Ebisu Fushimi

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記事一覧

15.Love & Peace

菊子は隣に座る少女の手を借りて立ち上がり、微笑んで礼を言うとそのまま庭の見えるところまで歩いていった。少女が先に前に出ると、庭に数人の男が身を乗り出してきた。ど…

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1年前

14.戦国時代の女子の思い

「そのようなものに何も思うことはない」 菊子は冷たく言い放つ。 「所詮は、男どもが自分たちの力比べをしているだけではないか」 西郷は少したじろいだ。先ほどまでの…

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1年前

13.とけゆく誤解

「あなたが薩摩から来たというのは本当ですか?」 会話の口火を切ったのは、淀殿の隣にいる女であった。年の頃はまだ10代であろうか、その後ろには少し年配の女性が2人座…

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1年前

12.時空を超えた接触

菊子はそわそわしていた。なにやら城内にて大男がつかまったという。いつもならそのような不法侵入者の話が耳に入ることはないが、なぜかこの男は自分に会いたいと言ってい…

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1年前

11.山里丸の隅櫓(すみやぐら)

突然暗闇に突き落とされた西郷隆盛は、気を失うことなくそのまま谷底に突き落とされたかのように木の壁に叩きつけられ、そのまま床に叩きつけられた。 「あいたた、これは…

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1年前
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10.落ちていた櫛(くし)

大阪府道路室道路環境課の池田時夫は今年で30歳になる。大阪府で働く地方公務員になってからもう8年たった。今、同僚の田中恭子と一緒に車で現場へ移動中である。 池田が…

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1年前
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9.暗越奈良街道

おりんは、ぼんやりしていた視界がすこしづつはっきりと見えるようになってきているのを待ちながら、左右の景色を見た。今まで見たことのない色や形のものがたくさん並んで…

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1年前

8.侍女のおりん

城外にはあちらこちらで篝火が見えている。それは天守に上らなくてもわかる。大坂城で淀殿に付き従う侍女のおりんは、もう不安で仕方なかった。さきほどから炊事場では「蕎…

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1年前
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7.浅井菊子の苦悩

淀の方様、茶々などさまざまな呼び名をもつその女性は、本来の名前を浅井菊子という。浅井長政と織田市の間に生まれ、浅井姓を名乗っている。今は太閤豊臣秀吉の妻であり、…

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1年前

6.ユーテンユーテン、キキレガゴザラント、サツマヲトコハ、アイテガ、チゲモンド!

江藤新平は庭先から転げ落ちるかのように走り出して逃げていく。西郷隆盛はその行き先を見届けると天をあおぐように目を見開き、険しい顔をした。 西郷は鰻温泉にいる。江…

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1年前

5.黒い大阪城

「どうしたのママ?」 「ううん、なんでもないよ」 怪訝そうに母親の顔を覗き込んだ少女は、横に座っている笑顔の消えた母親が節目がちに遠くを眺めている姿に、本能的に…

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1年前
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4.大坂夏の陣

砂煙なのかそれとも霧なのか、しかしこの夏の時期に朝とはいえ霧が晴れぬということもあるまい。そう首を傾げながら、且元は朝の身支度を整えていた。もう鎧を着たまま過ご…

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1年前

3.大阪府道路室道路環境課

事務所の室内で職員が電話で話している。 「少しメモを取るのでちょっと待ってください、はい、良いですよ住所をお願いします。はい、はい、えーっと確認しますね本町通り…

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1年前

2.陥没する道路

犬の散歩が日課の初老の男が、犬の鳴く方を見て立ちすくんでいる。 「こんなん…あったかいな?」 ここは本町通りと谷町筋が交差する谷町3丁目の交差点から南西に入った…

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1年前

1.シングルマザー

あなたはこの女性を知っているだろうか? まだその女性が4歳の少女だった頃、住んでいた地域の有力者間の争い事に巻き込まれて父親が自殺、長男が殺されて、生き残った母…

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1年前
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15.Love & Peace

15.Love & Peace

菊子は隣に座る少女の手を借りて立ち上がり、微笑んで礼を言うとそのまま庭の見えるところまで歩いていった。少女が先に前に出ると、庭に数人の男が身を乗り出してきた。どうやら安全を確かめたらしい。

