに口をつける。

 静かにカップを置いて、少し上を見上げると、完成間近のサグラダ・ファミリアが静かに顔を覗かせる。重厚な存在感は、周囲を圧倒し、すべての気を呑みこんでしまうかのごとく、異彩を放っている。青坂慶は、残りのエスプレッソを飲み干し、カップの横に5セントのチップを置いて、席を立った。

 ガウディ通りをそのまま北上し、サン・パウ病院が見えたあたりで路地に入る。50m

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#9-2  心の隙間

#9-2  心の隙間

 今日が何曜日なのかもわからない。

 ベッドの上に仰向けになったまま、空翔は天井を見つめていた。両親を心配させまいと、時々1階に降りては他愛もない会話をする。言葉に感情がないことが自分でもわかった。まるで心を体育館に置き忘れてきたかのようだ。

 サトルや他の部員からのPINEが来ていることは知っていた。どうやら、あの1件のあと、顧問の発言は問題視されたものの、理事長の一声によって揉み消された。

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#9-1  主張

#9-1  主張

「西高ファイト!」

 体育館にバレーボール部の甲高い声が響き渡る。ボールが弾む音との高低差で、練習中はいつも集中が削がれてしまう。床に座ってバッシュの紐を結びながら、空翔は深いため息をついた。

 「また女バレが半分以上占領してるやん。絶対今日は一生ツーメンやって終わりやで」
 「しゃーないやん。女バレは春高までもうちょっとやねんから。俺らみたいな弱小バスケ部は肩身狭いわ」隣でサトルが両手を広げ

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#8-3  VR

#8-3  VR

 教室に入ると、そこには異質な光景が広がっていた。

 正面に見える巨大なスクリーンにはサッカーフィールドが映され、アバターどうしの試合が行われている。床に敷かれた人工芝の上には、数名の学生がVRカメラを装着して、互いに適度なスペースを確保しながら動いている。手には小型のスティックを持っており、ランニング動作をコントロールしている様子だ。

 「なんやこれ、めっちゃすごいやん」空翔が真っ先に声を発

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#8-2  無意識

#8-2  無意識

 壇上には金丸と入れ替わりに、中岡が立った。中岡は金丸が作りだした緊張感をうまく利用しながら、囁くように話し始めた。

 「挨拶は動画配信の時に行ったので、いいでしょう。私からは手短に。まずは・・・」そういって少し咳ばらいをし、再び皆の顔を見て言った。

 「モスドナルドが売っているものはなんですか?」

 大手ハンバーガーチェーン店の名前を挙げ、中岡が質問した。皆が呆気に取られていることが、拓真

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#8-1  サプライズ

#8-1  サプライズ

 周囲がざわめきだした。拓真はまさかと思ったが、帽子とサングラスを取るまでは確信できなかった。しかし、男の素顔が露になったとき、誰よりも先に驚嘆の声をあげた。

 「レアンドレ!」

 金丸の登場に心を奪われたが、このスペイン人に関しては特別だ。何しろ、拓真が幼い頃からずっと目標にしてきたプレイヤーなのだ。にわかに信じがたい光景に、少しの間、金丸が話し始めていることに気がつかなかった。

 「人に

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#7-3  初対面

#7-3  初対面

 20席ほど椅子が並んでいるが、中岡の言う通り、まだ誰もいない。拓真は窓側の前から2列目の席に腰を下ろした。学校の授業でも可能な限りこの場所を選ぶようにしている。感覚的ではあるが、話し手の様子と聞き手の反応が客観視できるように思えるからだった。

 開始の15分ほど前には、ポツポツと入出してくる人が増えた。どの人とも目が合って会釈はかわすが、互いに離れた席に座ることを選ぶ。受験の時みたいだな、拓真

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