「何が悲しくて親のかたきである男の妻となろうものか」

菊子は昔を思い出すように北東の空を見ながら話し始めた。その方角には淀城があり伏見城があり、長浜がある。西郷はその後ろ姿を見ながらまた強い意思を持つ大人の

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14.戦国時代の女子の思い

14.戦国時代の女子の思い

「そのようなものに何も思うことはない」

菊子は冷たく言い放つ。

「所詮は、男どもが自分たちの力比べをしているだけではないか」

西郷は少したじろいだ。先ほどまでの弱々しさとは違い、菊子の態度が強くはねかえすように言葉を発している。

「とはいえ、先の関ヶ原ではその天下取りを東西に分かれて争うたのでは?」
「それはそうだが、それも利家殿が亡くなられ、家康殿も勝手に振舞うようになり、そこに三成ら奉

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13.とけゆく誤解

13.とけゆく誤解

「あなたが薩摩から来たというのは本当ですか?」

会話の口火を切ったのは、淀殿の隣にいる女であった。年の頃はまだ10代であろうか、その後ろには少し年配の女性が2人座って皆で西郷の方を見ている。
とはいえ、睨み付けるというような目つきではなく、また、忌み嫌うわけでもなく、何かに追い込まれた焦りのようなものを感じる。

「はい、関ヶ原での大戦のあと、島津義弘公の御三男、島津家久さまが藩主となられた薩摩

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12.時空を超えた接触

12.時空を超えた接触

菊子はそわそわしていた。なにやら城内にて大男がつかまったという。いつもならそのような不法侵入者の話が耳に入ることはないが、なぜかこの男は自分に会いたいと言っているという。しかも、この不思議な男は誰も知らないような豊臣家の秘密を知っていたり、ましてや、もうすぐこの大坂城が徳川家康から攻められて落城すると言うのである。

「なんとも薄気味の悪い」

菊子は最初はそう思った。しかし、未来を予想する陰陽師

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11.山里丸の隅櫓(すみやぐら)

11.山里丸の隅櫓(すみやぐら)

突然暗闇に突き落とされた西郷隆盛は、気を失うことなくそのまま谷底に突き落とされたかのように木の壁に叩きつけられ、そのまま床に叩きつけられた。

「あいたた、これはどうした」

西郷は頭をさすりながら周りを見渡した。どこかの城の櫓の中にいるらしいことはすぐにわかった。石垣の上に作られた櫓の中には、鳥羽伏見の戦い以来、何度も入っている。特に大阪城から徳川慶喜が逃げ出した時には、城内をくまなく探したもの

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10.落ちていた櫛(くし)

10.落ちていた櫛(くし)

大阪府道路室道路環境課の池田時夫は今年で30歳になる。大阪府で働く地方公務員になってからもう8年たった。今、同僚の田中恭子と一緒に車で現場へ移動中である。
池田が話し始めた。

「今朝はいつにも増して道路が陥没したという問い合わせが多かったなあ」
「たしかに。ここ最近は少なくなっていたのに、急にまたですね」
「最初に起きたのっていつだったけ?」
「ええっと、たしか去年の8月ごろだったと思います」

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9.暗越奈良街道

9.暗越奈良街道

おりんは、ぼんやりしていた視界がすこしづつはっきりと見えるようになってきているのを待ちながら、左右の景色を見た。今まで見たことのない色や形のものがたくさん並んでいる。特に目の前にいくつも置いてある輪が縦に並んで荷を置く場所が外された壊れた荷車のようなものが、すべて日本刀のような色をしているのを見て、刃金で作られているのが恐ろしかった。

「いったい、どこへ来てしまったのかしら」

おりんは、ようや

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8.侍女のおりん

8.侍女のおりん

城外にはあちらこちらで篝火が見えている。それは天守に上らなくてもわかる。大坂城で淀殿に付き従う侍女のおりんは、もう不安で仕方なかった。さきほどから炊事場では「蕎麦焼きを作るよう」に申しつけられるも、下女たちは皆、監視の目を盗んで城から逃げ出そうとしているのだ。

しかし、秀頼の家臣である竹田永翁がその侍女たちに「心配ないから逃げたりするな、城外に出ることの方が危険である」とつとめて説得にあたってい

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7.浅井菊子の苦悩

7.浅井菊子の苦悩

淀の方様、茶々などさまざまな呼び名をもつその女性は、本来の名前を浅井菊子という。浅井長政と織田市の間に生まれ、浅井姓を名乗っている。今は太閤豊臣秀吉の妻であり、秀吉の死後はその子秀頼の母として大坂城に暮らしていた。

関ヶ原での天下分け目の決戦があり東軍が勝利したのはほんの数ヶ月前のこと、徳川家康が大坂城までやってきて、西軍の首謀者は石田三成であって、豊臣家は傍観していたにすぎず、淀殿と秀頼は西軍

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6.ユーテンユーテン、キキレガゴザラント、サツマヲトコハ、アイテガ、チゲモンド!

6.ユーテンユーテン、キキレガゴザラント、サツマヲトコハ、アイテガ、チゲモンド!

江藤新平は庭先から転げ落ちるかのように走り出して逃げていく。西郷隆盛はその行き先を見届けると天をあおぐように目を見開き、険しい顔をした。

西郷は鰻温泉にいる。江藤はつい先日まで佐賀の乱と呼ばれる内戦で、征韓党を率いて官軍とぶつかっていたが、敗色濃厚となって鹿児島まで西郷を頼ってきたのだ。一緒に立ち上がって官軍と戦って欲しい、西郷隆盛が立てば皆が集まってくれるという。

ところが、そんな江藤の説得

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5.黒い大阪城

5.黒い大阪城

「どうしたのママ?」
「ううん、なんでもないよ」

怪訝そうに母親の顔を覗き込んだ少女は、横に座っている笑顔の消えた母親が節目がちに遠くを眺めている姿に、本能的に不安を感じているのだろう。さっきまでポテトを口に運んでいた手を止めて、母親の目線の先を追った。

二人が座っている窓際のカウンター席は、その窓から大阪城公園が見える…はずだった。毎朝この場所で朝食をとり、そのまま少女は学校に、母親は勤務先

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4.大坂夏の陣

4.大坂夏の陣

砂煙なのかそれとも霧なのか、しかしこの夏の時期に朝とはいえ霧が晴れぬということもあるまい。そう首を傾げながら、且元は朝の身支度を整えていた。もう鎧を着たまま過ごすこと7日にもなるだろうか。遠くに見えるはずの大坂城は黒光してその威光を保っているはずだが、いまは霧で見えない。しかし、この摩天楼ももはやこれまで。
家康様の本隊が到着されれば、すぐにでも落ちることだろうと目を伏せた。

なにしろ、外堀ばか

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3.大阪府道路室道路環境課

3.大阪府道路室道路環境課

事務所の室内で職員が電話で話している。

「少しメモを取るのでちょっと待ってください、はい、良いですよ住所をお願いします。はい、はい、えーっと確認しますね本町通りの…」

そういって、メモ用紙がいくつも溜まってきていた。そろそろ表計算ソフトにでも入力して一覧表にでもまとめなければいけないな、と思い始めている。

何故だかわからないが、今月になって道路の舗装が無くなって土の地面が露出しているという連

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2.陥没する道路

2.陥没する道路

犬の散歩が日課の初老の男が、犬の鳴く方を見て立ちすくんでいる。

「こんなん…あったかいな?」

ここは本町通りと谷町筋が交差する谷町3丁目の交差点から南西に入った路地である。男はその近くに住んでおり、ほとんど毎日この路地を通って大阪城公園まで犬の散歩に出かけていた。自分でも健康管理にうるさいと自覚している。

ところで、先ほどから男が目の前に見ているのは、楕円形にアスファルトの道路に土が剥き出し

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1.シングルマザー

1.シングルマザー

あなたはこの女性を知っているだろうか?

まだその女性が4歳の少女だった頃、住んでいた地域の有力者間の争い事に巻き込まれて父親が自殺、長男が殺されて、生き残った母と妹2人とともに親戚の家に預けられたものの、その親戚がすぐに亡くなって母の実家に戻るのだが、13歳の時に母の実家の大黒柱であった叔父さんが、京都に出張中に宿泊先で殺される。

その後、その殺された兄の部下と再婚した母に従って福井県に移り住

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